「………………」

 どうしたら、いいのだろう。

 私は目を開けることもなく、手を握った涼香の様子を感じ取ってそう思っていた。

 毎日、そればっかりを考えている。

 こうして、涼香の手を握ってあげる。それも、涼香が苦しんでいる理由を知った上で。それは、確かに涼香を守ってあげられているんだとは思う。

 だけれど、救ってはいない。守っているだけ。これ以上傷つかないように。涼香を包むいばらの森となって涼香を苦しめているものから守っているだけ。

 そのことは私の願いであり、これが涼香との絆を繋いでいることは間違いなくこの手を離すつもりはない。

「っう、ん……は」

「っ」

 涼香のおそらく無意識の苦しそうな声。

 手を繋いでいても、涼香は苦しんでいる。あんまり眠れていないことも知ってる。

 だけど、ここで私が涼香を心配したところでそれは涼香に気を使わせてしまうだけになってしまうと思う。

(……美優子、なら)

 私以上に涼香を知っている美優子なら、何か言葉があるのかもしれない。涼香を救う何かを持っているのかもしれない。

 例え心をつなげられても、涼香を救えないんじゃ何にも意味がない。

「っは、……ぁぅ」

「っ」

 美優子、なら。

(……違う!

 私は美優子と違う道を選んだ。

 美優子はこの手を断ち切って……涼香のために何かをしようとしている。それが、美優子の道。

 私はこの手を離さずに涼香を助けて、みせる。

(そう……そうよ。私は、それを選んだ)

 美優子に負け惜しみを言ってるわけじゃない。ずっと涼香を見てたから、苦しんでいる涼香を、独りで泣くしかなかった涼香を見てきたから。

 だから、守ってみせる。涼香を傷つけずに涼香を救ってみせる。

(……今はまだ、どうすればいいかなんてわからない、けど……きっと)

 私は涼香に気づかれないように固く決意をするとほんの少しだけ涼香を握る手に力を込めるのだった。

 

 

 昼間の涼香は少しだけ元気になっていた。

「あはは、もー、なーにいってんの」

「えー、だって涼香がさぁー」

 休み時間、友達と談笑をできるくらいに。

 私はそれを遠巻きに見つめている。

 そして、涼香の苦しみを知った今気づいた気がする。それは私がそう見ようとしているから見えているだけなのかもしれない。

 だけど、涼香は人といるときにほんの少しだけ、距離を保っているように見えた。意識してそう見ても、わずかな差でしかない。けど、そう見える。

 涼香は周りに壁を作っている。距離のことは気のせいかもしれなくとも、これは間違いなかった。見えない壁を作って、自分で一線を引いている。

 もしかしたらそれはずっとあったのかもしれない。それこそ、最初に会ったときから。この学院でそれが見えているのはおそらく私と………美優子、だけ。

(私に気を使っているの?)

 クラスでは誰も見えていない涼香の壁。それが見える私は今の涼香に違和感を感じずにはいられない。

 そんなことしてられる状態じゃないでしょ? 本当は今だって泣いてるくせに。

(あ………)

 そんなことを思っていたら涼香が立ち上がって教室を出て行ってしまった。

 焦る。

 結局涼香は苦しんでいるという現実。どうしたら涼香を助けられるのかがわからないという不安。

 涼香は今出口の見えないトンネルに迷い込んでいるのかもしれない。

 でも、私も出口の見えない迷路をさまよっている。行き着く先は決まっているはずなのに想いがそこに届いていかない。

「っ!

 何気なく視線を散らしていた私は教室の外に美優子の姿を見かけ驚いた。美優子がいたことにじゃなくて、

(な、に?)

 美優子がはっきりと私を見ていたから。

 涼香との喧嘩が始まってからずっとしている力強い意志のこもった瞳を、今は私に向けている。

「あ………」

 思わず顔を背けようとした私だったけど唐突に美優子が何かに気づいたようにして、その場から去っていくのに疑問の声を上げた。

 ガラ

 しかし教室のドアが開いてそこから涼香が帰ってくるとその理由を察した。タイミングからして美優子は涼香から逃げたのだと。

(?)

 今までの経緯からありえなく思えたが、私はなぜかその確信を胸に覚えた。

 

 

(……美優子、一体なんだったのかしら……?)

