熱い。
「んっ……ぁう……」
わたしは薄明るくなった部屋のベッドで何度も身をよじる。
ピピピピピと、何度も目覚ましがなっている。
体がうまく動かないけど、なんとか枕元に手を伸ばして目覚ましを止めた。
(頭、痛い……)
ベッドから這いずるように出て行くといつものようにカーテンを開ける。季節の変わり目の陽光はやんわりと暖かいけど、やっぱり朝ともなると秋の涼しさのほうが強い。
熱いのに、寒くて、寒気がするのに、体は火照ってる気がする。
要するに調子が悪かった。
咳とかは出そうにないけど、喉は痛いし、頭はくらくらする。
でも、金曜日だし、今日くらいなら……
なんとか、一日くらいなら大丈夫だと思う。
せっかく朝日奈さんや、種島さんが自分の時間を削ってまでわたしのために勉強を教えてくれてるんだから少しでも早く追いつけるように、頑張らなきゃ。
あ、でもこんな調子で学校行くとまた友原さんに怒られるかも。調子悪いときは、ちゃんと休みなさいって。
けど……
勉強がどうとかなんかじゃなくて、本当はただ単純に学校に行きたい。学校にいって、友原さんや朝日奈さん、種島さんたちに会いたい。会って、少しの時間だけでもいいから一緒に過ごしたい。
だから、大丈夫。
うん、今日一日くらいなら……
私は学校が終るといつもまっすぐ寮に帰る。今もせつなと二人でその途中だし、この学校に来てから、帰るときにどっかに寄り道とかなんてしたこともない。
そもそも、歩いて十分程度、途中にコンビニすらないんじゃ寄り道のしようすらないけど。
「でもさ、美優子ってほとんど毎日寮に来てるけど、親とかって心配しないのかな? 勉強終ってからも話したり色々してて、結構遅くまでいるし」
「さぁ? でも、親にはちゃんと勉強教えてもらってるからって言ってるみたいよ」
「そうなの? なら大丈夫なのかな。そういえば、また美優子のことになるんだけど、なんだかんだで梨奈とは仲いいけどさ、他にクラスで友達ってできたのかな? あんまりそんな話きかないよね」
「梨奈あたりに聞いてみたら、っていうか涼香が美優子に直接いけばいいじゃない」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
その場合いるときは問題ないだろうけど、もしいない場合収拾しづらい空気が流れてしまうのは目に見えている。
「でも、いいんじゃないの? いないとしても梨奈とは仲いいし、私とか涼香とか、寮じゃ結構友達できたんだから。寮の先輩とかにも結構受けよかったわよ。それに、私たちがとやかくいわなくても本人が楽しそうなんだから、それでいいじゃないの」
「ま、そうかもね」
と、木立の向こうに寮が見えてきた。
今日もせつなは帰ったら美優子の相手だろうし、私はどうしよう。
また邪魔だって言われるのもいい気分じゃないし、実際邪魔したら悪いし部屋でおとなしくしてようか。それとも、たまにはせつなとか梨奈とかじゃなくて、他の娘たちのところにでも行こうか。一学期のころは色んな人と話してたけど、ある程度仲のいいメンバーが固定されるとあんまりそこから広がりもなくなってたし。
う〜ん、どうしよ。
私は予定の決まらぬまま、せつなと寮の扉をくぐるととりあえず部屋に戻っていった。
せつなが美優子の勉強を教えてから二時間ほど。結局私は部屋を適当に周ったり、他の階のロビーで適当に遊んだり、ときなさんに呼び止められて少し話したり、結構楽しく、あっという間に時間を過ごしていた。
夕飯も近くなったし、そろそろ一度部屋に戻ろうかなと一階のロビーを通りかかる。
「あれ? 今日はまだやってるんだ?」
