カッカッカと、大きな足音を立てながら私たちは少し早足に教室から廊下を行って、下駄箱へ向かう。

 私は少し前を行く涼香を穏やかではない心で見つめて涼香についていく。

 手には涼香のぬくもり。

(………涼香)

 涼香から繋いできた。その理由は簡単。

 美優子に見せ付けるため。

 その事実は決して喜ぶべきことではないのに、こうして涼香の柔らかな手が私の手に触れていくことが嬉しくて、涼香の行動に疑問も意見も挟むことなく私たちは靴を履き替えて校舎の外へと出た。

 夏の近くなった日差しが私と涼香を照らすなか、私はその眩しさに目を細めていると繋いでいた手が離れる。

(あ……)

 そのことを寂しく思う資格なんて私にはないはずなのに、やはりそれを悲しく思ってしまう自分がいる。

「…………ごめん」

「っ!!!

 そして、涼香の心のない……いや、心ある言葉に傷つけられる。

(謝らないでよ!!

 喉からでかかった言葉を必死に抑えた。

 私の気持ち知ってるでしょ!? 私が涼香を好きだって知ってるでしょ!? なのに何で謝るの!?

(……違う。知ってるから、よね)

 私が涼香を好きだから、涼香は罪悪感を感じてくれている。いつもそうなのだ。こうなる前、去年の夏休み以来涼香が勝手に私に触れるとこうして謝罪をしてくる。

 けど、そうやって謝られること自体が私を傷つけている。

つまりは、涼香は私のことをなんとも思ってくれていないということだから。それをただ美優子に見せ付けるために利用したということを涼香は謝ってくれている。

 変わらない涼香。昨日の私が手を握ってあげられたのも、その時だけだったのかそれまでと変わらず闇を纏っている涼香。

 そんな誰よりも苦しんでいるはずなのに。

(……なんで、こんな時まで優しいのよ……)

 気を使わないでよ。それが余計に私を惨めにさせるんだから。

 そんなことを思いながら、私は寮へと向かう涼香の半歩後ろを歩く。

 タッタッタ。

「?」

 そんな私の耳に背後から誰かが走ってくるような音がきこえ、ついで

「待ってください!

 先ほど教室の前で振り切った美優子の声が聞こえた。

「はぁ、はぁ……」

 その声に足を止めた涼香の後ろで美優子は激しく息を整える。

(……どうしよう)

 この二人の間に立つ私はどうすればいいのかわからず、二人を交互に見つめる。

 涼香は振り向かない。美優子も正面にまわったりはせず、息を整えながら涼香の背中に視線を送っていた。

 蚊帳の外。

 その二人の様子を見ると、そんな言葉しか浮かんでこなかった。

「す……」

「うるさい!

 美優子が何かを話し始めようとしたその言葉すら涼香はさえぎり、

 ダッ!

 今度は私の手を取ることなく駆け出していった。

「っ! す、すずか、さん!

 美優子も一呼吸置いてから、その背中を追いかけていく。

「………………」

 一方私は、追いかけることなどできないまま遠くなる二人を別世界の出来事のように思っていた。

 というより、別世界の出来事なのだ。

 昨日涼香と一緒に寝たからと図に乗ってはいけない。

 私はあの二人の世界に入れていない。安全なところから傍観しているに過ぎない。昨日涼香の手を握ったのなんて、檻の外から餌を与えるのと同じことだった。

 涼香の力になれているわけじゃない。

 とぼとぼと私は二人を追って寮へ向かう。

「あ…………」

 誰とも話さないまま私は部屋のある廊下につくと足を止めた。

 美優子が部屋の前でドアをせつなそうに見つめていた。

 しばらく様子を伺うけれど、美優子が部屋に入る気配はない。今までの様子ならたとえ涼香に拒絶されようと無理にでも部屋に入ったはず。それをしないということはおそらく鍵がかけられているのだろう。

 鍵をかけて美優子を拒絶する涼香に、鍵をかけられてまで涼香を求める美優子。

 そして、遠巻きに眺める私。

 鍵は、ある。

 部屋の鍵は私が管理している。今も制服のポケットにしまっている。

 ……涼香のためを思うのなら、美優子に鍵を渡して、二人を引き合わせるべきなのかもしれない。

 しかし、それは自分で自分の死刑執行書にサインするように思えて、私は何も見ないふりをしてその場を後にするのだった。

 

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