「涼香、さん……」

 変わらずに天井を見つめてたわたしはまた涼香さんのことを呼ぶ。

 あの喫茶店のことはわたしがいけなかった。涼香さんはお母さんのことでいっぱいいっぱいだったのに、わたしが先走っちゃった。

 さつきさんだって心の準備が出来てなかったのにわたしだけがあんなこと言って……

 わたしが涼香さんのためにって思うことが涼香さんにとって涼香さんのためになるとは限らない。そんなことだってわかってないつもりはなかったのに。

 涼香さんが傷ついてるのはわかってるつもりだった。だけど、本当は全然わかってなかった。

 涼香さんの気持ちを本当にわかってるなら、あんな簡単に話を聞いてくださいなんていえる分けなかったのに……わたしは、さつきさんがいるんだからなんて、単純に思っちゃって……。

 さつきさんが言ってたけど、さつきさんのことと比較なんてできないけど不幸な偶然って重なっちゃう。

 喫茶店で涼香さんにあったりしなければ、わたしの話もちゃんと聞いてくれて、わたしが望んだように涼香さんはさつきさんと直接お話してくれたかもしれない。

 ……その後のことは、無責任だけど涼香さんの思うとおりにしてもらって、わたしは涼香さんがお母さんに会おうって思っても、会いたくないって思っても涼香さんを支えたかった。

 もし、さつきさんがやっぱりお母さんの味方をしちゃうようなことになってもわたしだけは涼香さんの味方をして涼香さんを守りたかった。

 でもそんなのは一時の夢。もうそんなことをできる状態じゃなくなっちゃった。

 涼香さんはさつきさんが自分を裏切ったって思い込んじゃって、わたしの、ことも……

「…………やだ、な」

 もうわかりきってることなのに、そのことを考えるたびに胸が痛んじゃう。泣きなくなっちゃう。

(……ううん、わたしの、ことは……いい)

 よくないけど、いいの!

 だめなのはこのまま涼香さんが勘違いしちゃうってこと。さつきさんに裏切られたって思っちゃうこと。

「涼香さんの……バカ」

 さつきさんはあんなに涼香さんのこと想ってるんですよ!? 大切だから、わたしなんかの前で泣いちゃったりもして、涼香さんにだって何にも言えなかったんですよ!?

 大体、涼香さんは知ってるはずじゃないですか。わたしなんかよりも全然、さつきさんがどれだけ涼香さんのこと大切に想ってるかって。どうして、それを信じてあげられないんですか? 

 涼香さんの言うとおりじゃないですか。涼香さんが嫌いだったら、どうでもいいんだったら、お母さんのところから涼香さんを連れ出したりなんてするわけないじゃないですか。 涼香さんが話してくれたように涼香さんのことを想ってくれたりするわけないじゃないですか。

 ……もしかしたら、最初は罪の意識と義務感だったのかもしれなくても、さつきさんが涼香さんを想っているっていう気持ちは本当に決まってるじゃないですか!!

(…………………わかって、ます)

 そんなの涼香さんには関係ないって。涼香さんの苦しみを思えばそうなっちゃうのも仕方ないんだって。

 でも、ダメです。さつきさんのことを嫌いになるなんて絶対だめ。そんなことになったらきっと後で後悔します。

 涼香さんは本当は今でもさつきさんのことが好きなんですから、大切なんですから。涼香さんはきっと自分でもわかってるんだって思う。

 好きだから苦しい。

 だから、わたしは伝えなきゃ。さつきさんの想いを伝えて誤解を解かなきゃ。……そのためには涼香さんの知らない涼香さんの【過去】を話さなきゃいけないかもしれない。わたしなんかがそんなことをしちゃいけないって思うけど、涼香さんがこのままさつきさんのこと誤解するよりは全然いい。

(いい、けど……)

 涼香さんはわたしのこと……

 涙で歪んじゃう視界から逃げるように目を閉じてもまぶたの裏に涼香さんの姿が浮かんできちゃう。

 色んな姿を思い浮かべることができるけど、そのほとんどは悲しそうだったり、苦しんでいたり……わたしを……冷たい目で見つめたり、涼香さんの笑ってる姿は思い浮かべられない。記憶の中にはいっぱいいるのに、その姿を思い浮かべられない。

 代わりに最近嫌なのに勝手に思い浮かんできちゃうのは……

「朝比奈、さん……」

 涼香さんの隣にいる朝比奈さんのこと。朝比奈さんは今涼香さんの隣にいる。物理的な意味じゃなくて、心の距離が今までにないほどに近くなって思える。

 辛い。苦しい。悲しい。……うらやましい。

 喫茶店での不幸な偶然さえなければって思っても仕方ないのに思っちゃう。思っちゃうけど、わたしがしたいのは……

 たとえ、わたしがこのまま……、

「……こ、の、まま……」

(きら…われ、ても……)

 さつきさんの気持ちをわかってもらいたい。わたしがもう涼香さんに笑ってもらえなくなるようなことがあっても、さつきさんにはまた笑顔を向けて欲しい。

涼香さんが誰よりも大切に思っているさつきさんと仲直りをしてもらいたい。

 涼香さんが大好きだから、そうなってもらいたいの。

 そのためなら……

「朝比奈さん……」

 認めたくないけど、思いたくないけど、わたしは朝比奈さんに負けてる。今、涼香さんが誰よりも頼っているのは涼香さんを支えているのは、朝比奈さん。

 朝比奈さんの話なら、聞いてくれるかもしれない。

 勝手にさつきさんのことを話しちゃうのにも気が引けるし、まるで朝比奈さんにバトンを渡すだけで無責任にも思えるし、何より朝比奈さんに涼香さんを任せるみたいですごく悔しくて、悲しいけど。

 それで、涼香さんがさつきさんへの誤解を解いてくれるのなら、私は……

(……私は……)

 心のどこかじゃそうしようって決めているはずなのに、実行に移せるほどの決意を固めることできないまま時間が過ぎていっちゃった。

 

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