連れてこられたところはなんてことのない普通の公園だった。多少変わったところがあるとするなら学校ほどじゃないけど高台にあって、入り口がすべて階段で囲まれてることくらいだろうか。

 ブランコ、すべり台、ジャングルジム、砂場。

噴水に、ちょっとした遊歩道。

公園として必要そうなものは揃っていて、中規模程度の大きさ。

今も夏休みの最後を楽しむべく小学生やそれより小さい子たちが親子連れで遊びまわってる。

 こんな中を女子高生三人で歩くっていうのは若干浮いてる気もする。

「ここ、小さい頃よく友達と遊んだんです。といっても、あの子たちみたいに十歳になるかならないかの頃ですけど」

 西条さんは遊んでいる子供たちを見ながら懐かしそうにいった。

「当時は、まだそこまで体が弱かったわけじゃなくて、みんなと同じように鬼ごっこや砂遊びもして」

 嬉しそうというか、悲しそうというか、寂しいそうというか、そのどれでもあってどれでもなさそうな口調と表情。

「あ、ごめんなさい。急にこんな話されても困りますよね」

「気にしないで、あなたの思うとおりにいってくれればいいから」

「そうそう。せつなのいうとおり、そういうの気にしないほうがいいよ。気なんか使ってると伝えたいことが伝わらなくなっちゃうかもしれないし」

「ありがとう、ございます」

 私たちはゆっくりでも歩みを止めることなく遊歩道を進んでいく。

「さっきの話とか、入院のことでわかるかもしれないですけど、わたし、体が弱いんです」

 まぁ、そうだよね。見た目もそんな感じだし。つまり第一印象の、枯れ木の枝っていうのは表現としてはともかく的を射てたってことかも知んない。

「入院とかそんなに頻繁ってわけじゃないですけど、ただの風邪でもすぐこじられちゃって一、二週間くらい休んでしまうなんていうのは結構当たり前で、小さい頃はそうでもなかったですけど、少し大きくなると周りの子たちもそういう目、可哀想とか大変だっていう目で見てくるようになって、気を使ったり遠慮したりするようになって……」

 話を聞きながら私はせつなを見た。やっぱりせつなが「お姉ちゃん」のことを話してくれて時に似てると思った。はじめは感情を出さないように話出すけど、話していくにつれてそれが隠せないようになって声に色がついてくる。

 ううん、せつなと似てるっていうよりは誰でもあんまり思い出したくないこと、話たくないことを話す時はこんな風になるのかもしれない。

「それに、わたしこんな性格ですし、自分からあんまり話しかけたりすることもなくって……」

 ジャリ。

 西条さんの足が止まった。

 目的地に着いたらしい。木々に囲まれた細い遊歩道の終着点、道はここで終ってて小さな広場になっている。広場の端はベンチと、背の高いフェンスが設置してあって学校の屋上のような感じだった。

「気づいたら、独り、になってました」

 ポツリと、自分のことなのに他人事のような声だった。

「そう、なんだ」

 その様子に私もせつなも何を言うべきか混乱して、うまく言葉がでなかった。

「見えますか? ここから天原が見えるんですけど」

「え、うん」

 西条さんはいきなりそんなことを言い出して指をさした。

 私たちもそれについていって指の示す方向を見る。その先は、いわれたとおり山の木々に囲まれた校舎がうっすらと見えた。

「小さい頃、この公園で遊んだとき特に仲良しだった子がいて、遊びつかれるとここで休憩しながら天原を見上げてました。その時よく約束したんです」

「どんな?」

「大きくなったら、一緒に天原に行こうって。まだ、高校がどんなものかも知らないようなときの単なる口約束ですけど。でも、その約束ともいえない約束にすがってわたしは天原を受けたんです」

