涼香さんに……嫌われてから、わたしはたびたび電話をする相手がいた。

 夕方になってわたしが家に帰り着くくらいの時間になると今日もその人から電話がかかってきた。

「……こんにちは、美優子ちゃん。今大丈夫?」

「はい。大丈夫です。……さつきさん」

 その相手は、雨宮 さつきさん。涼香さんの【お母さん】で、【お姉さん】で、【お友達】で涼香さんのとっても大切な人。

「……どう? 涼香と」

「えっと……」

「そう……ごめんね。美優子ちゃんまで巻き込んで……」

 答えを言うまでもなくまだ涼香さんとほとんど話せてもいないということは察したさつきさんは本当に申し訳なさそうに謝ってきた。

 昔、涼香さんと一緒に初めて会ったときとはまるで違う様子のさつきさん。弱気で、不安そうで声も弱弱しい。

「い、いいえ! わたしはわたしがしたいからしてるんですし、謝らないでください」

 反対にわたしはわたしにしては珍しく力強くさつきさんに応える。

 だって、今はわたしがしっかりしないといけないもん。涼香さんにさつきさんのことを伝えられるのは私しかいないんだから。

「……うん。ありがとう」

 私は知っちゃったから、さつきさんがわたしのことを涼香さんの一番の友達って思って話してくれたから、涼香さんですら知らないさつきさんの想いを教えてもらったから。

 だから、わたしは涼香さんに伝えたい。今は嫌われて、すごく悲しいけど、でもわたしは涼香さんが好きだから、涼香さんに伝えたい。

 わたしは涼香さんがどれだけさつきさんのことを好きかって知ってるの。ちょっと悔しいけど、わたしじゃ全然太刀打ちできないくらいに涼香さんはさつきさんのことを好きで、誰よりも大切に思ってる。あんな数時間見てただけでもそれがわかった。

 涼香さんが涼香さんのお母さんのことですごく苦しんでいるのはわかるなんていったら涼香さんに悪いし、さつきさんから理由を聞いてもやっぱり許せないけど、でもだからってさつきさんのことを嫌いにはならないで欲しい。ううん、なっちゃいけない。こんなことで疎遠になったりしたら絶対に後悔する。

 涼香さんからしたらしかたないのかもしれなくても、さつきさんがどれだけ悩んで、苦しんでいるかっていうことも知らないでさつきさんのことを嫌いになるなんて涼香さんにしてもらいたくない。

「……それじゃあ、ね」

「はい」

 今日もほとんどさつきさんに謝られるだけの会話をすると、さつきさんはそう言って電話を切った。

 わたしはその寂しそうな声を聞きながら、涼香さんへの想いを強めて明日こそはって、電話を置くのだった。

 

 

 今年も涼香さんとは別のクラスになっちゃった。発表のときはすごく悲しかったけど、今は残念と一緒に少しよかったって思う。

 だって、今の状態で涼香さんと一緒にいたら涼香さんのことばっかり考えちゃう。きっとほかの事なんて何にも耳に入らない。考えられない。

 別のクラスにいる今だってほとんど涼香さんのことしか考えられないのに、目の前になんかいたら本当に涼香さんのことしか目に入らないし、何も聞こえない。

 って最初は思ったけど、今はやっぱり涼香さんと別のクラスになったのはすごくつらい。

 だって、

「あの、種島さん」

 わたしは最後の授業が終わるとすぐに今年も同じクラスになった種島さんに所へいった。

「ん? なぁに美優子ちゃん」

「今日清掃、さ、さぼってもいいですか?」

「私に言われても困っちゃうけど……どうして?」

「えっと、その」

「冗談だよ。涼香ちゃんのところ行きたいんだよね。涼香ちゃん、すぐ帰っちゃうし。部屋の鍵も開けてくれないもんね」

「……はい」

 そう、涼香さんとお話がしたいって思っても涼香さんは清掃にも行かないですぐに寮に帰っちゃって後は部屋に鍵をかけて全然お話する機会がない。

「うん、みんなにはなんとか言っておくから行ってきて。……涼香ちゃんのことお願いね。みんな心配してるから」

「は、はい!

 種島さんは素敵な笑顔でそう言ってわたしの背中を押してくれた。

 涼香さんとは比べられないけど種島さんにもわたしはすごく感謝している。いつもわたしのこと気にかけてくれてて、種島さんって誰にでもそうだけどわたしにそれがすごく嬉しくて、いつか種島さんにも恩返ししたいって思う。

 でも、今は涼香さんに先に【恩返し】をしたい。

 わたしは教室を出ると早足に涼香さんの教室に向かっていった。

 やっぱり周りが清掃をしているのにその中、何もしないで歩くのは罪悪感を感じるけど、涼香さんのためだもん。そんなの気にしてられない。

 そんなこと考えてながら廊下を行くと、すぐに涼香さんの教室のドアの前についた。

「あれ?」

 見慣れた白いドアに手をかけてあけようとしたけどドアは動かなかった。

 がちゃがちゃって何度か横に引こうとはしたけど、やっぱり動かない。どうも鍵がかかってるみたい。

(……………移動教室?)

