打ち上げパーティーは、七時から始まった。

 会場は地下一階の食堂で、はじめに管理人さんからの挨拶があって、その次に生徒代表である寮長さんから一言、二言話があってあとはもう無礼講。

 数十人は収容可能な広さの中、数多くのテーブルに料理がのせてあって、今日は立食パーティーになっている。すぐさま色々なグループができあがり、そこで料理を食べたり、お菓子を食べながら話をしたりやることは自由。

 自由とはいえやっぱりいつもの仲良しグループが集まっちゃうのは必然。私とせつなも例にもれずそういうグループの中にいた。

「でも、朝比奈も変わったよねー」

 その中の一人、昨日も話題に上がった結城 夏樹がせつなと話している。

 私は、梨奈や他数人と話ながら、そっちにも少し注意を払う。

「そう?」

「変わった、変わった。入ってきたときなんかじゃ、とてもこんなことに参加するとは思えなかったもん」

 このパーティーは別に強制じゃない。でも、絶対数も少ないし、わざわざ不参加する人なんていつもは知らないけど少なくても今回は一人もいない。

「あの頃の話はあんまりしないでよ……」

「何で? いいじゃない。実際そうだったんだし、今は変わってるわけだから」

「言ってる意味よくわからないけど、まぁ、いいわ……」

「あ、それでさー……」

 良かった。せつなと夏樹もちゃんと話せるみたい。

 せつなは、私以外じゃ梨奈とはそれなりに仲がいいけど、他の人とはそれほどでもない印象だったからちょっと心配していた。それに夏樹みたいになんていうか、自分の思ったことを素直に出す人って嫌いっていうか苦手そうだったから。

 こうしてせつなが他の人と話しているのを見ると、ちょっとだけ寂しいというか何ともいえない気持ちになる。

 昔は、私一人がせつなと話せていたというその、なんていうか独占感がなくなったせいだろうか。

(でもせつなにとってはこっちの方がいいんだよね)

 私はそう結論付けると、せつなたちを気にするのをやめ梨奈たちとの会話に集中した。

 

 

 八時半。

 ゲーム大会や自由出し物なんかも終わり、パーティーもひと段落して、そろそろお開きになる時間。

 私たちは部屋の隅で残ったお菓子を肴にまだ話しに花をさかせていた。

 メンバーは私と、せつなと梨奈と夏樹。

 寮の一年生で二つあるグループの一角。もっとも比較的みんな仲のいいこの寮ではあまり関係ないことだけど。

「あ、そうだ涼香。聞きたかったんだけど」

 そんなことを言ってきたのは夏樹。

夏樹は普通人のことは苗字で呼ぶけど、私がそれを嫌だというと意外にあっさりと名前のほうで呼んでくれた。普段夏樹が名前で呼ぶのなんて梨奈くらいだけど、それにあんまりこだわりがあったわけじゃないらしく梨奈を梨奈と呼ぶのは本人曰く、昔からのことで当たり前すぎて考えたことはないらしい。

「なに?」

「昨日の打ち上げさぁ、なんで来なかったの。せっかく誘ったのに」

 う、ここでそのことを話しますか……

 私は予想外のことに困惑しながらもまずせつなの様子を窺った。

「え…………? 夏樹、それ、本当?」

「うん、あれ? 朝日奈知らない? っていうか、あんま言いたくないけど涼香のこと最近付き合い悪いっていう人もいたよ」

「あぁ、まぁそれは私も言われたけど……」

とりあえず、今ここでっていうかせつなの前でそのこと話さないで。

「……夏樹ちゃん、ちょっと……こっち来て」

「ん、ここでいいじゃない。何よ?」

「いいから」

「何よ、もう」

 しぶしぶながらも夏樹は梨奈に手を引かれ私たちから離れていった。話を打ち切ってくれたっていうのはありがたいけど、今この状況でせつなと二人っきりにされても困る。

「涼香、さっきのことって本当?」

「え〜と、私そろそろ台所の片付けにいかなきゃ。その……じゃあねー」

「ちょっと涼香!」

 呼び止めるせつなの声を無視して私は台所へ向かっていった。心の中でまずったなぁと思いつつ。

 

 

(あ〜、まいったなぁ)

 片付けを終えて、部屋に戻ろうとした時は十時近くになっていた。

 幸いせつなは台所に押しかけてくることはなかったけど、多分それは適当なところじゃなくてちゃんとゆっくりと話したいだけだろうし、それにせつなは嘘が嫌いだ。さらにいうならさっきの私みたいにその場を誤魔化すようなことも嫌い。

