はじめて涼香さんと出会ったとき。本当にすごく緊張してた。出会い方が、あんなのだったからなのは当たり前だけど、久しぶりに同い年くらいの子と話すのは嬉しかったけど、不安もあって……でも、涼香さんと朝比奈さんの様子を見てたら……あの時はとてもいえなかったけど、わたしもこんな風に心を許せるような人ができたらな、なんて思って、涼香さんと朝比奈さんに、わたしのことを話しちゃった。
涼香さんはそこで勇気をくれた。
不安に期待を押し潰されそうになっていたわたしに歩き出す勇気をくれた。
だから、わたしは一歩を踏み出せてこの学院に通うようになって初めて本当の友達が出来た。
涼香さんが勇気をくれたから。涼香さんと出会わなければきっと、今頃まだ一年生で……ううん、学院にすらかよえなかったかもしれない。もしかしたら、部屋に閉じこもるだけになっていたかもしれない。
わたしにすべてをくれた涼香さん。
特別で大好きな涼香さん。
今思うと運命だったのかもしれない。涼香さんがさつきさんと会う日。偶然だったけど、運命で、あの日涼香さんの過去を知って、悩んでる涼香さんを、苦しんでいる涼香さんを知って、わたしは……こんなこと言ったら笑われちゃうかもしれないけど、守りたいって思った。
涼香さんもわたしと一緒で、ううんわたしなんかよりもずっと苦しんだり、悩んだりすることがあるってわかったから。……もしかしたら、勇気をもらったときから惹かれてたのかもしれないけど……手を離さないでいたいって思った。一緒に支えあって、ずっとこの人の隣にいたいって思った。
涼香さんを好きって思ったのはその後。
色々勘違いもしちゃってたけど、わたしは涼香さんと思いを通じ合わせられた。今は、嫌われちゃってるけど、あの時の時間は嘘じゃない。
涼香さんって意外と不器用なところもあったけど、わたしのことすごく大切に想ってくれてた。涼香さんとの時間は本当に楽しくて、嬉しくて……わたしはいつの間にか今目の前にいる涼香さんのことしか考えられなくなっていたのかもしれない。
考えれば、わからなかったはずはないもん。
涼香さんは今でも心のどこかじゃ、【お母さん】に怯えてるって。涼香さんの心の傷は隠れてただけでなくなったわけじゃないって。
そのことをもっとちゃんと考えれてれば、涼香さんの様子がおかしくなったとき【お母さん】のことだってわかったかもしれない。そうしてたら、もっと涼香さんのために何かをできてたのに。
たら、れば。かもしれない。できてたのに。
…………そんなこと言ってもどうにもならないって、わかってる。けど、今の現実を、涼香さんと朝比奈さんのことを見せ付けられてたらどうしても思っちゃう。
涼香さんに勇気をもらった恩返しはしたくても、涼香さんに嫌われたくない……朝比奈さんに……取られる、なんて嫌って。
だから、涼香さんのためって思っても今日までずっと躊躇してた。
でも、やっぱりわたしは涼香さんが大好きだから、誰よりも大切だから……
涼香さんに嫌われても涼香さんが本当に大切に想ってるさつきさんとまた笑い合って欲しいから……
……朝比奈さんに話そう。朝比奈さんとも本気で向かいあって……話をしよう。
今の朝比奈さんなら……きっと……
「あ………」
私は一日のほとんどを涼香と一緒に過ごしてはいる。
それは会ったときからそう言ってよかったし、今は本当に涼香と一緒にいないことのほうが珍しかった。
昨日のことがあろうとなかろうと今の関係は永遠でなくとも、しばらくは続くのだと思っていた。
たまたま放課後の寮で独りになったこの時に美優子が目の前に立ちはだかったりしなければ。
「朝比奈さん……」
たまたま……? いや、そうじゃない。今朝からずっと視線を感じていた。登校のときも休み時間も、お昼休みも、ずっと視線を感じていた。はじめは涼香を見ているのだと思ったけど、違った。
視線を感じて振り向くたびに美優子と視線が合っていた。
用があるのは私だとわかっていたのに私はそれを避けていた美優子に向き合うことから逃げてしまっていた。
美優子と話をしなければと思っていた自分は確かにいたはずなのに。
「美優子……」
美優子の瞳はまずなによりも悲しみをたたえているように見えた。黒く大きな瞳はすでに少しだけ潤んでいる。けれど、そこには悲しみだけじゃない。その裏に様々な想いが隠されていることは美優子の決意を込めた表情を見ればあきらかだった。
「あの……」
「っ!?」
美優子何を思ったのかいきなり私の腕をつかんできた。
「っ。何よ」
私が反射的に身を引こうとしても美優子は手に力を込め私を離しはしなかった。
「ごめんなさい。でも、わたし朝比奈さんに話したいことがあるんです」
「…………」
「涼香さんのこと、です」
「…………」
「お願いです。話を、聞いて、ください」
(……震えてる、じゃない)
本当は話なんかしたくないんでしょ。私に涼香のことなんて。
美優子は【さつきさん】に会っていたっていう。美優子は理由を知っているのだろう。何故涼香のお母さんが電話をかけてきたのかを。他にも、私の、おそらく涼香も知らないことを美優子は知っているはず。
だからこそ私なんかに話をしようなんて思える。涼香を好きという気持ちの上にさらにそういうことが積み重なっているからこそ。
「…………………」
私は中々答えようとしない。もちろん、迷っているから
(涼香……)
昨日、いえ、昨夜の涼香のことを考える。昨夜の涼香の姿を思い浮かべる。
(私は……私だって、涼香のことを愛してるのよ)
それは私のなによりも確かな想い。
「………手、離してくれる?」
声の調子が暗いままなせいか美優子は黙ったまま言葉通りにはしてくれなかった。
「……逃げない、わ。話、聞くから」
「…………はい」
しかし、私が顔を上げ、美優子と視線を交わすと美優子は言うとおりに手を離した。
私はそうされた瞬間、美優子に背を向けて歩きだす。
「え!? あ、あの……朝比奈さん」
何も言わずに歩きだしたせいで美優子はあせったような声を出す。
「……逃げないわよ。場所、変えるだけ。誰も来ない所のほうがいいでしょ」
無感情にそう言って私は再び歩き出し、美優子もはいと一つ頷いてついてきた。
寮の廊下を階段の方向に歩いていって、階段を上っていく。
別に、これから行くところに特別な想いいれがあるからじゃない。
ただ、寮で人気のないところとなると限られるから、目的の場所に向かうだけ。
涼香との仲を紡ぎ、涼香との仲が解かれた場所へ。
私は今、美優子と向かっていた。