え…………?
今、何、され、たの?
思考もままならない頭で感じたのは、かすかな紅茶の味と、そのほのかな香り、そして、柔らかなせつなの唇。
(キス……され、たの……?)
誰に?
せつなに?
え? え?
まったく状況が飲み込めない。
「涼香…………」
「え……」
名前を呼ばれ、ハッと我に帰り、反射的にせつなから離れた。
「な、な……に……?」
そのまま本能的にずさる。
私が一歩下がるたびに、せつなも一歩近づく。
「あ…………」
それを数度繰り返すと、私は何かに躓いた。
ボフッ。
それが私たちのベッドだということに気がついたときには、すでに体は下段の、せつなのベッドの上にあお向けに倒れこんでいた。
(お、起き上がらなきゃ)
そう思ったけど、その前にせつなに両腕を押さえつけられた。そのまま馬乗りの形に覆いかぶされる。
「やっ! いたっ……」
押さえつけるせつなの力はすさまじく、振りほどくことができない。それでも体をよじりせつなから逃げようとする。
「や、は、離して……」
「涼香……声、出してもいい、よ……」
「え、ど、どういうこ……?」
「大きな声出してもいい、嫌だったら人呼んで……」
「……っ!」
その一言で、私は抵抗をやめた。
そして、理解した。せつなが何をしようとしているのかを、私が何をされようとしているかを。
「そ、そんなこと……」
少しだけ、ほんの少しだけ冷静になった頭でせつなの問い掛けに答えようとする。あまりにも唐突なことで、他に言うべきこと、やることがあるというのにも気づけない。
「そんなことは……しない、よ……」
正確にはできない。
もし、今ここで人を呼んだりなんかすれば、どんなことになるか容易に想像がつく。もちろん、せつなとは一緒にいられなくなるし、場合によっては、停学、最悪退学だってあるかもしれない。
それなのに、人を呼ぶなんて、そんなことできるはずがなかった。
せつなだってきっとそんなことはわかってるはず。
私が大きな声出せないって、人を呼んだりなんてできないって……
それをわかっていてせつなはこんなことをしている。
……卑怯だと思った。
「……そう……」
せつなは小さく呟くと、ゆっくりと顔を近づけてきた。
また、キスをしようとしている。先ほどとは違い、ゆっくりと、避けようと思えば、避けられる速度で。
このキスをされたら、きっと、せつなはもうとまらない。私にはそれがわかった。
わかったのに……
体は凍りついたように動かなかった……
「ん…………」
時間にすれば、多分数秒。でも、私にはその時間が数十秒にも、一分にも感じられた。
二度目のキスもやっぱり紅茶の味……そして、吐息、鼓動、せつなの熱……
「っぷは……はぁはぁ」
口づけが終わると、私は必死に呼吸を整えた。
体が熱い……
ドクン、ドクン、と普段は気にならない心臓の鼓動が今はやけに大きく耳に響く。
せつなと密着している部分から熱さを、想いを感じる。せつなの顔は紅潮し、瞳は潤んでいる。多分、それは私も同じ。
「私……涼香が好き……」
せつなの、私のくちびるを奪った口から、そんな言葉が紡ぎだされた。
その言葉は、今までせつなから聞いたどんな言葉よりも重く、真実味が溢れ、
そして……怖かった。
「かわいい涼香が、優しい涼香が、笑ってる涼香が、私を私にしてくれた涼香が……好き」
ゆっくりと、少しずつ吐き出されていくせつなの気持ち。きっと、ずっと溜め込んできた想い。
せつなの腕は押さえきれない感情の波に震えその震えは私にもはっきり伝わってくる。
「他の、誰よりも、何よりも、お姉ちゃんよりも、世界で一番、涼香のことが好き……なの」
痛いほど、切ないほどに響くせつなの想い。
「わ、私だって……」
せつなの声とは対照的に、か細く弱々しい私の声。
今の私にはそれが精一杯。
「私だって、せつなのこと、好き……だよ……大好き」
それは、私の正直な気持ち。
嘘じゃない、嘘じゃないけど……
「でも、違う……違うの」
せつなのことは好き。大好きだけど、
違う。
「いたっ!」
せつなの腕にさらに力がこもった、ような気がした。もう、なにもかもが熱すぎて感覚が怪しくなっている。
怖い。
「……すずか……」
悲痛な呼びかけ。
せつなの声が、体が、雰囲気が、
怖い。
もう、顔を見ることすらできない。
逃げたいはずなのに、やめてって言いたいのに……
急に左腕が、開放された。
今なら、せつなの体を払いのけることができるかもしれないのに、体が思ったように動いてくれない。
「……ごめん……」
それは、今までの行為に対する謝罪なのか、それともこれからのことに対する謝罪なのか。
「でも……もうとめられないの……」
正解は、後者だった。
「やっ……嫌……ん……」
次の瞬間、首筋を舐められ、同時にせつなの右手は私の服の下に滑りこんでいった。
お腹のあたりを触れられ、その手は除々に上へと上がっていく。その先の、胸へと。
「や、やだ……だめ……やめて……」
ゾクゾクとした感覚が体を駆け巡る。
せつなの冷たい手が私の頭を痺れさせ、せつなの暖かな舌は体に未知の感覚をもたらした。
頭がくらくらしてきて、思考がおぼつかなくなる。
せつなの指が、胸に触れた。
体がビクっと震える。
「いやっ!」
思わず、大きな声が出てしまった。せつなの手の動きが止まり、首筋へのキスも止む。
「……お願い……お願い、だから……やめ、て……お願い……だから……」
掠れ、消え入りそうな声で訴えた。
「……やめて……だめ……やめて……お願い……やめて……」
私は必死にやめてと繰り返す。
今の私にはそれしかできなかった。空いた両手でせつなから逃げることだってできたはずなのに、私はただやめてと繰り返した。
そうじゃなければ、言いたくないこと、言っちゃいけないことまで、押し寄せる感情のままにいってしまうそうだったから。
せつなの手が、動いた。
「い、や……」
怖い。
……怖い。
…………怖い。
こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわい。
怖い!
もう、私にはそれしか考えられなかった。
せつなが……怖い。
こんなこと言いたくない、言いたくないのに……
「……せつな……こわい……よ」
せつなの息を飲む音が聞こえた。
言いたくない、言いたくなかった。
こんなのとても親友に対する言葉なんかじゃない。でも、とめられなかった!
時が、止まった気がした。
せつなも私も微動だにしない。
二人の間に重苦しい空気が流れる。
呼吸をすることすらつらい。
せつなを見ることもできず、定まらない視線を部屋の中へと向ける。すると、視界の隅に何か光るものがうつった。
始めはなにかわからなかった。汗かな、とも思った。けど、これは……
(なみだ……?)
それは、涙だった。また一つ、二つ、と雫が落ちてくる。
泣いてるの? せつなが?
勇気をだして顔を向けると、せつなが体を震わせていた。
なんで? どうして?
わけがわからないまま、視線を徐々に上に持っていく。
腹部から、胸へ。
胸から、鎖骨へ。
鎖骨から、首へ。
そして、首から、顔へ。
「…………っ!!」
せつなと視線が合った。
目は涙でいっぱいになり、そこから雫がとめどなくあふれ、落ちていく。
涙に隠れたその瞳は、確かに私を見ているはずなのに、どこか虚ろで、光が感じられなかった。
そして、その瞳をみた瞬間、私はせつなの体を払いのけその場から、その場であったことから、なによりせつなから逃げたして部屋を飛び出していった。