お昼は近くのファミレスでとることになった。せっかくだからもっと高級そうなところで奢ってもらうのもいいけど、多分結構な時間話すことになるだろうからこういう所のほうが気が楽。
御飯自体は結構簡単なもので済ませて、今はデザートにパフェやらケーキ、紅茶、コーヒーがテーブルの上に並んでいる。学校での習慣が身についちゃったせいか、食べながらはあまり話しをしなかったけど、デザートともなれば話は別で歓談に花がさく。
「一回ちゃんと聞いておきたかったんだけどさ、あんた、ちゃんとこっちでやれてんの?」
ミルフィーユをパクつきながらさつきさん。
「ん、まぁ、楽しいよ。寮のみんなとか、美優子だっているし。電話でだって大丈夫だって言ってるでしょ?」
私も、ミルクレープを食べながら答える。
「電話じゃそう言うけど……涼香からほとんど連絡ないし、それにいつもすぐ切るじゃない。全然自分のこと話してくれないし。大体友達の名前一つださないんじゃ不安にもなるわよ」
「……こ、こっちだって結構忙しいんだから。それに、寮の電話だからあんまり長く使わせてもらうわけにもいかないでしょ。大体昔の私ならともかく、今の私なら心配ないってここに来る前そっちだって言ったじゃない」
「それは、そう、なんだけどね」
「さつきさんは寂しがってるんですよ。家でも、よく涼香さんのこと話しますから」
レモンティーを飲みながら私たちの会話を聞いていた隆也さんが口を開いた。ちなみに、席は私と美優子が並んで座ってその向かい側にさつきさんと隆也さん。
どーでもいいけど、私とさつきさんがケーキのセットで美優子が控えめにアイスクリームだけで、この中で唯一男性の隆也さんはケーキにさらにパフェまで食べてる光景は周りから見たら少し変かも。
「あー、さつきさんって意外に寂しがり屋だもんね。隆也さんが帰ってこないときとかもすぐ不機嫌になるんだから」
「べ、別に……寂しかったわけじゃ……隆也の時は帰ってくるとかいったクセに帰ってこなかったりするからでしょ。あぁ、そ、そんなことより美優子ちゃん!」
さつきさんは少し赤くなったのを誤魔化すように美優子のことを呼んだ。
ったく、昔から自分の旗色が悪くなると話そらすんだから。
「は、はい!?」
美優子は急に呼ばれてビクッとする。
ここ入ったときからこんなんだけど、やっぱ美優子は結構居心地悪そう。嫌というよりは戸惑っているみたいだけど。
少し悪いことしたかなとは思うけどいてもらいたい。
気休めくらいでも美優子に情けないところとか、かっこ悪いところとか見せられないって思うと、二人の前でも私は「いつもの」私でいられるから。
「美優子ちゃんから見てさ、涼香ってどんな感じ?」
ってまたよくわからない質問を。
美優子は横目で私の顔を見ながら「どんなって…………」と、思案顔をする。
「あぁ、いいよ。そんな真面目に考えなくても」
「……尊敬、してます」
「へ? そ、尊敬?」
確認するように見ると、美優子はコクンと頷いた。
「……はい。優しくて、可愛くて、時々かっこよくて、明るくて、元気で、みんなの中心にいて、私にはないものいっぱい持ってて、すごい、です」
つらつらと恥ずかしげもなくそんなことをいう美優子に私は顔を覆いたくなる。しかも、さつきさんがくっくっくと体を震わせて笑っているも妙に気に食わない。
みゅーこ……言われて悪い気はしないけど、次からそういうのは私のいないところで言って。
「尊敬だってさ、よかったね涼香」
「…………うー」
にやにやされながら言われるのはいい気分じゃないけど、美優子がいるせいでこっちはけんか腰になれない。
「ま、今はこんなんだけど、昔はすごかったのよ」
「昔……ですか?」
「そ、うちにきた頃はさ…」
「っ!!?」
「っつ〜〜〜」
私は、気づけばテーブルの下でさつきさんの脛を蹴っていた。そんなつもりがあったわけじゃないけど、反射的に足が出てしまった。
「なにすんのよ!?」
「そ、そっちが余計なこと言うからでしょ!」
