最近、せつなの様子がおかしい。
正確に言えばおかしい、気がする。
具体的にどこが、っていうんじゃないけど、どっか変な気がする。
表面上はいつもと同じに見えるから、ただの気のせいなのかもしれない。
でも、これはきっと気のせいじゃない。そんな確信が私の中にはあった。
何故って聞かれたら説明できないけど、そんな気がするのだ。
終業式が終わり、クラス中に浮ついた雰囲気が漂っている。期末テストが終わったときも同じ様な空気だったけど、さすがに夏休みとなっただけあって、テストの時とは比較にならない。
教室の中では、仲良しグループが集まり合い色んなことを話している。多分成績のこととか、夏休みの予定とか、これからやる打ち上げとかのことだろう。
普段なら私もその談笑に加わるところではあるけど、あいにく今日は私の居場所はない。もちろん、友達がいないわけじゃなくて、今日はちょっと都合が悪い。
教室に居場所がないのなら、寮に戻ってもいいけどせつなが担任の絵里ちゃんに呼ばれて、教卓の前で話しているので、それが終わるまで待っている。
(せめて、寮の誰かがいてくれればいいんだけど)
残念ながら寮に住んでいるのはこのクラスじゃ私とせつなだけ。それに、例えいたとしても予定が合わない可能性も高い。
そんなことを思案している間に、せつなと絵里ちゃんの話が終わったらしい。せつなは軽く絵里ちゃんに頭を下げてからすぐに私のもとへとやってきた。
「お疲れ様、絵里ちゃんなんだったの?」
「さぁ? よくわからない。ただちょっとお姉ちゃんのことを聞かれたけど」
「お姉さんの? なんで?」
一教師が一生徒のことを、その妹に聞くというのがわからない。本人に直接聞けばいいだろうし、聞きにくい事ならそれをせつなに聞くのはおかしい。
「ふぅん。ま、いいや。さっさと帰ろ」
とはいえ、それほど気になることでもなかったので早々と話を打ち切る。
「そうね」
私たちはまだざわついている教室からでて、寮へと向かっていった。
寮までの道は他愛のない話をしながら帰った。お互いの成績のことや、夏休みの宿題のこと、宿題のことについてはさすがにせつなも不満そうだった。高校の夏休みの宿題は、こんなに多いのかといった感じ。
せつなが明後日帰るということについては、私が話題にあげることも、せつなから言ってくるということもなかった。
「涼香ちゃん、せつなちゃん、おかえり」
寮に戻るといきなり出迎えの言葉をかけられた。
「梨奈、なにしてるの一人で?」
そこにいたのは、寮生の一人で隣のクラスの種島 梨奈。制服姿のまま、小さな体を暇そうにソファに預けている。
私たちは梨奈の向かい側に腰を下ろす。
「で、何やっていたの? 梨奈は」
梨奈が何にも話さないうちからせつなが促した。
「何にも」
梨奈は軽く首を振って答える。
「何にもって……じゃあどうしてこんなところにいるのよ?」
梨奈とせつなは、案外仲がいい。何がそうさせるのかはわからないけど、せつなも梨奈も勉強もできるし、真面目だからそういう所で馬が合うのかもしれない。
「理由はないんだけど、部屋にいてもすることないし来てみたの。でも、ここも人がいなくて」
おっとりとした口調で梨奈が答える。
「夏樹は? 一緒じゃないの?」
梨奈はここにくることも多いが、それには必ず結城 夏樹という連れ合いがいた。逆に言えば夏樹と一緒じゃないとここで梨奈を見かけることはほとんどない。
「今日はクラスの友達と遊びに行くんだって」
私の問いに梨奈はつまらなそうに答えた。私とせつなはそれに軽く「そうなんだ」と頷く。
梨奈と夏樹は、出身の中学も同じで、寮でも同室だけど、クラスだけは違った。クラスが異なれば当然交友関係も違う。今日夏樹が一緒にいる仲間は梨奈とは接点のない友達ということだ。それに夏樹は部活もあるしなおさらかもしれない。
「あ、でも明日のこともあるから遅くならないようにするって言ってたけどね」
明日のことっていうのは、寮での打ち上げパーティーのこと。これも昔からある寮の慣習の一つで夏休みみたいな長期の休み、クリスマスとかの行事の時には、寮のみんなの親睦を深めるためとしてこういうことがあるらしい。ちなみに私は料理ができることもあって、料理係の一人になっている。
「ふーん、じゃここに用があるわけじゃないんだ。それなら私たちの部屋行こうよ。お茶ご馳走してあげるから」
「淹れるのは私でしょ、まるで自分が淹れるみたいな言い方やめてよね」
「ま、いいじゃない。で、来る?」
梨奈はちょっとだけ悩んだ後、そうねと呟いた。
「ここでこうしててもしょうがないし、お言葉に甘えようかな」
「おっけ、じゃ行こうか」
部屋では、せつなの淹れてくれた紅茶を飲みながら取り留めのない雑談を交わした。その中で梨奈が一言。
「そういえば、涼香ちゃんは、夏樹ちゃんみたいに誰かから遊びに誘われたりしなかったの?」
「私?」
「うん、涼香ちゃんは顔も広いし、夏樹ちゃんなんかのグループとかも仲いいじゃない?」
「言われてみれば、今回はそういうのはなかったの?」
「って、二人してそんなことわざわざ聞かないでも……ええと……別に、今回は何にもなかったよ。周りも寮でパーティーがあるの知ってるから遠慮したんじゃない?」
「そうかな? 夏樹ちゃんだって誘われてるし、涼香ちゃんもあってもよさそうだけど……?」
「と、とにかく今回はなかったの!」
思わず少し語気が荒くなってしまった。それを聞いた梨奈は
「ふぅん」
と、一人納得したような仕草をする。
(まさか、感づかれてないよ、ね?)
「さて、じゃあ私はそろそろおいとましようかな?」
「え? なに急に、別にもう少しいればいいじゃない」
せつなは引きとめようとするが
「ううん、せっかくだし帰らせてもらうね。お茶、ご馳走様」
梨奈は聞く耳を持たず部屋から出て行ってしまった。
私は多分気づかれたなと思いつつも、せつなとの楽しい時間を過ごすのだった。
暗くなった部屋のベッドで私は涼香のベッド裏を眺めた。おそらくまだ起きてる。なんとなく気配が感じられるのだ。
私が明後日帰るというのに、涼香はまったく話題にも上げてくれない。
涼香にとって私と一週間会えなくなるというのはどうでもいいことなんだろうか。
でも、自分からそのことについて話をするのはなんだか嫌だった。
涼香がなんとも思っていないかもしれないのに、私から話題を挙げてたら、まるで私だけがさみしがっているみたい嫌だった。
(実際に、寂しいんだけど……)
それに、そのことを話して、涼香から何とも思ってないなんて万が一にも言われたら……なんて思うととても口には出せなかった。
例の感情は、まだそのもやが晴れることはない。ただその正体はもうなんとなくわかっている。
ううん、きっともっと前、この感情を持ち始めたときからわかっていた。
ただ、理解したくなかっただけ、自覚したくなかっただけ。
(どうせ、涼香が私のことを何とも思っていないのなら……)
ある考えが生まれる。
(な、何馬鹿なこと考えているの。私は……)
馬鹿なこと、本当に愚かなことを考えた。
そんなことできるわけがない。
できるはずがないって、心の底から思っているのに、その考えを完全に捨てきることができないまま私は眠りに落ちていった。
そして私にとって運命の日がやってくる。