六話 

 

 

「うっ……ん……」

 カーテンの隙間から朝の光が差し込んでくる。

 ベッドの上のわたしはしばらく呆けたように天井を見つめると、数分で体を起こした。

「ん〜〜〜っ」

 っと体を伸ばし、ベッドから降りる。その後、カーテンを開けようと足を向けようとしたわたしは、思い出したように枕元の目覚まし時計を手に取った。

 わたしがすでに起きた中目覚ましはなってないけど、別に壊れてるとか、昨日の夜にセットし忘れたとかじゃない。

 単純にここ最近はセットしても必ずといっていいほどその前に起きてしまう。

 朝が待ち遠しくて。

 昔は、朝なんて嫌いだったし、起きるのだってこんなさわやかな気持ちになれたことはない。

 わたしは役目の果たさなかった時計のアラームを止めると、今度こそカーテンを開けた。

 すると、朝独特の風が部屋を満たしていく。

 わたしは目を閉じて、風を感じ、朝の光を体いっぱいに浴びる。

 静謐な朝。

 肌で感じる朝の風。

体を照らす朝の光。

部屋を満たす朝の香り。

 わたしはそのすべてが好き。

 ほんの数週間前までは何とも思わなかったことなのに、ほんの少しのきっかけで物の見方なんて変わっちゃうんだって心の底から思う。

 一緒にいて楽しい人たちができるだけで。

 それだけで、憂鬱だと思い、一時はためらった学校も今は待ち遠しくて仕方がない。勉強とかにはついていくのは大変だけどそんなこと関係ないほどに、「友達」のいる生活は楽しかった。

「さてと、今日も一日頑張らなきゃ」

 わたしは嬉々として呟くと、ハンガーにかけてある制服を手に取った。

 

 

 だるい。

 っていうか、眠い。

 さらに、暑い……

 しかも、まだ今日が水曜日、週の真ん中だなんて思うと憂鬱極まりない。まだこれから今日入れて三日も学校に行かなきゃ行けないんだから。

 なんていうか、休みボケ&夏バテ全開って感じ。

 空を見上げてみても、雲一つっていったら大げさだけどほとんどない快晴。

 夏休みが終って九月も半ばを過ぎたっていうのに、思うのは休みの恋しさばっかり。

 中学生の頃は学校に行くのは、もちろん勉強は二の次として、給食とか友達に会うっていうのがあってめんどくさいけど嫌じゃなかった。けど今は、給食なんてなくなっちゃったし、友達と会えるのは楽しいことだけど、特に仲のいい子はせつなをはじめ、ほとんどが寮の子だから学校にいく必要性が昔に比べて減ってる気がする。

 でも、そんな今の学校で会うのが楽しみな友達がいるとすれば

「おはようございます、友原さん」

 眠気の残る眼に清楚な笑顔を飛び込んでくる。

「おっはよ、美優子。今日も元気だねぇ」

 この子、美優子くらいかもしれない。

 美優子は学校で、特に朝に会うと妙に元気そうに見える。その姿は眩しいほどで、今の私とは正反対。とても初めて会った日には学校に来るのを怖いだなんて言っていたとは思えない。

 私が寮を出る時間を考慮してるのか、ほぼ毎朝校門から校舎までの並木道でこうして会う。

「あれ? 今日は朝日奈さん一緒じゃないんですか?」

「あぁ、せつななら日直で早くいってるの」

「そうなんですか、めずらしいですよね。友原さんと朝日奈さんが一緒にいないって。朝だと初めて見るかも知れません」

「んー、かもね。寮で部屋一緒だしクラスも同じだから」

 ちなみに美優子はいまだに私のこと、誰でもだけど苗字で呼ぶ。私が苗字で呼ばれるのが嫌だから出来たら下の名前で呼んでくれないかなって言っても

「……えっと……すず……友原さん」

って感じだった。

 まぁ、嫌なのはそうだけど強制するってわけにもいかないもんね。

 そんなわけで美優子は仲のいい友達の中じゃ唯一私を「友原さん」って呼ぶ相手になっている。……それがどうしたってわけじゃないけど。

 美優子と取り留めのないことを話しながら歩いていくと、あっという間に校舎に入り、教室の前まで来てしまった。一組、ここは美優子の教室。

 ガヤガヤと朝の喧騒の中、美優子はドアの前で一呼吸。

「それでは、友原さん。今日も一日楽しく過ごしましょうね」

 楽しそうにそういうと、美優子は教室へ入っていった。私は美優子ほどは楽しそうにはできないなぁ〜と軽く思いつつも、美優子に釣られて軽い笑みを浮かべて自分の教室へ向かった。

 

 

 当然、だるいと思ってれば授業もつらい。まぁ、要所要所では、へぇそうなんだとか、こんなこともあるんだとか、純粋に知識を得て楽しいとか思ったりはしても、授業中のほとんどは、早く終んないかなとか、お腹すいたとか考えてしまう。

