好き……

 好きって何だろう。

 あの夜も少しだけ考えた。それ以来考えてなかった、考えようとしなかったことだけど、今はそのことばかり考えてる。

 私は、梨奈のことも、夏樹のことも、もちろんせつなのことも好き。

 でも、私の好きは、せつなが私に言う好きとは違う。

 せつなの「好き」は私の知らない「好き」

 その「好き」は怖かった。

 普通、人から好きって言われれば嬉しいのに、せつなの「好き」のように、怖く感じるものもある。

 同じ言葉なのに、色々な意味がある。

 ほんと、好きっていったい何なんだろ……

 

 

 ガララと教室のドアを開ける。

 中には当然誰もいなくて、主たちのいない机がほぼ等間隔で置かれているだけ。前の黒板には何にも書かれてなくて、夏休みのカウントダウンをしてくれてた後ろの黒板には、登校日があるにもかかわらず、二学期にまた会おうね的なことが書かれている。

 私はその中に無言で入っていく。昨日のように気晴らしで散歩にきたというわけじゃない。

 机の間を抜けていって、廊下から二列目、前から三番目の席に向かった。そこはせつなの席。何気なく指先で机の上を触ってみる。

「……せつな」

 せつなはこの席に座って、いっつも真面目に授業を聞いてた。私は時々、ここから左に二つ、後ろに二つの私の席からせつなのことを気にかけることがあったけど、せつなが振り返って私をみることはなかった気がする。

 この教室で、せつなと多くのこと話し、たくさんの時間を過ごした。

 せつなはこの教室で何を考え、私に何を感じていたんだろう。

 私は目をつぶるとここにはいないせつなの姿を思い浮かべる。そのまま十分くらいすると席を離れ教室を出た。

 今度は学食に向かう。

 夏休みではあるけど、こっちには少し人がいる。メニューは激減してるけど、一応やってはいるし、休み中で人が来ないので部活とかでたむろってたりする。でも、いつものよりは人が少ない。これだけの広い空間に人が数えるほどしかいないっていうのは寂しい。

 ここもせつなとよく来た場所。ほとんど何でも食べるせつなに対して、私は結構好き嫌いが多くて、注意というか、からかわれた。

 それを思い出し、思わずにやけてしまう。

 一人でいても奇異の目で見られるだけなのですぐにきびすを返して食堂から出て行った。

 次に来た場所は、会議室のとなりの一室。せつなが絵里ちゃんに頼まれて、資料作りとかするのを手伝ったところ。長机が四角形を作るように置いてあって、端にパイプイスが積み上げられている。

 私はまっすぐに窓辺に向かって窓を開け放った。西日がさす場所だけど、昼を少し過ぎた今くらいの時間ならそんなこともなく綺麗な青空が見える。

 いい風が吹く。髪が揺れて、耳に擦れた。

 せつなの髪がまだ長かった頃、ここでせつなを手伝っていたとき、夕陽に照らされた髪が綺麗だっていったのを覚えている。

 あの時、私はせつなのことどんな風に考えてたろ。友達、ではあったけど、今程せつなの存在は大きくなかったと思う。寮に来て最初の頃、せつなによくついて回ったのはこれから一緒に暮らしていくんだから、少しでも早く仲良くなりたいなんていう単純な発想だった。だからちょっと無理にでもせつなと一緒の時間を作ってた。けど、いつからか意識しなくても一緒にいるのが普通になっていた。

(でも……)