 内容は別に嫌なことじゃないだろうに西条さんの表情は優れない。

 となれば理由は。

「その友達って、今は……?」

「……いつのまにかその子も周りの子と同じになってました。今じゃ別の高校にいってます」

 やっぱり、と心の中で呟く。

「……だから仲のいいお二人を見てたら、少しうらやましくなってしまって……グスっ……」

「あぁ、な、泣かないでよ」

 せつなと一緒になだめながらフェンス脇のベンチに西条さんを座らせた。

「でも、自分で決めたんだよね。うちの学校に来ようって。それをどうして『怖い』だなんていうの?」

「……怖い、ですよ。もう出来上がってしまってる、皆の『輪』の中に入っていくって」

「…………」

 なんとなくわかった。確かに学校が始まって数ヶ月もたてばグループってものが作られる、私は誰とも気にしないで話したりできるけど、せつなはあんまり普段話す人以外とはあんまり話そうとしない。それと同じことだと思う。まして、一学期丸々学校に来てなかったりしたらなおさら。

 気持ちは、わかる。多分隣で聞いてるせつなよりも、ずっと。

「それに、休んでた理由を知ればまた『大丈夫』とか、『無理しないで』とか、言われてるに決まってます。そして、興味は示すけど遠巻きに眺めるだけで……長く休んだあとって必ずそうなっちゃうんです」

 西条さんは、悲しみよりも諦めた様子で話を続けていく。

「だから、もう一学期休んじゃってるならいっそこのまま休んで一年生をやり直しちゃおうかなって」

 いいたいことはわかるし、気持ちもわかる。

でもそれは……

「それって、逃げてない?」

 せつなも同じことを思ったらしく私より先に口を開いた。

「…………」

 西条さんは目をしきりに瞬きしながら、せつなから逃げるように顔を背ける。要するに本人もわかってるんだろう。

「仮に来年、あなたのことをそういう風に見ない人と一から始めようとしても、うまくやれるの?」

「それは……」

「無理よね? そんな風に逃げてるだけじゃ同じことを繰り返すだけじゃないの?」

「わかってます そんな、こと、言われなくたって」

 西条さんは、せつなの言い回しに会ってから初めて声を荒げた。図星を突かれ、しかもそれを自分でもわかってるからこそ抑えられなかったんだろう。その証拠に顔を赤くしている。

「だったら……」

「せつな! ちょっと、やめてあげて」

 私は西条さんと同じく少し不機嫌な声になったせつなを制してしまった。せつなはせつなの思うところがあるだろうし、いってることも間違ってない。でも、私にはその正論が西条さんの心を抉っていくのがわかってしまう。

「西条さ……ううん、美優子。信じてもらえないかもしれないけど、私は美優子の気持ちすっごくわかるよ。美優子の言うとおり、今から『輪』に入っていくって簡単じゃないし、勇気がいるかもしれない。でもさ、そんな風に自分から諦めたら何も変わらないよ」

(あ…………)

 私は言いながら今日の夢の言葉を思い出していた。

 涼香、そんな風に自分から諦めてたら何も変わらないわ

「……遊んで欲しかったら、遊んで欲しいって」

 ぶっきらぼうでがさつなあの人が、たまにくれた私のための、私への言葉。

「友達になって欲しかったら、友達になって欲しいって。自分から言わなきゃ。笑顔でそうすればさ、意外となんとかなるものだよ?」

 それを今度は美優子へと伝える。私の言葉にして。

「………………」

 美優子は沈黙の後私に言われたことをかみ締めるように小さく「わたし、から……」と呟く。

 本当はこんなこと私からいうまでもなく本人がわかってるはずだと思う。わかってるからこそ、私たちに話してくれたんだし、せつなに反発もした。そして、私の言葉に耳を傾けてくれる。

「だからさ、学校、来なよ」

 私は美優子の手を取ると美優子を安心させるように笑った。

「…………すみません」

 美優子は私の手を外し、立ち上がった。

「わたし……今日はもう帰りますね。少し、一人で考えたいので」

「そっか……」

「今日は、色々失礼しました」

「ううん、こっちこそ、ごめんね。その……色々」

「あ、あのことは気にしないでいいですから。……では」

「うん、またね」

 美優子が学校に来るって言ったわけじゃないのに私はあえてまたと言った。

 学校でまた会おうって。

 せつなも私の心を察してか「また」と美優子に挨拶をする。

 そうして、美優子が遊歩道に消えていくまで二人でその姿を見つめるのだった。

 