 でも、それもすべて授業が終ってしまえばどっかにふっとんじゃうんだから不思議なもの。

「ん〜〜やっと終った〜〜」

 私は思いっきり体を伸ばすと、人の少なくなった教室を見回す。特に仲のいい子はいなく、せつなとも掃除場所が違うので、一緒に帰りたい人はいない。

 一学期の頃ならせつなの掃除場所まで様子を見に行くこともあったけど、多分今日も先に帰ってる。最近は用事があるから。

 私は一人で下駄箱まで歩いていくと、そこに夏樹の姿を発見した。

「夏樹―」

「涼香、今から帰り?」

 私は早足によると夏樹は取り出したばかりの靴を地面に置きながら答えた。

「うん、夏樹は部活、だよね。梨奈ってもう帰った?」

「ん〜、さぁ? でも帰ったんじゃない? さっきあの子と一緒にいたの見たから。いつものでしょ、今日も。こう言っちゃなんだけど、毎日毎日学校終った後だっていうのによくやるね」

「まぁ、私たちには真似できないよね。実際」

「確かに。でもそんなこと言ってないで涼香も手伝ってあげれば? 涼香たちが連れてきたようなもんなんだから」

 トントン、と靴の調子を確かめるように夏樹は軽く地面をたたく。両足でそれをすると鞄を持ち上げて私に背を向けた。

「じゃ、あたしそろそろ行くから」

「うん、部活頑張ってね」

 私の呼びかけに夏樹は振り返ることなく「おー」と手をだけ振って答える。私もそれを見送ると、靴を履き替えて寮へ戻っていった。

(でも、ほんと。よくやるよね)

 帰り道は、夏樹との会話を思い出して、そんなことを考えていた。いつもはせつなと帰ってたから気づくと寮って感じだったけど、今は一人でいる分どこか道のりが長く感じる。

寂しいわけじゃないけど、なーんか複雑な気分。

ただその分、周りの景観を楽しむってことを覚えたかもしれない。学校を出てすぐは木々の葉を折り重なるようになっていて、まるでトンネルのようになっているっていうのも最近気づいた。

些細なことでもこうした発見があると嬉しい。

「あ、おかえりなさい、友原さん」

 ぼけっとしながら寮へ帰り着くと、普通に考えたらありえない人から、でもこの数週間で当たり前になった人物からおかえりと、言葉を受けた。続いて、「おかえりなさい」と「おかえり」が同じ場所から別々に聞こえる。

「ただいま。今日もやってるね」

 入り口のロビーにいたのはせつな、美優子、梨奈の三人だった。ベージュ色のソファにはさまれているテーブルへノートやら教科書を広げ、美優子を真ん中にしてせつなと梨奈が囲むような状態になっている。

 これもここ最近見慣れた光景。

 私も近寄っていくと邪魔にならないように向かい側に座った。

「はー、もうこんな所までやってるんだ」

 近くに広げてあった教科書を手にとって、誰に話すわけでもなく言葉を発する。

「うん、美優子ちゃんって飲み込み早いし、家でも予習とかしてるみたいだから。こっちも教えやすくて助かっちゃう」

「そ、そんな。種島さんと、朝日奈さんの教え方が上手なんですよ」

「謙遜しなくてもいいと思うわよ。実際、美優子頑張ってるし」

 と、今の会話で何してるかわかるだろうけど、せつなと梨奈は美優子に勉強を教えている。美優子はずっと入院していた分、当然だけど授業についていくなんて出来なくて、ある日自分からできたら教えてくださいといってきた。そこで同じクラスの梨奈と、学年でもトップクラスのせつながその役を買って出たってわけ。

 私からしたら、学校終ったあとすぐまた勉強なんてとてもじゃないけど面倒で無理。私がするのはせいぜい勉強会が終った後に、お菓子とお茶を出すくらい。

「でもなんか、こう毎日三人が一緒にいるの見ると、美優子もここに住んでるような気分になるよね」

「そうですね。わたしもたまに、ただいまって言っちゃいそうになりますよ」

 美優子は教科書とにらめっこしていた顔を上げると冗談っぽく笑った。毎日こんなことしてる割には、つらいとか、大変とかいう色を見えなくて、むしろ、楽しそうというか嬉しそうだった。

「いっそ美優子もここに引っ越してきちゃえば?」

「あはは、それもいいかもしれませんね」

 私の軽口に美優子はいちいち手を止めてまで答えてくれる。どう考えても勉強の邪魔になってるけど美優子自身はなにも言うことなく、非難は別のところから飛んできた。

「涼香、邪魔するならどっかいって」

 せつなの容赦のない一言。しかも、虫を払うようにシッシと手を払われてしまった。とても夏休みのときに泣きながら「あんなこと」を言ったようには思えないけど、これも関係が戻った証なのかもしれない。

「はいはい」

「ごめんなさい、友原さん。わたしのせいで……」

 美優子はまったく悪くないのに申し訳なさそうにする。っていうか、そんな顔されるとなんか悪いことしてるみたいに思っちゃうじゃない。

「美優子ちゃんがあやまることじゃないよ」

 え、梨奈…もしかしてそれは梨奈も私のこと邪魔だって遠まわしに言ってる……?

 ま、確かにここでこうしてても力になれることはあんまりないし、かといって黙ってるここにいるだけなんて耐えられないから素直に退散したほうがいいかもしれない。

「じゃ、たまには頑張ってる三人に何か買ってきてあげますか。美優子、あんまり根詰めすぎないようにね。もう何回か休んじゃってるんだから」

「あ、はい。ありがとうございます」

「んじゃ、頑張ってねー」

 私はさっきの夏樹みたいに振り向かずに手を振ると、その場を後にした。

 

 

 

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