 私は窓を閉めて、そのまま背中を預けた。

 やっぱり、せつなが私の中で大きくなったのは、藤澤先輩の一件だと思う。あの時、せつなが背中を押してくれなかったら、今だって私は不毛な日々を送っていたかもしれない。

 せつなは、その時から私のことを「好き」だったのかな。

 もし、そうだったら私はせつなになんて残酷なことをしてたんだろう。好きな人から、対象が自分じゃない想い人の話を聞かされるなんて、私は耐えられない。

耐えられなかった。

知らなかったで済ませていいことじゃない。痛みを知ってる私が。

 せつなにファーストキス奪われたけど、こう考えると私もせつなに結構酷いことをしてる。

背中を預けながら俯いてため息を吐いた。

ため息つくと幸せが一つ逃げるっていうけど、本当ならこの数日にいったいどれだけ逃がしちゃったんだか……

 廊下を歩き、階段を下りて、靴箱から外に出る。そのまま寮に向かっていった。

寮への道、ここもやっぱりせつなと一緒によく通った。

学校じゃどこにいってもせつなとの思い出がある。たった一学期間を一緒に過ごしただけなのに、ほんとにいつも一緒だったんだなって今さらながらに気づく。

(なくしてから気づくことがあるっていうけど、その通りみたい)

 ……ううん、まだなくしたわけじゃない。

 なくしたりなんてしたくない。

それにしてもこんな風に行く先々でその人のこと考えるなんて、まるで死んだ人の思い出に浸っているみたいでおかしな気もした。

寮にもどると、真っ直ぐと自室に戻った。ドアから一歩入ったところで止まり、部屋全体を見回してみる。

正面には雑談に、勉強に、お茶にと万能のテーブル、左方には雑貨を入れる押入れ、少し奥に共用の洋服タンスと本棚。右方には、二段ベッド、ベッドの奥には鏡のついたブティックハンガー。

せつなと一番多くの時間を過ごした場所。

そして、せつなに想いを告げられた場所。

無言でベッドの前に立つ。

ここに来て、あのことを考えると体が震える。恐怖と後悔の間のような感情が心の中に渦巻く。私は若干震えている体を抑えながら、せつなのベッドに座った。そのまま仰向けに体を倒す。

一瞬だけ、せつなの泣いてる顔が頭をよぎった。

「はぁ……」

 また、幸せを一つ逃がす。

 色々回ってせつなのこと考えてみたけど、せつなの「好き」に対する答えはでないまま。あの時の「怖い」も私の正直な気持ちではあったけど、あれは違う気がする。もっと別の答えがあるはず。

もちろん、簡単にせつなを受け入れるっていう意味じゃない。

私なりの答えを出して、せつなの気持ちに正面から応えること、それが夏樹も言ったお互いの気持ちをぶつけ合うってことなんだと思う。

友達にランク付けなんてしたくないけどせつなは梨奈や夏樹、他の友達よりも特別な存在だっていうのは感じてる。

だからこそ一層難しい。

 ふと、漂わせてた視点を上に向けてみた。私のベッドの裏が見える。せつなは、この私のベッドを見ながらどんなことを考えてたんだろ。

 せつなは私に「好き」という気持ちを伝えてくれた。

 私は、せつなに何にも伝えていない。ぶつけるべき気持ちがはっきりしてない。

今はまだせつなと向かいあうことはできないかもしれないけど、もっと、もっともっとせつなのことを考えればわかる気がする。

 私なりの答えが出る気がする。

 でも答えが出たとして、私はせつなとどうなりたいんだろ。今までと同じ関係に戻りたいの? それとも、何か別の関係になりたいの?

 どう、なんだろ。

 それもやっぱりわかんない。わかんないけど、私がしなきゃいけないのは、私の正直な気持ちを、素直な想いをせつなに伝えること。それだけ。

 そこに私とせつなの新しい未来があることを信じて。

 

好き……

 

 こんな短い一言に、人はたくさんの気持ちを込めることができる。

 家族としての好き。

 友達としての好き。

 趣味や物、行為としての好き。

 異性、同姓としての好き。

 恋愛感情としての好き。

 今思いつくのはこれくらいだけど、実際はもっとあるだろうし、そこからさらに枝分かれしている。

 その色々な好きの中で、せつなが私に言った「好き」はいったいどういう好きなんだろう。

 そして、私のせつなへの気持ちは……

 

 

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