手を握る。
小さくて、柔らかで暖かくて、心細そうな涼香の手を。
ベッドの上で並んで横になりながら。
「……ん……は、…っ…」
眠りについた涼香が時折苦しそうな声を上げる。
声だけでなく表情も心の苦悶を伝えてくる。閉じられたまぶたの隙間からは涙が小さく光っていた。
さっき聞いた悪夢を見ているのだと思う。
こうして手を握ってあげられても、結局涼香の苦しみを緩和するだけで救ってあげることはできないのかもしれない。
今私がしているのは傷を守っているだけで、癒すことにはなっていないのかもしれない。いやかもしれないではなくて、なっていない。
涼香に話をしてもらって驚いたし、嬉しかったけど、私が一番求めた涼香を救ってあげる方法は見つからなかった。
(………………)
涼香を、救う道……か。
(本当はあるの、かも)
美優子のことを見ていたときから思っていたけれど、涼香の話を聞いて確信した。
そもそもあれだけ涼香を好きだった美優子がそう簡単に涼香を裏切るはずがない。【さつきさん】という人が、涼香のことを軽い気持ちで傷つけるようなことするとも考えられない。
そこには理由がある。それも、涼香を傷つけてでも貫けるほどのものが。
涼香を好きということを思い知らされている美優子はもちろん、【さつきさん】という人が涼香を大切に思っているというのは今までの涼香を見れば想像ができるし、そんな涼香を好きな、涼香が好きな二人が涼香を傷つけるとわかって、そのためだけにそんなことをするはずがないじゃないの。
涼香は……それに気づいていないの?
いや、気づいていようと関係ないのかもしれない。涼香にとってはそんなのはきっと問題じゃない。相手の気持ちなんかよりも自分を守るのが精一杯で、そんなのは人としておかしくなくて……涼香は何にも悪くない、わよ。
悪いのは、それをわからないで涼香に自分勝手な気持ちを押し付けようとする二人、じゃない。どんな理由があったって涼香の過去を思えば今さら【母親】のことを涼香に話すなんて、涼香を追い詰めているだけ、よ。
(……でも)
さっき思ったのは本心ではあるはずだけど、もう一人の私が疑問を投げかける。
確かに涼香は何も知らないことを望んでいるのかもしれないけど、本当にこれが涼香のため?
【さつきさん】という人のことは詳しくわからなくても、少なくても美優子が涼香のことを傷つけるためにさつきさんの味方をしているはずがないじゃない。美優子は美優子の信念で涼香のためを思って行動してるんじゃないの?
悔しいけど、それはきっと間違いじゃない。
美優子は私よりも涼香のことを知っている。過去を知ったところでまだ私は美優子と同等の位置になんかいないっていうのは、美優子を見ればわかる。
私には美優子が何を話そうとしているのかわからないんだから。
美優子があそこまでするっていうのはそれはきっと、【涼香のため】、なのよ、ね。
だから、私が本当の意味で涼香の力になりたいのなら
(………美優子に話を聞くべきなのかもしれない)
それは心の片隅にある、小さいけれど確かな気持ち。
そうしたい自分は確かに存在する。
「私のこと、裏切らないよね? 守って、くれるよね?」
響くのは涼香の声。
震えながら、まともに私のことすら見れないで、小さくなって私に頼ってくれた涼香。
あんな話をされた後に言われたら裏切るつもりなんて微塵にもなくてもこの手を手放すなんて出来るわけがない。
それに、なにより……
(守ってあげたい)
そう思った。もしかしたら私である必要はなかったのかもしれない。たまたま涼香の頼れる相手が私だけになったからなのかもしれない。
それでも、私を頼ってくれた涼香のことを守ってあげたい。
もしかしたら、いや、ほぼ間違いなく美優子や【さつきさん】のほうが涼香のためになることをしているのだとしても、私は涼香を守ることを……えら、ぶ。
迷いのある選択でも、美優子と違う道で涼香のことを想う。今はまだ見えなくても私は私のやり方で涼香のことを想って、愛したい。
美優子のほうが涼香のためを想っているのかもしれないという不安はあってもそれは私の本当の気持ち、だ。
「んっ……は、ぁ」
(……涼香)
私は空いている手を伸ばし、なるべく肌に触れないよう涼香の溢れた涙を掬った。
「……好きよ」
その雫を見つめて私は心を整理しきれないまま確かな想いをつぶやくのだった。