語気が強くなるのもとめられない。
涙は出てないけど、顔は少し赤くなってると思う。
「今のはさつきさんが悪いですよ。久しぶりに涼香さんに会えて嬉しいのはわかりますが、涼香さんの友達に話すことではありません」
すぅっ、と隆也さんがさつきを見る目がきつくなった。声も低くなって明らかにさつきさんのことを咎めている。
「そう……ね。ごめん、涼香」
「…………いいよ。別に、さつきさんにデリカシーないのなんてわかりきってることだし。……私こそ蹴っちゃってごめん」
私もさつきさんもシュンとなって、なんとなく四人のいるテーブルに変な空気が流れる。
美優子だけが状況を理解できてくておろおろとしてるのが面白い。
「そだ、涼香。私みてなんか言うことないの?」
と、急にさつきさんが明るい声をだした。
「は? 何いきなり?」
「いいから、なんもないの?」
見て、って言われてもテーブル越しがせいぜい胸から上くらいしか見えないじゃない。別にどっかおかしなところとか変わったところがあるわけでもないし……そういえば、さつきさん珍しくワンピなんて着てる。
「あー、少し太った?」
向こうにいた頃はちょっとおなかとか出てくると誤魔化すためにワンピを着てた。まぁ、そんなことはほとんどなかったけど。
「……言うに事欠いてそれ……間違っちゃいないけど。ほんとは今日これ言いにきたんだけどさ……」
さつきさんは、ちょっとうつむき加減になって愛おしそうにお腹のあたりを撫でた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
(あ……………………………)
知ってる。
私は、この顔を知ってる。
めずらしく恥ずかしそうで、でもすっごく幸せそうで……
さつきさんの一番いい顔で、
私の、だいっきらいな顔。
私は動悸がしていくのを感じて、テーブル向こうの二人からは見えないように美優子の手を握った。
美優子が驚いて私を見てくるけど、目も向けないで視線はさつきさんに向けたまま。
「……赤ちゃんがね、いるの」
(………………………………)
こんなこと言われるんじゃないかって多少は覚悟していたけど、それでも頭をハンマーで殴られたような衝撃がした。
「…………っ」
美優子を握る手にぎゅっと力を込める。
「うっわー。おめでとうっ!! なによ、もうー、この前電話で言ってくれればなんかお祝い持ってきたのに」
うわ、私笑ってる。
笑えてるや。
なんか自分のことがすっごい遠くから見れる気がする。
「さつきさんが涼香さんにはどうしても直接言いたいって聞かないものですからね」
「電話で話すようなことじゃないでしょー。やっぱ涼香にはこうやって直接会って言いたかったのよ」
「ほんっと、おめでとう! 楽しみだなー、私にも妹か弟ができるようなもんだし。それにしても、さつきさんと隆也さんの子供とかなんかすごいことになりそうじゃない? 果ては博士か大臣か〜って」
……あぁ、やっぱ美優子連れてきておいてよかった。
美優子いなかったら多分、今頃……
「あんた、いつの時代の人間よ……うん、でもありがと。やっぱ、涼香に言われるのは別格」
「あぁ、でもその子がしゃべるようにとかなったら私、お姉ちゃんじゃなくて、おばさんとか呼ばれちゃうのかな? うわ〜、二十歳前でそんな風に言われるのやだなぁ。絶対お姉ちゃんって呼ばせなくちゃ」
大丈夫、これはいつもの私。
慣れてるじゃない、このくらい。
自分の心にうそついて笑うくらい。
得意なほうでしょ。
だって、ここにくるまでずっとこうしてきたんだから。
「あ、いつごろなの? その時になったらお祝いいくよ」
「まだまだ、まだお腹が少しでてきたくらいだしね。ったく、夏休みにも私たちに会いに来なかった赤ちゃんのほうは来んの?」
「なによー、当たり前でしょ。あ、そうそう…………」
そして、私は明るく、心の内なんか微塵も見せないでお祝いの言葉を述べ続ける。
美優子を握る手を震わせながら、
偽りの笑顔を貼り付けて。