「……………………………………………………………………………うそつき」
疲労と眠気で半ばせつなの言葉を聞き流していた私は、せつなのあまりにも無責任すぎる「守る」という言葉に意識を覚醒させた。
嘘に決まってるじゃない。せつなが私を守ってくれる?
(…………………)
昔そう言ってくれた人は、今私を苦しめているよ。傍にいるっていった美優子だって私を裏切ったよ。なのによくそんなこと言えるよね。
どうせ口だけでしょ? そんなこと言ったって私を裏切るでしょ?
私は憎しみすらこもった目でせつなを一瞥するとせつなの横を通り過ぎて行こうとした。
「待って!」
感覚の乏しかった手に感じるせつなのひんやりとした手。やわらかく私の手を包んでくれるせつなの手。
(あ………)
その瞬間私の頭にある光景が写った。
それははるか昔の光景。
悪夢に苦しむ私に差し伸べられた救いの手。
さつきさんに……今となってはあの女の次に会いたくなくなったさつきさんに、してもらったこと。悪夢から救ってくれた行為。
それはもはやいい思い出なんかじゃないはずなのに
(さつきさんの思い出なんて……もういらない、はずなのに)
「嘘じ……い。絶対…一……泣かせ……な…しない……。…るか…、何が…っ…て涼香の……いるから」
(…………っ)
冷たいせつなの手。冷たいはずなのに、その包んでくれた手は柔らかくそしてなにより暖かく感じられた。
まるでトラウマや、今のこの現実よってできた傷をふんわりとしたベールで包んでもらえたような気がした。
「涼香……あぃ……」
「……せつな」
私はせつなが今まで何を話していたか一切聞いてなく、ただ自分の中に宿ったとても小さな希望にすがるように私はせつなの名前を呼んだ。
「っ、な、に?」
せつなはなぜか我に返ったような顔をして半歩後ろに下がって手を
「っ! 離さないで!!」
せつなが手を離そうとした瞬間、私を包んでくれた暖かなベールまでもなくなってしまうような恐怖に襲われ私は叫んでいた。
「っ!?」
せつなは驚いているようだけど私はせつなの様子になんてかまってられない。
「……お願いが、あるの」
いくら私が今せつな以上に苦しんでいるからってこんなことを頼もうなんてせつなに酷って思う。今の私にもそれくらいは、わかる、けど……
このままじゃ私が壊れちゃう。
「何?」
せつなが私を守ってくれるかはともかくせつなは私を裏切れない、はず。せつなは何も知らないんだから。あの女のことも、さつきさんのことも。
「……このまま一緒に、寝て」
そうしてもらってもダメかもしれない。もしかしたらさつきさんにされていた頃を思い出して余計に苦しむだけかもしれない。
「わけは、話せない、けど……でも、お願い」
だけど、今一瞬でもこの苦しみが和らいだっていう望みに、せつなにこんなことを頼むっていう罪悪感も、これ以上に苦しむかもしれないっていう不安も、もしかしたらせつなですら私を見捨てるかもしれないっていう恐怖も、そのちっぽけなでも、まぶしすぎる望みに目くらましされて私はそう懇願していた。
「………………………うん」
「……スースー」
衝動が私を支配している。
一人用のベッドの上に二人が寝るのは狭すぎる。必然的に体を密着させなくてはいけない。
(私、涼香と一緒に寝てる)
それもこんな間近で、手を握りながら。
ずっと妄想はしていた。こうなったらいいと。こうなりたいと。
それがこんな形で叶うなんて。
「……うっ……ん」
「……涼香」
涼香は私の胸のうちなんかに関係することなくベッドに入ったらすぐに眠ってしまった。だけど、時折こうしてうなされているようなうめきをあげる。
涼香は言葉通り何も話してはくれなかった。涼香のことを何もわからないというのは変わっていない。
それでも今涼香の力になれているということが、涼香と一緒に寝れていることが嬉しくてたまらなかった。
(涼香……)
涼香の顔が、体が目の前に手の届くところにある。
本当はこのまま抱きしめてしまいたい。抱き寄せて包み込んであげたい。しかしいくら願ってもそれはできない。
絶対に手を離さないで。
ベッドに入った時、何にも話してくれなかった涼香が唯一発した言葉。
手をつなぐのではなくて、涼香の手を優しく握る。それがそれだけが涼香が私に求めたこと。涼香がしてもらいたいこと。
今の私はそれ以上もそれ以下もきっとしてはいけない。私がどうではなく、涼香が望んでないから。
(…………きっと、私じゃなくてもいい)
そんな確信がある。
手を握って私の想いを伝えようとしたときはそれだけで精一杯だった。一緒に寝てといわれた時は想いが伝わったんだとも思った。
だけど、きっと違う。というよりも私の話なんてもしかしたら聞いてすらもらえてなかったのかもしれない。
それは私が手を握ってからの涼香を見れば明らか。
離さないでなんて叫んだり、ベッドに入る前に絶対に離さないでと言われたり。理由はわからなくても涼香にとって重要なのは手を握ってもらえること。
それを思うと心に隙間風が吹く。
けど、それも涼香をこうして間近で感じられるという事実に比べたら瑣末。
「っう、い、や……」
「っ………涼香」
でも、違う。違うのよ。
嬉しい。とてつもなく、涼香と一緒のベッドにいられることが嬉しくてたまらない。それは否定しようもないわよ。
でも、私がしたかったのは、望んだのは、本当の意味で涼香の力になること。
今はまだその願いは叶っていない。それができない無力な自分に憤りも感じる。
(……だけど、今夜だけは)
大好きな人のぬくもりをただ感じていたい。
私はそう思い涼香の握る手に力をこめた。