「……えぐ……ひぐ……」

 なかなか泣き止む様子のなかったその少女を私たちは近くにあった喫茶店に連れ込むことにした。

 気分的にはこの女の子を拉致でもしてる感じだけど、周りから見れば三人組の女の子が何かあって泣いてる友達を慰めてる様子に見えると思う。

 ……思いたい。

 そこはいつぞやせつなと入ったところで、あの……先輩を目撃したところ。昼時でも食事がほとんどないせいかあまり混んではいない。

店内の様子はほとんど変わってないけど、外が眩しい分、中が薄暗く感じる。

 木のテーブルとイスはひんやりと自然の涼やかさを感じさせてくれて、店内に設置してある観葉植物は季節によってものを変えるのかこの前とは違った草花が置いてあった。

 何がどう変わったのかまではわかんないけど。

 とりあえず、あんまり人目につかない席を取って女の子が泣き止むのを待つことにした。私とせつなが並んで座り、女の子が向かい側っていう位置取りで私もせつなもほとんど無言のままとにかく女の子が落ち着くのを待つ。

「……………………」

 することがないとはいえせつなと楽しくおしゃべりってわけにもいかないので、女の子を観察してみることにする。

 といっても、座ってるので見えるのは上半身だけだけど。

 服は黒を基調にしたスクエアーチュニック、袖のところが白のレースになっててかわいい。

 ほっそいなぁ。

 この子を見ようとするとどうしてもそれに目がいく。さっき起き上がらせるときに直に触れたけど改めてみても本当に細い。

例えるなら……枯れ枝、じゃイメージ悪すぎるか。骨と皮だけ、これも褒める言葉じゃない。でも、なんかこの子を見てると病弱そうな感じが自然とそういう言葉を感じさせるんだよね。そのわりには胸があるけど。

 ちょっと視線を外して右手を見てみた。

……あんな感触なんだ……大きい人って。

 服の上からとはいえ人のを触ることなんてめったにない。

 ……って私ってば、何考えてんの。

 馬鹿な考えを頭から振り払うと女の子の観察を再開する。

 まさか下半身をじろじろと見るわけにもいかないし、そもそもテーブルに隠れて見えない。となれば、必然的に顔と思ってそっちに目を向けると

 ……こっちみてる。

 いつの間にか女の子は泣き止んでて、様子を伺うように私のことを見ていた。

 別に舐めまわすように見てたわけじゃないけど、さっきのこともあって非常に視線が痛く感じる。

「えーと、その……ごめんね」

「………………」

 謝罪の言葉を発してみても、女の子は変わらない目線を向けてくるだけ。

「あ、肩汚れてるよ……」

 起き上がらせたときに軽く払っておいたけど、肩にまだ残っていたみたいで気づいた私は払ってあげようと身を乗り出すと……

「………!!

 すごい勢いで避けられてしまった。

 私はゆっくりと手を引いて無言で腰を下ろす。

「……ねぇ、せつな。なんか私たちものすごく警戒されてない?」

 隣のせつなの袖を軽く引っ張って小声でせつなに問いかける。

「それは、当然でしょう。見ず知らずの相手に街中でいきなりあんなことされたんだから。あとついでに言うなら警戒されてるのは私たちじゃなくて、涼香一人だと思うけど」

「そ、そうかもしれないけど。あ、あれは事故じゃない」

 そう! 事故! ちょっとした偶然が重なった不幸な事故のはず。

「まぁ、事故よね。どうみても涼香に過失があるけど」

「うっ…………」

 それをいわれちゃうと返す言葉がない。

 私の前方不注意なのは明らかだし、押し倒しただけならまだしもその後がどう考えてもまずかった。

 何かわかっていなかったとはいえ、あんなことさえしてなければこんなことにはなってなかったはず。

「で、でも悪気があったわけじゃないし」

「悪気があったら、捕まるけどね」

 ああいえば、こう言う。

「………ップ……クスクス」

 せつなと勝ち目のない押し問答をしていると、不意に笑い声が聞こえた。

 私たちは会話を止めて、声の主に揃って顔を向けた。

「す、すみません」

 女の子は私たちに見られてることに気づくとすぐに笑うのをやめる。

「お二人が、なんかおかしかったので」

 細くて、綺麗な声。

「あ、へ、変な意味じゃなくてですね。その……」

 けど、引っ込み思案なのかあんまり声に自信が感じられない。

 なんとなく言おうとしてることはわかる。

「あ、あぁ、い、いいよ。気使わなくても」

 さっきまであんなに警戒されてたのにいきなり、笑われたのでこっちの方が戸惑ってしまう。

「あ、あの……」

「どうぞ」

もう一回きちんと謝ろうとするとちょうど頼んでたものが運んでこられた。事情を知らないウェイトレスさんが笑顔で湯気のたったカップを丁寧にテーブルへおいていく。

「では、ごゆっくり」

 ウェイトレスさんが去って今度こそいざ謝ろうとすると

「さっきはすみませんでした。いきなり泣き出してしまって」

 今度はその本人に遮られてしまった。

「あ、う、ううん。悪いのは私なんだし。ほんと、ごめんね」

「いえ、私も久しぶりの外で少し注意が足りてなかったんです。それで、いきなり地面に倒されたと思ったら……あんなことされて怖くなってしまって……」

 女の子は桜色に染まった頬を両手で押さえると恥ずかしそうにうつむく。

「でも、悪い人たちじゃないみたいなので、よかったです」

 そして、真っ直ぐに私を見つめた。

 無垢で、純真そうな瞳。

 私はなぜかそれに惹かれ、ポーっと見惚れてしまった。

「涼香?」

 すぐに私の様子が変わったことを察知したせつなは私の顔を覗き込んできた。

「ち、違うの!

