私、朝比奈 せつなには好きな人がいる。

 

 想い人の名前は友原 涼香。ルームメイトで、クラスメイトで、好きな人で……………………親友……いや、友達。見た目は多少子供っぽくもあるが、大体年相応。髪は冬は寒いからと最近伸ばしていて肩より少し長い程度。小学生が似合いそうな髪飾りは相変わらず。性格は明るく基本的に誰とでもすぐに友達になれるタイプで実際に友達も多い。少しおせっかいなところがあり、なにより…………残酷なほどに、優しい。

 そんな涼香には好きな人がいる。

 それは私じゃない。

 その相手の名は西条 美優子。華奢な体な割りには大層なプロポーション。普段おどおどすることが多いわりに、変なところで妙な強さを見せてくる。そして、涼香とはまた違った優しさをもっている。他人の痛みまでを自分の痛みみたいに考え、その人のための優しさを見せる。

 友達にするのなら、ほとんどの人がいい友達になれると思う。

 私も……その意味でなら、美優子のことは嫌いではない。

 私は涼香のことを好きで、美優子のことも友達としてなら嫌いじゃない。

 だけど………涼香は美優子が好きで、美優子も涼香が好き、なのだ。

 お互いに想い人。

 それがわかっているのに私は涼香が好きで、諦められず、醜い心を隠し続けて私は涼香の友達を演じているのだ。

 それが私の、望みだから。

 

 

 春先のまだ冷たい風が体に吹きつける。

 高い空の下私は寮の周辺を散歩していた。もうここに来て一年近くがすぎ、来たときには迷うこともあったこの寮の周りも今は手に取るようにわかる。どの路地がどこにつながり、どこにでるか、特に最近は来たときのように、一人の時間を過ごすため散歩することが多くなってしまった。

(あ……)

 ふと、私は足を止める。

「ここも涼香と、歩いたな……」

 私の視線の先には寮へのとおりへ出る細い路地。両脇が木々に囲まれていて、今はまだ新芽が出ている程度だけど夏には青々とした木々が綺麗だった。

 たまに散歩に付き合ってくれた涼香がふらふらと発見した道なのだ。

(……涼香)

 私は体を駆け巡るなんともいえない虚脱感を感じて思わずその道から目を背けた。

 どこで、何をしていても涼香との思い出が頭をよぎる。

 私のここでの思い出は、みんな涼香と培ってきたものなのだから。

「っ……」

 体が震える、胸が苦しくなる。その思い出を見つけるたびに私は涙が出そうになる。だけど私はそれを見ないふりをして、つらくないふりをしてあえてその道に踏み出した。

「…………」

 一度頭をよぎってしまうと、振り払おうとしても振り払った先に涼香が浮かんでくる。それでも私はなんともないふりをする。

 できるだけ涼香と一緒にいたくなくて、こうして散歩をしたりするけど一緒にいなくても涼香は私を苦しめている。

 一体私は何をしているのか、自分でもわからないがこうでもしていなければ耐えられない。涼香と一緒にいるために苦しんでいるのになんともないふりをしているくせにこうして、必要以上に涼香との時間を避けなければ心がもたないのだ。

「ふぅ……」

 路地を抜けて寮への通りへでると私は無意識に胸にたまっていた気持ちを吐き出すかのように息を吐いた。

「戻ろう、かな」

 誰に言うわけでもなく呟いて私は寮への道を歩き出した。

「ん?」

 寮までは数分だし、そこまでは何事もなく歩いていた私だったけど、寮の前にくるとあるものに目を奪われた。

 それは……

「っく、ひぐ……」

 見慣れぬ制服を着て泣きながらこっち歩いてくる少女だった。

 紅いブレザーに紺と緑のチェックのスカート。それほど制服に詳しいわけじゃないが、見たことのない制服。いや、そもそもこんな時間にこんなところでしかも泣きながら歩いているのは不自然を通り越して、異常だ。

 なんども目をこすっているのか、目の周りは赤くなっていて涙をぼろぼろ流しながらこちらに歩いてくる。

 無視してもいいはずなのだけど、なかなか目がはずせずその少女のことを見てみる。

(……なにしてるのかしら?)

 校舎のほうからどんどんこちらへ向かってくる少女。足取りは重く、前もよく見てないようだ。

 ゆっくりではあるけど着実に私のところに向かってくる少女は目の前にまで迫ってきて

「きゃっ!?