 昼休みが終わってから、私はそればかりを考えていた。午後の授業中はもちろん、たまたま涼香とずれてしまった下校の今も。

 今まで涼香のことしか見てなかったくせに……なんだったの? 私なんかを見て。あれが、少し前までの私と同じ目を、嫉妬だったのなら理解できる。

 けど、美優子がしていたのはここ最近変わらない、何かの意志を持った強い瞳だった。

 美優子は、私が涼香と手を繋いで登校をした日はまた涼香を追いかけていたけど、次の日からはその頻度が減っていった。ただ、それでも涼香の前に姿を現わさないだけで見ているのは変わらなかったけど。

「あの、朝比奈さん」

「っ」

 そんなことを考えながら校舎を出た私は校門のところで今考えていた相手を見つけて足を止める。

「な、に……」

 無視したい気持ちはあったが、足は動かなかった。

「………………」

 美優子と話をするなんてどれくらいぶりだろう。少なくても涼香が苦しみだしてからは一言も話してない。

「涼香さんのことで、お話したいことが、あるんです」

「っ」

 そう言ってきた美優子に私は顔を背けながら唇を噛んだ。

 嫉妬。

 湧き上がったのはその感情。

 いくら今涼香は私を頼ってくれていても、美優子は私以上に涼香を知っているという現実に一瞬にして私は打ちのめされた。

「……私には……ないから」

 私はそういって美優子の前を通り過ぎて、玄関に入った。

 そのまま美優子から逃げるように早足で寮へと向かっていく。

(美優子………)

 美優子は私と涼香のことに気づいている。それをわかった上で私に何かを伝えようとした。涼香にその何かを話せというのかもしれない。今の関係なら涼香は私の言うことのほうを聞いてくれるだろうから。

(なんで、美優子は……ここまでできるの……?)

 涼香に嫌われても、嫌われた原因を貫こうとしている。涼香に想いを向けられていたくせにそれを捨てて……涼香のために何かをしている。

 そんなことができる美優子に……私は嫉妬している。うらやましいって……

(違う!

 違う、違うわよ。

 だから逃げたんじゃない。美優子と二人きりでいるところなんて見られたら涼香に余計な心配をかけちゃう。

 今は涼香を守ることが一番なんだから、万一の可能性でも涼香のことを苦しめるようなことはしてはいけない。

 それが言い訳なのは自分で一番よくわかっていてもそうして自分のことを正当化する。正当化できる。

 心のどこかでは美優子に話を聞いたほうがいいって思っているくせに。

(……違う)

 それも、違う。

 美優子は……涼香を傷つけようとしている。どんな意図を持っていても……結果的に涼香を救うのかもしれなくても、そうしようとしていることが涼香を傷つける! 

 そん、なの好きな人にすることじゃないわよ! 自分で好きな人を傷つける、なんて……

「っ………」

 声にならない苦悶をもらして早足から駆け足に変えた。

 美優子は、それができる。している。

 私は事情を知らないのだからできるはずはない。今はそれでごまかして、考えたくない疑問を考えなくてすんだ。

 バン!

 それでも悔しさを抑えられない私は乱暴に寮のドアを開け、閉めた。

「っは、ぁ」

 そのまま閉めたドアに寄りかかる。

(けど、美優子は……涼香を救おうとしてるのよね……)

 それが私にとって非難の対象でも、そうしようとしていることだけは認められた。

 美優子はどんな形でも、私が認められないことでも涼香のことを想い、救おうとしていることだけはきっと間違いない。その方法を持っている。

 私にはそれがない。

 涼香を守れていたとしても、涼香を救う方法を持っていない。

(……………)

 瞳を閉じた私はその裏に涼香の姿を思い浮かべる。

 想像の中ですら笑ってくれない涼香。今の涼香を見てたらとてもそんな姿を想像できない。

 そんな涼香を救う方法。また笑えるようにすること………

(…………)

 まったく考えられてないわけじゃない。

 けど、

 今私が考えていることなんてきっと美優子に比べれば比べることすら許されないほどにあまりに、浅ましく下劣で……なによりそれは涼香のためじゃなく自分の欲望を満たそうとしているだけな気がしてたまらなかった。

「…………部屋、もどろ」

 そんなことを考える自分が嫌になった私は導を見つけられないまま涼香の待つであろう部屋へと戻っていった。

 

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