 それならそれで、これから戻ってくるんだから確実に会えて好都合だけど、勇気を出して清掃をサボったのに、なんだか拍子抜けな感じ。

 ……でもいいや。これで涼香さんに会えるんだから。

「…………」

 周りが清掃してるのに別の教室の前でただ立ってるのは、居心地悪い。

 ただ、そんな時間も疎額は続かなくてすぐに階段のほうから大勢の足音とがやがやと人の声が聞こえてきた。

 胸の高鳴りを感じたけど、それは表に出さないで涼香さんを待つ。

 わたしは邪魔にならないように帰ってきた人たちの流れと反対の方向を向いて涼香さんを探す。

 すると、最後尾のほうに涼香さん……と朝比奈さんの姿を発見してわたしは無言のまま涼香さんと教室の間をさえぎった。

「…………」

 涼香さんはわたしを一瞥しただけですぐに横を通り過ぎようとする。

「待って、ください」

 わたしはさらにその前に立って涼香さんを呼び止める。

「話、聞いてください」

「………………」

 無表情のままの涼香さん。

「あの……っ」

「せつな、いこ」

「っ!!?

 話を始めようとしていたわたしは涼香さんの思いのかけない行動に閉口して、心をひるませた。

「あ、う、ん……」

 驚いたのはわたしだけじゃなくて朝比奈さんも。

 それも、当たり前、って思う。だって、涼香さんは朝比奈さんと手を繋いだ、から。

(っ……すずか、さん)

 そこから目が離せない。今までわたしと繋いでくれていた手を、朝比奈さんのほっそりとした手に繋ぐ。

わたしが動揺して何も言えないでいると涼香さんは今度こそわたしの横を通り過ぎていった。

 わたしは教室に消えていく涼香さんの背中を目で追う。

 悲しい。悔しい。涼香さんがあんなことするなんて。

 泣いちゃいそう。今にもここから逃げ出して泣いちゃいたい。

 だって、涼香さんが……朝比奈さんと手を繋ぐ、なんて……すっごく悲しい。まるでわたしに見せ付けるみたいに。

(……本当に涼香さんに嫌われちゃってるんだ……)

 涼香さんからしたら仕方ないのかもしれない。仕方ないかもしれない、よ……

 涼香さんは今何も知らない、もん。さつきさんの気持ちも、わたしの気持ちも今はまだわかってもらえてない。

 そんな涼香さんからしたら今のわたしもさつきさんもただ単純に、涼香さんのお母さんに味方してるって思っちゃっても仕方ないかもしれない。

(やっぱり、悲しい、よ)

 覚悟はしてたつもりだけど、胸は痛いし、瞳の奥がきゅっとせつなくなって涙腺が緩んできてるのがわかる。

(けど……)

 わたしはそんな心を抑えて教室のドアを見つめた。

 わたしは涼香さんに恩返ししたい。

 その想いは今感じてる悲しいっていうことよりも、嫌われちゃってるってことよりも強いはず。

「っ。涼香、さん」

 自分の中の想いを確かめていると、いつもみたいに掃除をサボって寮に帰ろうとする涼香さんが教室から出てきた。

 ……朝比奈さんと手を繋いだまま。

 痛い。

 朝比奈さんと手を繋いでいるっていうことはもちろん、そうすることで涼香さんがわたしを傷つけようとしてるんだっていうのが伝わってくる。

 敵意をもってわたしのことを傷つけようとしてるんだって、

 ちくりと痛みを持つ心を守るようにわたしは胸の前に手を持っていって、ぎゅっとこぶしを作った。

(やだ……足、動かない)

 涼香さんがわたしから遠ざかっていくのに、何も声をかけられない。

(ばか、ばかばか!

 さつきさんのことをわかってもらうにはわたしが話すしかないのに。さつきさんがわたしに話すのすら怖いのを話してくれたのに。

 それに涼香さんに恩返しがしたいんじゃないの!? 

 わたしがこうして今二年生になれたのも、こうなるまで毎日楽しくてたまらなかったのも……涼香さんが初めて会ったときにきっかけをくれたからじゃない!

 だから、少しでも恩返しがしたい、のに。涼香さんが本当は誰よりも大切なさつきさんが、涼香さんのことちゃんとすごく想ってるんだってわからせてあげたいんでしょ!?

 さつきさんが涼香さんのこと嫌いになっただなんて悲しいこと思わないで欲しいんでしょ!!

「……そう、だよ」

 その誤解を解けるのはわたししかいないんだから。

 わたしは自分を叱咤するともう見えなくなっちゃった涼香さんのことを追いかけていった。

 

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