「は? 何が?」

「な、なんでもっ」

 ここで素直に、見惚れてたなんていったら、胸のこともあるしどんな反応されるかったもんじゃない。

「……? まぁいいわ。そうだ……えぇと」

「あ、西条 美優子です」

「そう、私は朝日奈 せつな、こっちは同じ部屋の友原 涼香。西条、さん? さっき言ってたけど久しぶりの外ってどういう意味?」

 さすがにせつなはよく話しを聞いてる。私なんてさっきまではどんなこと言われるか気が気じゃなくて何を言われたとかちゃんと覚えてないっていうのに。

「……実は、わたし最近まで入院してたんです。三月くらいからずっと、この前やっと退院して今日、退院してから初めて一人で外を歩いたんです。だから、こんな風に同じ年頃の子と話すのも数ヶ月ぶりなんですよ」

「数ヶ月ぶりって友達とか、お見舞いに来てくれなかったの?」

 たとえば私ならせつなとか、友達が入院なんてしたら少なくても週一回はお見舞いに行くし、夏休み中ならもっと頻繁に行くと思う。

 西条さんは、しきりに目を泳がせると乾いた声で答えた。

「…わたし、友達いませんから」

 抑揚がなく本気なのか冗談なのか判別がつかない。

「え……? あ、変なこと聞いちゃったかな」

「気にしないでください。そんなことより、お二人って天原なんですか?」

「そう、だけど、よくわかったね」

「朝日奈さんが同じ部屋っていうから、寮なのかなと思って、この辺で寮があるのは天原だけですから」

「そっか」

 この辺の事情なんて知らないから何ともいえないけど、こんな言い方をするんだから西条さんは地元民なんだろう。

「それがどうかしたの?」

「どうっていうわけじゃないですけど……同級生なんだなって」

「あなたも天原なの?」

「はい。と言っても一度も登校したことはないですけど」

「一度もって……あ、入院してたんだもんね。何組?」

「確か、一組だったと思います」

 一組。梨奈と一緒か。

「そういえば、梨奈がそんなこと話したこともあったわね。机はあるけど一回も来てない子がいるって。西条さんのことだったのね」

「やっぱり……うわさになってるんですね……」

 西条さんは切なそうに視線を落とすと、諦観気味に呟いた。

「でも明日からは来るんだよね。退院したんだし、丁度始業式で、きりもいいし」

 私は西条さんの様子に気づかないでもなかったけど意味を汲み取らずに会話を続ける。

「……どう、でしょうか」

 普通に考えれば、っていうか考えるまでもなく学校に在籍してて特に入院とかしてないなら来て当然のはずだけど西条さんは肯定でも否定でもない言い回しをした。

「来ないの? まだ体の調子が悪いとか?」

「いえ、体は大丈夫ですけど……」

 西条さんは何故か私とせつなを交互にみた。

「……その、怖いんです」

 そして、ためらいがちに口を開く。

「怖い?」

 予想のしてなかった単語に私たちは目を丸くした。

「……はい」

 沼の底から響くような暗い声。その声のトーンが言葉に真実味を帯びさせる。

「あの、さ。何でそんなこというのか知らないけど、よかったら話、聞くよ? 何かの助けになるかも知んないし」

 初対面の相手になれなれしくこんなこと言うものじゃないかもしれないけど、なんかこの子をほうっておけない。こうして偶然会えたのだった何かの縁だろうし。

 力になってあげたいって、思った。

「話しても、仕方のないことですから」

 しかし、緩慢に首をふられやんわりと拒否をされてしまう。

 いくら私が力になってあげたいと思っても相手が望んでなければそれはただのおせっかい。

「そう……」

 諦めかけた私だったけど、意外なところから助け舟が来た。

「仕方ないかどうかなんて、話してみないとわからないわよ。自分ではそう思っても話してみると楽になることだってあるんだから」

 せつなが西条さんに食ってかかった。声が荒げてるというより、気持ちが入ってる。せつなも、この子に自分を重ねたのかもしれない。

私とは違う部分で。

「なんか、せつながそういうこというと説得力あるね」

 せつなが「優秀なお姉ちゃんの妹」っていう呪縛を解いたとき、多分せつなは私に何かを期待してたわけじゃない。でも、話してくれたからこそ私はせつなを「救う」ことができた。

 だからせつなが言うと重みがある。それをわかるのが私だけっていうのが残念だけどね。

「う、うるさいわね」

 せつな照れを隠すように私に悪態をつく。

「………お二人ってほんと仲がいいんですね……」

 西条さんはこんなやりとりをうらやましさと寂しさのこもった瞳で見つめ、つぶやくとその目を一度閉じて、数秒後何かを決意したようにゆっくりと開いた。

「…………場所、変えてもいいですか?」

「じゃあ……?」

 

「行きたいところがあるんです」

 

 

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