「どう? 食べられる? おいしい?」

 私は手作りの雑炊に美優子が手をつけるとそう聞いた。

 寮の食事は基本的に人数分用意されるから予定外の人に食べさせる分はない。実際はほとんど余るけど美優子にはこういった軽いもののほうがいいと思ったので、台所を借りて作らせてもらった。

「あ、はい。おいしい、です」

 私が泊まれというと美優子は最初ものすごい遠慮したけど、私が鞄を取っちゃって寮長さんや、他の人に泊めたいとトントンと話を進めてしまったので断りづらくなったのか、どうにか了承してくれた。

空き部屋は宮古さんが鍵を管理していて入ることができないので結局美優子には私たちの部屋にいてもらうことにした。

「そぅ、よかった」

 料理、特にこれには自信あるけど、やっぱり言葉でおいしいって言ってもらえるとそれがお世辞だったとしても嬉しい。

「涼香の料理が食べられるんだったら私もこっち貰えばよかったかも」

 私と一緒に美優子から向かい側に座っていたせつなが残念そうに呟く。

「なーに、いってるの。美優子が調子悪いから作ってあげてるの。私の雑炊は調子悪い人専用なんだから」

「なによそれ? でも、そういえば私が貰ったときも私が寝込んでたときだったわね。何か涼香の中の決まりでもあるの?

「決まりなんていう大げさなものじゃないけど。ちょっと思い出があるから」

 私はテーブルにひじをつくと、二人から視線をそらして窓の外を見つめた。思い出を馳せるわけじゃないけど、言葉にすればやっぱり少しは思い出してしまう。

「へぇ、どんなの」

「別に、言うほどのことじゃ」

「わたしも、聞いてみたいです」

 もぅ美優子まで。

「あ、昔、お母さんが作ってくれたとかですか?」

「………………」

 私は一瞬の沈黙のあと、せつなにも当の美優子にも気づかれないように、ほんとうに一瞬だけこめかみを痙攣させて、美優子のことをにらむと、次の瞬間には笑顔を貼り付けて「そうじゃないよ」と言っていた。

「私んちのは、そんなこと絶対しないから。親なんかじゃなくて、なんていったらいいのかな……? その、私の『恩人』がね、初めて私に手料理を作ってくれたのがそれだったの」

「その味が今でも忘れなれないとか?」

「……うーん。まぁ、確かにそうかも? 悪い意味でだけど」

「不味かったんですか?」

「正直ね、すごかった。ご飯にお湯かけただけって感じで、この人にはちゃんと料理できる人が必要だなぁって子供心に思ったの。で、それがきっかけで料理を勉強し始めたってわけ。恩返ししたかったっていうものあるし」

 恩返し、なんていうわざわざ二人にはわからない単語をだす。二人には何のことかわからないだろうけど、それに突っ込まれる前にまた口を開いた。

「さ、美優子は話なんてしてないで早く食べちゃって。ほらっ」

 と、私は話をしていたせいでお茶碗に置かれていたスプーンを取って美優子の口元へとやった。あんまり深く考えてないでやったことだけど、これはいわゆる「アーン」になっちゃってる気がする。

 美優子は、ちょっと戸惑ったように桜色の形いいくちびるを小さく開くと、スプーンをくわえた。

「って、自分で持ってよ……」

「あ、す、すみません」

 さすがに、子供じゃないんだからずっとこんなことはできない。ましてや、せつなの前でやるとなおさら気まずいし。

 美優子は私からスプーンを受け取ると、食べるのを再開した。

 体調が悪いっていうのに美優子はしっかりと残さずに食べてくれて、私は食器を返してくると部屋のドアの前で少し、悩んでいた。

(美優子の寝るところ、どうしよう……)

 宮古さんがいないせいで、空いてる部屋を借りるっていうのはだめだし、そもそも一人で寝かせられない。かといって他の人の部屋に美優子を寝かせてもらうわけにもいかないし。