 おぼつかない足取りが災いしてか、自分の足に躓いてバランスを崩して転んでしまう。

「お、っと」

 私は目の前に倒れそうになった少女を支えてしまう。

(ん……)

 少女が倒れこむ反動で、少女の長い髪が私の顔をくすぐった。リンスの甘い香りが鼻腔をつく。

「あ……」

 瞬間後、その少女と目が会う。

 まだはっきり幼さが残る顔。赤く腫れた目に涙に濡れた瞳だけど、どこか純粋さを感じる。

「っと。大丈夫?」

 柔らかな少女の体を自分で立てるようにしてあげると私は一言声をかけた。

「あ……はい」

 少女は生気のない声でそう答えると、次に忘れてたかのように小さくありがとうございますお礼を伝えてきた。

 そうして、ぼーっとしたまままた歩き出そうとする。

「……………」

 ……おせっかいかもしれないけど、こんなところで泣いている子を放っておくっていうのも、ね。

 それに、この子はたぶん。

「ちょっと、あなた」

 私は去っていこうとする少女の腕を掴んで呼び止めた。

「え……あ、な、んです、か?」

「あなた、どうしたの?」

「え……あ、わた、し……わた……」

「あなた、今日試験にきたんじゃないの?」

 そう、今日はここ、天原女学院の入学試験日。通っている生徒は休日になっているからこそ私はこんな朝っぱらから散歩をしているのだから。

 そして、こんな日におそらく中学生と思われる女の子がいれば受験者としか考えられない。

「……はい」

「それで、どうしてこんなところで泣いているの?」

「だ、って……わた、わたし……」

「ふぅ、泣いてちゃわからないわよ。ほら深呼吸してみて?」

 このまま泣かれてしまってもしかたがないので私は出来るだけ彼女が安心できるように笑いかけた。

「ほら」

「は、はい……すぅ………はー」

 まじめな性格なのか、目の前の女の子は見ず知らずの私の言うことを聞いてくれた。

「どう? 少しは落ち着いた?」

「…………はい」

「それで、どうしたの? 終わった後出来なくて泣くのならともかく、まだ始まってもいないのに泣いてるなんて」

「私……受験票、なくしちゃって……」

「………………」

 どんな理由かと思っていた私は、なんとも拍子抜けで先ほどから少し張り詰めていた表情を緩めた。

「バスで着たけど、なくしたことに気づいて帰っちゃ来ちゃったってわけ?」

 コクン。

「あなた、それ誰かに言った?」

「え、だって……」

「なくしてたって、そのこと伝えてちゃんとあなたが誰かっていう証明ができたりすればちゃんと受けられるようにできてるのよ」

「え、嘘……」

「何事かと思えば……ごめんなさい。あなたには大きなことだものね」

 他人からみて大したことがなくとも、本人からすれば大変なことなんていくらでもある。今は受験という山場にこんなことが重なってこの子は混乱してしまっているんだ。

「まぁ、いいわ。ほら、涙拭いて。そしたら、私も一緒に行ってあげるから校舎に戻ろう」

「は、はい……あ、あの〜」

「なに?」

「天原の、人……なんですか?」

「そうよ、一年生。もしあなたが受かったら先輩ってことね」

 私はそう伝えると今までどこか不安そうだった彼女の顔が少し明るくなる。

(そうね、今までは身元不明だったものね)

 自分が受けようとしている学校の生徒とわかれば安心もするか。

「ほら、いくわよ」

「はい」

 そして私は名も知らぬ少女の手を引いてわざわざ休みの学校に向かっていった。

 校門の前は天原の先生や、他校から応援に来ている教師や塾の講師、それから当然受験生が大勢いて人であふれかえっていた。

 その中になじみの教師を見つけて私はその人の前にきた。

「桜坂先生」

 そこにいたのは担任の桜坂先生。相変わらず多少自信のない様子で受験生に向けてなにやら案内をしている。

「朝比奈さん? どうしたの、こんなところで。……その子は?」

 まだ二年目とはいえ一応教師、私の後ろでやはり不安の抜けていない少女を発見して何かその関係なんだと察したみたい。

 私が彼女が受験生で受験票をなくしてしまった旨を伝えるとさすがに教師であって状況を飲み込んだらしい。

「そう、わかったわ。じゃあ、あなたは私と一緒に来て、手続きしなきゃいけないから」

「あ、あの受験、できるんですか?」

「えぇ、大丈夫安心して」

 生徒程度の私ではなく、教師にそういわれたことにより女の子は本当に心から安心したような表情になって、「よかったぁ」と自然に呟いた。

「よかったわね」

「は、はい! あの、ありがとうございます! えっと……あ、お名前聞いてもいいですか?」

「朝比奈せつなよ」

「私、月野 陽菜っていいます! 朝比奈先輩に会えなかったら私あのまま帰っちゃってました。本当にありがとうございます!

 初対面だが、この笑顔がこの月野と名乗った少女の素の姿なのだと思った。

(……らしい、笑顔ね)

「先輩は早いんじゃないの?」

 いじわるするつもりなんてなかったけど、なんとなく軽く笑ってそう言ってしまった。

「あ、そ、そうですよね」

「まぁ、そうなれるように頑張ってね」

「はい!

 そうして私はなんとなく桜坂先生に連れて行かれる彼女の背中を見えなくなるまで目で追うのだった。

 

 

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