そこにはいつものように美優子たちが三人で占拠していて、これまたいつもの同じく美優子を二人が囲っている。こんな風に三人が同じ側のソファに集中してるっていうのはまだ勉強が終ってない証。
終っててお喋りの場合は片側三人じゃバランス悪くて誰かは向かい側にいるから。
「あ、はい」
「今日は週の終わりだし、もう少しで区切りのいいところまでいけるから美優子がやるっていってね」
「ふーん、そうなんだ。……ん?」
美優子の正面に座ろうと、するとどこか違和感を感じた。
「どうかしたの、涼香ちゃん」
「んと……美優子」
「え? はい?」
私はその違和感を確かめようと、体を乗り出すと美優子の前髪を軽く払って、顔を近づけ……
「……!?」
ようしたら、体を引かれて逃げられてしまった。
「な、なんでしょうか?」
怯えてるというよりは焦った声を出す美優子。
「あ、いやね、なんかちょっと熱っぽかったからおでこつけてちょっと確かめようとしただけなんだけど……」
こんな風にあからさまに逃げられると少し傷つく。
原因は初対面のときの「あれ」だろうけど、事情を知ってるせつなはともかく、梨奈のほうは何だかわからないって顔をしてる。
って今はそんなことを観察してる場合じゃなくて。
「美優子、大丈夫?」
美優子の顔はほんのり赤くなっていて、瞳は微妙に潤んでいる。こういうときは熱があるって前に誰かに聞いたことがあるような、ないような。
「だ、大丈夫です。友原さんが思ってるほど、そんなでもないですから」
「ほんとにぃ?」
私は美優子のおでこに手をやった。今度は、何されるかわかっていたせいか美優子は逃げたりしたりしない。
「美優子……」
声のトーンを一段落として、諫めるように美優子を呼ぶ。
美優子のおでこは触ってすぐわかるほど熱くて、熱があるのは一目瞭然だった。
「こういうときは学校休めって言わなかった? っていうか、せつなも梨奈も気づかなかったの?」
「あ、うん……」
二人は申し訳なさそうに、肩を落とした。
悪いと思うのはいいけど美優子がこんな状態なら気づいてよね。私が来るまで何ともなかったなんてことあるわけないんだから。今なんて、さらに顔色悪くなってる気がするし。
「とにかく、もう勉強なんてやめて帰らなきゃ。っていうか、親に連絡して迎えにきてもらったほうがいいんじゃない? 途中で悪化しても困るし」
「あ、あの……今日家に誰もいないんです……」
「え? 本当? じゃあ、宮古さんに送っててもらえば?」
宮古さんていうのはこの寮の管理人さんのこと。寮にはあの人専用の車もあるし、美優子の家がどこにあるかは知らないけど、それは美優子が一緒にいれば問題ない。
「あ、でも、宮古さん、さっき用事があるって出かけたわよ」
「うん、今日は戻らないって」
「えぇぇ」
私は思いっきり不満の声を漏らして、ドスンとソファに座った。
「なんか、管理人さんって必要なときにいなくない? 前にせつながダウンしたときも丁度いなかったし」
「あの、私一人でも大丈夫ですから……」
美優子はそういうと、荷物をまとめ始めた。しかし、それもたどたどしく、緩慢で、一人で帰させるのには不安を彷彿させた。せつなと梨奈も、教科書なんかを片付けるのを手伝ってはいるけど、心の中は私と同じ様で心配気に美優子を見つめていた。
「そういうわけにもいかないでしょ。大体、家帰ってもそんな状態で一人にするわけにもいかないし」
家までついていってもいいけど、美優子の様子を考えると外に出すよりさっさと休ませてあげたほうがいい気がする。
(まぁ、寮長さんの許可とればいいよね……)
こんな状態で帰して、倒れました〜っていうんじゃ後味悪すぎるし。
うん、まぁどうにかなるでしょ。
私はあることを考え付くと、帰り支度をしてる美優子から鞄を奪いとった。
「美優子、今日泊まっていきなよ」