今日もわたしは涼香さんを待つ。

 背の高い校門の前で、寮の方角を一途に見つめる。

 青い空の下、まだ部活動や何か用のある人たち以外が来ることもないような時間からこうして立っているのは肉体的には疲れるし、精神的にはふらふらって言ってもいいのかもしれない。

 けどわたしはここで涼香さんを待つ。

 休み時間や放課後は涼香さんに会う前に逃げられちゃうけど、ここでなら涼香さんだって避けることが出来ない場所だから。

 昨日、またさつきさんから電話があった。

 話すことはいつも同じようなことだけど、あぁやってごめんなさいって謝られるたびに、涼香さんがどんな様子かって尋ねられるたびに、さつきさんのためにも、涼香さんのためにも涼香さんにさつきさんの気持ちをわかってもらわなきゃっていう想いを強くできる。

「……………」

 徐々に時間が過ぎていって、校門の周辺もにぎやかになってくる。

 でも、中々涼香さんは現れない。他の寮の人たちはもうほとんどがわたしに挨拶をしてくれたり、してくれなかったりだけど、通り過ぎていったのに涼香さんは一向に姿を見せない。

(……もしかしてわたしがここにいるってわかったからこないのかな……)

 わたし、涼香さんに嫌われちゃったんだから……。

 ふと、こうして現実に目を向けることがある。

 そうすると、自分で心の内へ内へって入っていっちゃう。

 嫌われちゃって悲しいっていうのはもちろん、……さつきさんにすごく申し訳ないって思っても……後悔してるっていう部分もあるのは嘘じゃないの。

 さつきさんだって、あの日……さつきさんと会ったことを涼香さんに見られた日、ううん、初めて電話をくれたときから、無理に自分の味方なんてする必要ないって何度も言われた。今だって電話するたびに謝られたり、無理しないでっていわれる。

 だから、全然迷いがないわけじゃないの。

(……でも)

 わたしはいつのまにか俯いちゃっていた顔を上げて涼香さんの短な登校路を見つめた。

 脳裏に浮かぶさつきさんの話と今まで誰にも話したことのなかった想い。

 そして……涙。

 今さら後に引けないからじゃない。

 わたしがしたいからしているの。

 何度も自問を繰り返して、同じ答えを出して想いを固める。それが心を守るための手段であることも認めるけどそれ以上にやっぱりわたしの涼香さんへの気持ちが、わたしのことを動かして……

(っ!? あ………)

 そろそろ時間も気にしなきゃいけなくなった頃、わたしは待ち続けた人を視線の先に見つけて絶句した。

 ……後悔は、してる。

 見えたのは、朝比奈さんと手を繋ぐ涼香さん。

 それは昨日見たのと同じ光景。

 なのに……

 昨日とは違うものを感じた。

 昨日涼香さんが朝比奈さんの手を握ってたのは、わたしから逃げるためと、わたしを傷つける、ため。

 でも、今は……

(すずか、さん……)

 違う。昨日とは全然。

 昨日の朝比奈さんは戸惑いがあった。なのに今の朝比奈さんにそういうのはない。二人の間には戸惑いどころか、今まで見たことのない雰囲気が流れている。

 涼香さんはどこか朝比奈さんに傾倒しているように朝比奈さんと繋げている手を見つめていて、そこには……信頼、があるようにも見えて、朝比奈さんは戸惑いの代わりに優しさをもって涼香さんを包んでいるようだった。

 もちろん、そんなのは私の勝手な想像、だけど……

「…………っ」

 それにわたしは言葉を失って二人が通り過ぎていく。

 その時涼香さんはわたしのことなんてまるで目に入らないかのようにずっと朝比奈さんを、朝比奈さんと繋いでいる手だけを見つめて、代わりに朝比奈さんがわたしのことを一瞥した。

「っ!?

 そこにあったのはわたしへの優越感でも、涼香さんと一緒にいる歓喜でもない。そこにはどこか申し訳なさそうな色と、不安というよりも迷いの色が混ざった曇った瞳。それと……嫉妬?

(どう、して、朝比奈さんがそんな目をするんですか……)

 朝比奈さんは、今涼香さんと手を繋いでいるのに。

 その瞳に喉を絡め取られたわたしは何も言えずに二人並んで歩く背中を見つめた。

 涼香さんと朝比奈さん。並んで歩く姿は今まで幾度となく見てきたはずなのに、今見える二人の姿がとても遠く見えて、近づこうとしても追いつけないような不安に襲われた。

 そして、その姿が少し前のわたしに重なった。

 さつきさんとお話をする前の、わたしと涼香さんに。

(あそこにいるのはわたし、だった、のに……)

 涼香さんの手を取って、優しく包み込んで、涼香さんの凍った心を溶かしてあげたかったのに……

 わたしの心の天秤が後悔のほうにぐっと傾いたのを感じた。

 今までは少し重さがあったくらいなのに、今はほとんど天秤が均衡を保っている。

 あそこにいるのは、わたし……だった、のに。涼香さんに告白されてから、喧嘩をしたことはあっても、隣にはわたしがいて、他の誰かがいるなんてことはなかった、のに。

 涼香さんがお母さんのことで苦しんでいたときも、わたしが、涼香さんのことを……包んであげられていた、のに。

 さつきさんのことがなければ、今だって涼香さんの隣にいるのはわたし、だったのに。

 天秤にどんどん重さが募っていく。

 傾いた天秤。もしこれが完全に後悔のほうへ傾いてしまったら、わたしは耐えられなくなっちゃうのかもしれない。泣いて涼香さんに謝って嫌いにならないでって訴えちゃうのかもしれない。

 そんなのきっと今さら遅いだろうけど、それでもそうやって恥も外聞もなく涼香さんに許してってお願いする。

(け、ど……)

 

「私、涼香を守りたい……ううん、違う、わ、嫌われたくない! あんな電話しておいて今さらだけど、しちゃったからこそ、やっぱり涼香に嫌われたくないって思った。怖い……涼香のことに嫌われるのが」

 

「……ねぇ、美優子ちゃん……どうしたらいいって思う? 私どうすればいいの?」

 

 思い出す、あの時のさつきさんのことを。

 さつきさんの涙のことを。

「…………」

 遠くなる涼香さんの背中。

 ここで手を伸ばしたって、涼香さんには届かない。

 たとえ後悔に傾いた天秤をさつきさんのことと、涼香さんへの想いで戻したとしても現実にある距離は変わらない。

 想いだけじゃ手が伸びたりなんかしない。

 後悔という重りをはずして、想いを翼に変えて涼香さんのところに飛び立たなきゃ、たとえ涼香さんが私を拒絶しても、朝比奈さんが立ちはだかったとしても。

 わたしはわたしの意志で涼香さんと向き合う。

 それが涼香さんのためなんだって思って。

 迷いも後悔もあるけど、これがわたしの道。

 わたしの涼香さんへの愛、なんだから。

 そう固く誓うとわたしは前へと歩き出していった。

 

 

30-5/31-1

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