今日も放課後にさつきさんから電話をもらったわたしはベッドに倒れながら天井を見つめていた。

「すずか、さん……」

 切ない声で大好きな人の名前を紡ぐのはもう癖になってる。

 今日も、話せなかった。

 もうずっと話してない。まともに話せたのなんてさつきさんと会う前。そこまで昔じゃないのにもう何ヶ月も話してないような気になっちゃう。そのくらい、長く感じて……とっても辛くて悲しい。

「…………………わたし、じゃ、だめ、なの」

 その期間のことを振り返っていた私はぽつりと力なくつぶやいた。

 そんなこと思うと涙が出ちゃいそう。涙腺が緩んで、瞳の奥が熱くなってくる。

 けど、雫は流さない。泣いちゃったら、止まらなくなっちゃいそうだから。どこまでも心が転がっていっちゃいそうだから。

(……朝比奈、さん)

 さつきさんに会ってからすぐの頃は涼香さんのことばっかりを考えてたのに今は朝比奈さんのことを考えることも多くなった。

 二人に何かあったのは間違いない。

 ずっと涼香さんのことを見てきたんだもの。涼香さんが朝比奈さんにどんなことを思ってるのかわかっちゃう。わかりたくない、けど、わかっちゃう。

(……涼香さんが、私よりも朝比奈さんのことを…………)

 ベッドのシーツを握り締める。

 口に出せないどころか、心の中でも最後まで考えられない。

 けど、涙は流さない。

 私は、涼香さんにわかってもらいたい、さつきさんの気持ちを、涼香さんを大切に想うさつきさんの気持ちを。

 それは確かな思い、だけど……

「っ……」

 頭に涼香さんと朝比奈さんが一緒にいる姿がちらつく。振り払っても、振り払っても一度妬きついた光景は心の隅にすくって離れない。

「すず、かさん……」

 声を聞きたい、話をしたい、触れてもらいたい、触れたい。

 涼香さんにわかってもらいたいなんてエゴなのかもしれない。涼香さんはそんなこと望んでないかもしれない。

 それは、そう思っているし、たぶんそれは間違いじゃないんだと思う。

 けど、エゴだと、しても……私は知ってる、から。さつきさんが涼香さんを大切に想っているっていうことを知ってるんだから。

 そう、あの時にそれを知ったんだから。

 

 

(……涼香さん、どうしたんだろ)

 運命の土曜日の朝。

 朝ごはんも食べ終えて、身支度も整えたわたしは、部屋で涼香さんのことを待っていた。

 学校のある日はずっと寮で涼香さんと一緒にいたけど今日は涼香さんが会いに来てくれるって言ってた。

 涼香さんの様子だとわたしから会いに行ったほうがいいかなって思うけど、もしかして涼香さんに何があったのかを話してくれるのならこっちのほうが二人きりでいいかなって思ってそうした。

「涼香さん……」

 本当にどうしちゃったんだろう。いつも笑顔で、わたしにとってはまるで太陽みたいな人だったのに今は……その光が微塵も感じられなくて、むしろまるで絶対の氷壁みたいにつめたくなっちゃってる。

 その氷を溶かしてあげたいって、思う、けど………

「……いくじなし」

 涼香さんの力になりたいって思うのに、私からは何にもできない、よ。涼香さんが話してくれるって言ってくれたのはもちろん信じてる、けど。いつまでだって待つつもり、だけど……

 ブーブー

「っ!?

 ベッドに腰掛けながら涼香さんのことを考えていたけど、机の上に置いておいた携帯電話がなって、思わずビクって体を震わせる。

(涼香、さん……?)

 涼香さんは携帯電話を持ってないんだから普通なら涼香さんっていう可能性は多くはないけど、今はそう思っちゃう。

「あれ………」

 だけど、携帯電話の画面に表示されてたのはまったく考えてもいなかった相手

 雨宮 さつき。

 そう発信者の名前が表示されている。

「どう、して……」

 電話番号の交換はして、涼香さんと一緒にあったときにしておいた。実はメールのやり取りはたまにだけどしていた。だけど、電話をもらったことはなくて……

 わたしは緊張する指で通話のボタンを押した。

「……はい」

「あ、美優子、ちゃん?」

(やっぱり、間違えてかけてきたんじゃないんだ)

「はい、そうですけど……」

「こんな朝早くからごめんね……ちょっと、時間いい」

「は、はい……」

(あれ? なんだか……気のせい、かな?)

 もうあったのは随分前だけど、電話だからそう思うのかもしれないけど……なんだか違う気がする。なんだか、元気がなくて、一回しか会ったことないのにこんなこといったら失礼だろうけど、らしく、ない気がする。

「あの、ね……よかったら、これから、会ってくれない、かな?」

「え?」

「実は、もう結構近くまで、来てるのよ……お願い、しても、いい?」

「あ、あの……?」

「美優子ちゃんと話したいことが、あるの」

 どうしたんだろう、やっぱり、全然違う。前にあったときと全然。

 胸がどくん、どくんってしてる。理由はわからなけど、すごくドキドキして……涼香さんとの約束があるのはわかってるのに、

「……涼香さんの、こと、ですか?」

「……………………………そう、よ」

 涼香さんと約束がある。涼香さんがすごく苦しんでるのも知ってる。わたしを頼りにしてくれているっていうのも。

「……わかりました」

 それをわかっているのにわたしは気づけばそう答えていた。

 

 

 涼香さんに断りの電話を入れたわたしが向かったのは昔涼香さんと一緒にさつきさんと会ったときに入った喫茶店。

 ここで、待ち合わせ。

 わたしのほうが先にきたみたいでわたしはわかりやすいように入り口から見えやすいところに席を取った。

 涼香さんと初めて話したのも、この喫茶店だななんてことを思い出しながら、今はさつきさんのことを考えていた。

 ……ちょっとだけ、さつきさんのことを卑怯だって、思った。電話してるときは気にできなかったけど、あんな朝早くから電話をされてしかも近くまで来てるなんて言われたら会わなきゃっていう気持ちがどうしても働いちゃう。

 それを意識してるのかはわからない、けど、もしわざとならそうしてでもわたしに話をしたいことがあるんだっていうこと。

(や、っぱり涼香さんが苦しんでるのは……)

 さつきさんも関係してるっていうこと、なの、かな? 涼香さんのことっていうのはそういうことなんだって思う。

 でも、心のどこかじゃさつきさんに関係していることかもしれないとも思ってた。涼香さんがあんなに苦しむんだとしたらそのくらいしかないんだって。

(何が、あったんだろう……?)

 考えてもわかるわけない。わかるわけはないけど。

「美優子、ちゃん。おまたせ」

 それを教えてくれる人が今目の前にいた。

 

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