「好き」

(……………………え?)

 いきなり伝えられたせつなの想いに私は何の反応もできなかった。

(あ………え……?)

 例の悪夢が頭を離れていない私はせつながしてきたことも、何を言ってるのかも理解できない。

「ねぇ、教えて……何をそんなに怖がってるのか、怯えてるのか、何があったのか、教えてよ……」

 えっと……せつなは何、を…。教えて……? って何があったのか、教えてって……つまり、あの、こと……?

「力になりたいのよ。知っても、何も出来ないかもしれなくても、それでも知りたい。涼香のことをもっと知りたい。涼香がここに来る前どうしてたのか、何で昔の話をしたがらないのか。さつきさんって誰なのとか。何をそんなに苦しんでるのか。どうして美優子に冷たくするのか。全部、知りたい、のよ………っ」

 嗚咽交じりになりそうになりながらもそれをせつなはこらえているようだった。

 一方私は、相変わらず自分のことで精一杯でせつなの言葉は半分も理解できてない。

(知りたい……?)

 私の、昔の、こと……? さつき、さんと美優子に………裏切られたって、ことを?

(そんな、の……)

 できる、わけ………

「っく……私は涼香が、好きなのよ。力に、なりたいの……教えて。涼香のこと、もっと知り、たいの」

 ポタ……

「……?」

 せつなの必死の訴えすら耳に入れていない私は、せつなが握ってくれている手に暖かな雫が落ちたのを感じて、ようやく我に返った。

 悪夢から目覚めてから、ずっとそれにとらわれていた私の心がやっとせつなを認識する。

(あ……ない、てる)

 せつなは泣いていた。光の雫を断続的に頬へ伝えさせながら、その雫がポツン、ポツンと私の手にも降り注いできていた。

(なんで……?)

 泣きたいのは……泣いてるのは私、だよ……。

「お願い、涼香。きっと話したくないことってわかってる、つもり。でも、それでも、私は涼香のことを知って、力になりたいの。涼香が……好きだから、大好きだから!

 好き……

 あぁ、そっか。好き、だから、だ。せつなが、私のこと好きだから、せつなは泣いているんだ。好きな人の力になれないのが苦しくて。

 そういえば、私も昔さつきさんが悩んでるとき何もできなくてすごく悲しいときがあったな……

(っ!

 何でさつきさんのことなんて考えるの!? どうでもいい! あんな人との思い出なんて! 

「……涼香、お願い」

 ぎゅ。

 せつなはそう言って私の手を包む手に力を込めると、それを最後に口を閉ざした。

「………………」

 話したって、何にもならない……よね? 思い出して私が余計に苦しむだけで……。

(で、も……)

 私とせつながつながっている箇所を見つめる。

 もし、嫌って言ったら、せつなこの手を離す、かな。

 そうなったらどうすればいいの!? また、起きていれば自分に苦しめられて、眠れば悪夢しか見れない地獄に戻る。そんなの、嫌……せつなに手を握ってもらってても、怖いのは変わらないのに。

(……ちが、う)

 心のどこかから冷静な自分の声が響く。

 そんなこと思うなんてせつなを、せつなの気持ちを侮辱している。

(……せつなは………せつなはそんなことしない)

 せつなは純粋な気持ちで私に手を差し伸べているのに私は、損得で判断しようとしている。さつきさんと美優子のことがあったんだから仕方ないって理由付けをできても、それ自体の罪は消えない。

(せつなは……私を好き……)

 それは、知ってる。伝わってる。けど、それと話せるかどうかとは別なんだよ。

 ……罪悪感はあるよ。自分の都合で自分がこんなに苦しんでるんだからってそれに目を向けなかったけど、せつなの気持ちを知ってるくせにこんな都合のいいときだけ利用するなんて、ううん、知ってるからこそ私はせつなの気持ちを利用して、すごいせつなを傷つけているって、本当はわかってる。

事情くらいは話さなきゃっていう義務感は小さくない。

(で、も……)

 思い浮かぶ、大好きだった二人のこと。

 あの二人ですら私を裏切ったのに、今さら誰を信じろっていうの? せつなが私を好きだからって私を裏切らないって保障がある? 

 裏切ったんだよ!? 私のことを大切に思ってくれていたはずの二人が。絶対に最後まで味方でいてくれると思っていた二人が。私が一番傷つくことで。

 美優子なんて、せつなとのことを……見せ付けてもまだ私をいじめようとする。

(そう、だ……)

 さつきさんと美優子を同時に思い起こしてわたしははっとなった。

 今は美優子だけだから逃げることができている。けれど、もし、……もし、さつきさんが来たら……ううん!! それどころかあの女と一緒にここに来るようなことがあったら? あの女が、さつきさんが、美優子が……私をいじめに来たら……

 そうなったら、どうすれば、いいの……誰が私を助けてくれる、の……?