 やっぱり、私のベッドかな。

 それが現実的かなぁ。

 私は一応の結論を出すと、部屋に入っていった。

「ただいまー」

 私が部屋に踏み入れると同時に「おかえりなさい」と、「おかえり」。

「ねぇ、美優子の寝るところなんだけどさ。私のベッドでいいかな?」

「あ、いえ、わたし掛けるものさえあれば床でも……」

「だーめ。病人にそんなことさせるわけにはいかないよ。遠慮しないでいいから」

「……はい」

「涼香、それって涼香も一緒に寝るの……?」

 私が部屋に来てから、おかえりとだけ言って黙りながら私たちのやりとりを見ていたせつなが口を開いた。

 見ると、せつなは迷子の少女のように不安そうな顔をして、じぃっと私を見つめていた。

「ううん、私が床で寝ようかなって思ってるけど」

「そ、そぅ……」

 せつなは胸を撫で下ろすと少し距離のある美優子には聞こえないであろうほど小さく「よかった」と呟いた。

「ま、待ってください。友原さんが床に寝るのにわたしがベッドだなんて……」

 せっかくせつなのことは悶着なくすんだのに、今度は美優子が抗議してきた。

「だから、気にしないでって。別に私はどこでも寝れるし、それに美優子も私と寝るのその……とにかく…嫌でしょ?」

「………………」

 美優子は申し訳なさそうに、顔をうつむける。

 さっき熱を測ろうとしたときもそうだったけど、美優子は私に「そういうこと」を彷彿させるようなことをされると極端に怯えるというか、逃げる。

 そんな状態で一緒のベッドなんて大丈夫なんてとても思えない。ただでさえ慣れないところにいて気を使ってるだろうに、さらに負担はかけたくなかった。

「とにかく気にしないでね。さて、と。せつな、私たちはお風呂でもいこっか」

 私はなだめるように美優子にニコッと笑いかけて、せつなを誘うと共用のタンスの前に立った。

「あ、美優子。制服で寝るって嫌だろうから、私の洋服から寝られそうなの適当に取っていいよ。パジャマも二つくらいならあるし」

「あ、はい、ありがとう…ございます」

「じゃ、いってくるね」

 

 

 いつもは電気を消すと結構すぐに寝付けちゃう私だけど、さすがに掛け布団を敷いて薄いタオルケット一枚じゃなかなか眠れない。普段なら眠れないときはせつなと適当な時間まで話してるけど、今日は美優子がいるからおとなしくするしかない。

 私は暗くなった部屋に視線を彷徨わせた。

 二人とも寝ちゃったのかな? 

 時計を見てないから正確にはわからないけど、電気消してから結構時間たってるし、よく耳を澄ませばスースーと寝息っぽいのが聞こえるから寝てるかもしれない。

「はぁ、はぁ……ぅっン……はぁ…」

 眠れないなと思いながらも目を閉じていると、上の、私のベッドから熱っぽい呻き声が聞こえてきた。

 美優子、だよね。大丈夫かな?

 私は身を起こすと、ハシゴを上って美優子の様子を確認した。

「フゥ……あ、はぁ……」

(あちゃー、すごい汗)

 美優子は自らの汗でグッショリと濡れていて、見るからに気持ち悪そうだった。

 私は一旦、下に降りてタンスからタオルを取り出すと、またハシゴを上って、今度はそのままベッドに上がった。

「……ぁふぅ……」

 変わらず美優子は苦しそうに喘いでいて、私は寄添うように体を近づけると持ってきたタオルで顔の汗を拭いてあげる。

 うわ、ほっぺやわらかい。すっごくぷにぷにしてる。

 今は汗のせいで湿ってるけど、そうじゃなかったらすべすべしててさわり心地よさそう。触りたいってわけじゃなくてね、いや、やっぱ少し触ってみたいかも……?

 ちょっとした葛藤と戦いながら顔の汗を拭き終えると、今度は美優子の額に私の額をくっつけた。

(………………)

 うーん、さっきより熱いような、あんまり変わんないような。

 それにしても、これって一歩間違うとキスしちゃうよね。するわけはないけど。

「体も、拭いたほうが、いい、かな……?」

 顔だけでもこれだけ汗をかいてるのに、体のほうは何ともないってこともないよね。でも、さすがに体のほうは本人の許可なし触るっていうのは悪い気がする。まぁ、だからって起こすわけにもいかないけど。

 とりあえず、と掛け布団を取ってみると案の定体中汗だらけで美優子が着替えた私の青色のパジャマが体に張り付いて、体のラインがくっきりと浮かび上がっていた。

 これも、当然拭いてあげたほうがいいよね……?