 

 

 美優子が去った後も私たちはなんとなくその場に佇み二人して、学校の校舎を見上げていた。

 残暑の日差しが容赦なく照りつけてきて暑いけど、なんとなくそうしたい気分だった。

「……せつな、今日は帰ろっか」

「そうね。明日は学校だものね」

「うん」

 私たちは立ち上がってもう一回二人で学校を見上げた。

「…………ふふ」

「どうしたの、急ににやにやしだして?」

「べっつにぃ。そういえば、今日はいい夢みたなって思って」

「は……? 今朝はやな夢っていったじゃない」

 せつなの言うとおり、やな夢ではあったかもしれない。でもそこにあった思い出はやっぱり楽しくて、甘い幸福に満ちていて、私にとっては大切なもの。それになにより、かつて自分を救ってくれた言葉を今度は自分で人言うというのは何とも妙な感じがしたけど、それが不思議と嬉しかった。

 私の言葉が美優子の「救い」になってくれるのなら、今日見た夢は「いい夢」だって思う。

 これで明日美優子が来てくれるなら万々歳だよね。

 それを祈りながら私たちは私たちの場所へ帰っていった。

 

 

 一日たって、九月一日。多分、児童、生徒がこの世で一番嫌いな日。

 昨日の美優子との話で少しは学校を真面目に過ごさなきゃと思わないでもなかったけど、いざ夏休みが終っちゃうと名残おしいに決まっていた。

 夏休みは終ったっていうのに朝から強い日差しの中せつなと二人で学校へと向かう。学校がもう少し近くなれば木々のトンネルがあるけど、ここじゃ遮るものもなくギンギンに照る太陽がさらにやる気を減退させてくれる。

「あ〜あ、またこの道を毎日通らなきゃいけないのか……」

「ぶつくさ言うんじゃないの。今日いきなりテストあるんだからしゃんとしなさいよ」

「わかってるけど……」

 昨日は美優子との話のせいか「友達」が少し恋しくなって梨奈や夏樹とずっと遊んだり、就寝時間になってからもせつなと話してたからまったく勉強をしてない。

 そもそも始業式くらいそれだけで終らせてくれたらいいのに。

「来るかしらね? あの子」

「美優子のこと? わかんない。来て欲しいけど、今さらはじめて学校くるなんて、怖いっていうのはわかるもん。転校生みたいなものだからね。あれは、結構つらいよ」

「まるで、経験したことがあるみたいないいかたね」

「あれ? 言ってなかったっけ? 私小学校のとき転校したことあるんだよ」

「初耳……」

「そっか。ま、機会があったらそのうち話すかもね」

 せつなとそんな話をしながら通学路を進んでいくと、バス亭をすぎ校門の近くまで来る。

「あ」

 すると、校門のところに知っている、でも学校じゃ初めて見る顔を見つけて私たちは早足にその人のところへ向かった。

 身長は私と同じくらいなくせに、繊細な顔立ちで木の葉のように細くて、でも女としてうらやましいところは立派にそだっているその人

「友原さん、朝日奈さん。おはようございます」

 美優子は私たちを目の前にすると挨拶をして軽く頭を下げる。

「おはよう。来たんだ、学校」

「はい。不安で怖いっていうのは変わらないですけど、でもお二人の言うとおり怖いからって自分から諦めてたら何にも変わりませんから」

 美優子はそういって笑って見せた。昨日とは違ってさわやかで気持ちのいい顔。

「だから、少しだけですけど勇気をだしてみることにしたんです。あの、友原さん、朝日奈さん……」

「うん」

 私とせつなはお互いに一瞬だけ目配せをする。美優子が何を言うか確かめ合うように。

 

「わたしの、友達になってください」

 

 

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