(……………………)

「せつ、な……」

「っ。な、何?」

「せつなって……私の、こと…………………」

 これってやっぱりせつなのこと利用しようとしてるの? 

「…………好き………だよ、ね?」

 さつきさんと接点のないせつななら、さつきさんにそそのかされて私を裏切るなんてことはない……はず。

「……好きよ。大好き」

「………………うん」

 あぁ、何で私泣きそうな声なんだろ? 自己嫌悪? それとも……せつなの気持ちのせい? 

 わからないけど……さっき想像したようなことが起きたら一人じゃ耐えられないのだけ確か。

「聞い、ても、つまん、ないよ……」

 せつな、なら……たった一人でも私の味方をしてくれる……はず。

「…………聞かせて」

 罪悪感と義務感からか、自分の想像した恐怖から逃れるためだったのか……せつなの気持ちが私を動かしたのかははっきりしなかった。

 でも、罪悪感や義務感だったとしてもせつなの気持ちが私の背中を押したのは間違いなかったんだと思う。そして、結局せつなを利用してわずかな安寧を求めているということも。

「うん」

 けれど私はせつなにすがるように話始めていた。

 

 

 私はポツリ、ポツリと時々言葉を詰まらせながらせつなに私の【苦しみ】を話していった。

 母親に虐待されていたこと、さつきさんに助け出されたこと、母親からさつきさんからと電話がかかってきたこと、さつきさんが私を裏切ったこと、美優子までさつきさんの味方をしたこと。

 母親からの電話があってから、悪夢と自らが作り出した闇に心を蝕まれていっていること。

 せつなは途中で口を挟むことなく、手を優しく握ってくれたまま私の話を確かめるように聞いていた。

「さっきは、ごめん、ね。なんか、さ、昔からだったのかもしれないけど……あの、女に……はた、かれたところ、とか……痛く、されたところって、ね、触られると、すごく、怖くて、もう頭真っ白になっちゃうの。前は、そこまで気にならなかったんだけど、さ……今は、ちょっと触られるだけでも、ね。怖くて……っ!?

 そんな話をしたせいかせつなの私の手を握ってくれる熱が弱まった。

「離さないで!!

「っ……」

「あ、は……ごめん、ね。変なこと、話しちゃった、から。意識させちゃった、よね……こうして、もらうのは大丈夫、なの。さつきさんの家に来た頃、ね、あの女のことがフラッシュバックした、とき、ね。大丈夫だよって優しくさつきさんが優しく、こうしてくれたんだ」

「涼香……」

「おかしいよね……あの人は私を裏切ってさ、もう……嫌い、なはずなのに、こうしてもらうと少しでも安心できるんだ………変だよね、おかしいよね……まだ私は……」

(さつきさんのことが、好きなのかな……?)

 なぜかそれは口に出せなかった。

「でも、ほんと、さ……なんで、かな。どうして、なのかな……さつきさんは、さ……一番私のこと、知ってるのに、私があの女のことどう思ってるか、一番知ってるのに。ね、なんで、だろうね……」

 まだ美優子が私の味方だった頃、無意味とわかりつつも聞こうとした、ううん無意味でも口にしたかった疑問をせつなに問いかけた。そんなの意味のないことなのに。

「……………」

 せつなは何も答えてくれない。

 当たり前、か。そんなのわかるはずないもんね。それに……

(知りたくだって……ないよ……)

 もし、私よりあの女のほうが大切だからなんていわれたら。……言われたら? 

(ふふ……バカじゃないの)

 そもそも、私よりもあの女が大切だから裏切ったんじゃない。

「す、涼香?」

 せつなは私の様子に敏感に反応して、心配そうな声を上げた。

「あ、は……何でも、ないよ。ね、せつなは、さ……」

 いつしか浮かんでいた涙でぼやけた視界。

 でも今はそれのほうがいいのかもしれない。はっきりとせつなのことを見えないからこそ、言いやすい。

「……私のこと、裏切らない、よね? 守って、くれるよね?」

 お願いでも、頼みでも、懇願でも、願望ですらない。

 こんなの、脅迫、だ……

 それをわかるのに私はもうせつなを失うことなんて考えられなくてそういうしかなかった。

 

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