 多分、怒ってるだろうぁ。

 迂闊だった。まさか夏樹があんなこと言い出すなんて。

 そりゃ、別に聞かれちゃまずいってことじゃないけど。

 でも、できれば知られたくなかった。

 部屋に戻れば当然そのことについて聞かれる。

 それを思うと部屋に戻りたくないけど、それじゃなんのために夏樹たちの誘いを断ったのか、わからなくなってしまう。

 せつなに聞かれたら、もう正直に答えたほうがいいかもしれない。

(あー、やだやだ)

 いくらやだと思っても寮の中はそんなに広くない。あっという間に自室の前にやってきてしまった。

「ただいまー」

 ドアを開けてせつなに挨拶をする。

「……おかえり」

 部屋に入ると待ち構えていたかのようにテーブルに座るせつなの姿があった。その上には湯気のたったカップが置かれている。つまりせつなは話をする気満々と言うことだ。

 私は観念してベッドを背にしてせつなの正面に腰を下ろした。

「で、どういうことなの?」

「な、なにが? そ、そんなことよりもうお風呂入った? そろそろ時間なくなっちゃうよ?」

 お風呂は普段の日は十時までだけど今日は特別で十一時までに開いている。まだ、十時を少し過ぎたところだけど、ぐずぐずしてたらは入れなくなってしまう。年頃の女の子としては夏場にお風呂に入らないなんてことは遠慮したい。

「それは、この話が終わってからにするわ」

 無駄だとは思っていたけど、やっぱり無駄だった。

「ひょっとして、怒ってる?」

「別に。ただ、なんで私と梨奈に嘘ついたのか聞きたいだけ」

 せつなは言ってから紅茶を一口飲んだ。口調は穏やかだけどこういう時は怒ってる証だ。

(ちょっと嘘をついたくらいでそんなに怒らなくても……)

 私がせつなに話さなかったっていうもの原因かもしれないけど。

「で、どういうことなの?」

 先ほどと同じ口調で、せつな。

「……わかったわよ。話す、話しますー」

 はぁ、ちょっと嫌だけどこうなったら話すしかない。

「えーと、せつな明日帰るじゃない?」

「話そらさないで」

「あぁ、もう。最後まで聞いてよ。でさ、それで明日から寂しくなっちゃうなと思って……」

「え…………?」

 一転せつなの表情が仏頂面から当惑に変わる。

 うぅ、なんでこんなこと正直に話さなきゃいけないの。恥ずかしいったらない。

「だから……その……せつなが帰るまでの間、なるべく一緒にいたいな、なんて思っちゃって……」

 恥ずかしさのあまり顔が上気にし、赤くなっていくのがわかる。

顔から火が出るというのはまさにこのことだ。

「それって……」

「その……あぁ……うぅ……ええと、つまりぃ……そういうこと! わかった!? はい! じゃあ、もうこの話はお終い! さ、お風呂行こっ、お風呂!」

 

 

 つまり、そういうこと!

(つまり、どういうこと?)

 はやる鼓動を抑え、もう一度冷静になって考えてみる。

 涼香は昨日夏樹たちの打ち上げに誘われていて、でも断った。

 それは、私が明日帰ることを、涼香も寂しいと思ってくれていたということ。

そして、涼香は夏樹たちよりも私をとってくれたということ。しかも、他の友達に付

き合いが悪いとの謗りをうけてまで。

(胸の奥が熱い……)

 昨日まで私が思っていた気持ちのもやが晴れた気がした。

 遮るものがなくなった事と、涼香の思いがけない言葉により、その想いが、堰を切ったように押し寄せてくる。

(体が熱い……)

 まるで体が、自分の体じゃなくなるみたいな感覚。

 昨日の夜私が考えていたのは、涼香が私のことを何とも思っていないのなら、どうにでもなってしまえという自暴自棄的な感情だった。

 けど、今は違う。

 涼香への「好き」が溢れて、溢れて……

 溢れて…………

 

 抑え、きれない。

 

 胸の中からこみ上げてくる気持ちが、涼香を好きになった頃から漠然と想い続けていた気持ちが、涼香を好きだという気持ちが、涼香を「愛したい」という気持ちが……

 抑えきれない!

 

「涼香…………」

 私はそう呼びかけ、

 振り返った涼香に、

 

「好き…………」

 

 口づけをした。

 

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