 でも体を拭くにはまずパジャマを脱がすまではしなくても、少なくても前をはだけさせるくらいはしないといけない。

 私は逡巡したあと、美優子のパジャマのボタンをゆっくりと外し始めた。一つずつ丁寧に外すと、前を開いて上半身を露にさせる。

(立派な体つきなことで……)

 服の上からでもわかってたことだけど、実際に見てみると、なんていうか……うん。立派。

別に私が標準より劣ってるとは思わないけど、せつなや梨奈だけでも私の自信を失わせるには十分だったのに、これは自信なくすとかいうより、賞賛したくなる。この張りがありそうで白い肌とか、言うまでもなく目につく胸、とか。

「と、いけない、いけない」

 思わず体に見惚れちゃったけど、体を冷やさないためにはだけさせたのにこのままじゃ一層冷やさせることになってしまう。

 気を取り直して、タオルを体に当てるとあんまり刺激しないように拭き始めた。ズッズッっと衣擦れの音がする。

「ぅっ……ン……」

 美優子がそれに反応するように声を漏らしたので、私は驚いて手を止めた。けど、その後は何事もなくまた寝息を立てる。

 起きなくてよかった、こんな状況を見られたらどんな風に思われるかわかったもんじゃないし。

それにしても、ほっぺ同様に肌触りのいい肌。

「こんなもん、かな?」

 今拭けるところはあらかたふけたと思う。胸の周りとかは雑になっちゃったけどそれは大目に見ておく。

 さて、と。あらかたは拭けたけど、やっぱり

「着替えさせたほうがいい……よ、ねぇ……」

 体を拭いてもパジャマが濡れてしまっているのは変わらないし、それに、ほ、ほらっ、このまま体を冷やして悪化されても困るもんね! 

 うん、やっぱり着替えさせないと。

 私は美優子の与り知らぬところで勝手なことをするのをいい訳するように思考をめぐらすと、決心して美優子のパジャマに手を掛けた……

 その時だった。

「ん……ぅ…ん……?」

 美優子が熱っぽい呻きをあげると、ゆっくりと目を開いた。

 起き…た?

 起きてしまったというべきかもしれない。

「……んぅ……ともはら、さん……?」

 呆けた表情でまず私を、次に自分の姿と、私の姿を交互に見る。

「…………………………………………」

 私は固まったまま美優子から目を外せない。

 えーと、少し落ち着いて美優子からみた今の状況を考えてみよう。

 暗くなった部屋の中。床で寝ていたはずの私が、いつのまにか自分と同じベッドにいて、さらに覆うようにしながらパジャマに手を掛けている。しかも、前がはだけた状態で。これは体を冷やさないようにって着替えさせてあげようとしてるんだけど、そんなこと起きたばっかりの美優子にはわかるはずもなくて……

 まぁ、有り体に言えば「襲っちゃってる」状態?

(……………………)

 まずいよね、絶対まずいよね。っていうか、まずいよね。

「み、美優子! これはね、違うよ? 違うからね!? これは、ね……そのね…あの、えっと…と、とにかく……ね、違うのっ!!

 もう頭の中が真っ白になっちゃって何をいってるかわからない。とにかく、「そういうの」じゃないよって繰り返したけど、必死の弁解もむなしく美優子は綺麗な顔を恐怖に歪ませていく。

 美優子の瞳にはどんどん涙がたまっていき、今にも泣き出しそうになって、そして……

「きゃあぁぁぁあァァあーーーーーーー」

 ついには、耳をつんざく悲鳴を上げた。

私はそんな美優子の声をどこか無感情に聞きながら、なーんで美優子にはこういうことになっちゃうんだろうと思い、これからのことを考えてガクッと肩を落とすのだった。

 

 

 

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