どれくらい美優子の腕の中にいたかよくわからないけど、気づいたら夕陽の光が部屋の中に足を伸ばしていた。

「美優子……も、大丈夫だから……」

「は、はい」

薄赤く照らされた部屋の中で私はようやく美優子から離れた。

(まぁ、実際は全然大丈夫でもないけど)

 ただ、泣けた分気持ちが落ち着いただけ。

 それにしても美優子にはかっこ悪いところ見せちゃったな……こんなんじゃとても美優子に尊敬されるような人じゃないよね。尊敬されること自体ちょっと恥ずかしいからかまわないけど。

 私は右手で首の後ろさすりながら、ふぅと軽くため息をついた。

 その時、

 ちゅ、っと少し水っぽい音がした。

 それと、左頬にやわらかくて暖かな感触。

 私は驚きと同時にその音と感触の主を見る。

「えーと……私、キスして欲しいようにまで見えた?」

「え、あ、ぁの……その……えっと……ご、ごめんなさいっ!! わ、わたし……その……」

 私も一瞬なにをされたかわからなかったけど、美優子はそれ以上に自分のしたことが信じられないような顔をしていた。今度は美優子のほうが泣きそうなくらいにおろおろとしている。

 恥ずかしいとは思ったけど、せつなにされたときのような恐怖感と嫌悪感はなかった。そんなのに気を回してる余裕がないだけなのかもしれないけど。

 ま、いいや今はそんなことより、

「美優子、あのさ」

「は、はい?!

 美優子は私の呼びかけにビクついて答える。いきなりキスした報復に何かされるとでも思ってるのかな……そうならちょっと悲しい。みゅーこの中の私のイメージってまだそんななのってことだから。

「できたらでいいんだけど、今日泊めてくれない?」

「え? かまいません…けど、大丈夫なんですか?」

「ん、まぁ規則じゃ特別な理由がない限り駄目ってことになってるけどさ、適当に理由でもつければ多分、大丈夫と思う。……それに、大丈夫じゃなくても今日は、帰りたくないの……」

 後々なんか罰があったとしても今日は帰りたくない。基本的に寮でのことは連帯責任を負わされるからもしかしたらせつなにまで迷惑がかかるかもしれない。でも、そうだとしても今日はここにおいて欲しい。

「帰ったらさ、せつなとか寮のみんなに今日の聞かれると思うから……また、泣いちゃうかもしれないし、もう一回同じこと言うものやだからね……あ、だから美優子も学校のみんなには今日のこと言わないでよ」

「は、はい、わかりました。じゃ、じゃあお母さんには私が言っておきますね」

「あ、じゃあおっけー?」

「はい。あの、ベッドのあまりないから布団になっちゃうと思うんですけど……」

「そんなの気にしなくていいから。泊めてもらえるだけでありがたいし。んじゃ、電話貸してね」

 私はそういってまだちょっと動揺してる美優子と一緒に部屋を出て行った。

 

 

「ふぃ〜〜」

 私は、体に熱気を帯びさせながら美優子の部屋に戻ってきた。

「おかえりなさい、あの、どうでしたか?」

「あぁ、うん。いいお湯だったよ」

 今はご飯もらって、適当に話をしたあと美優子に次いでお風呂に入らせてもらったところ。パジャマは、美優子のお古で下着も美優子のを借りたけど……両方とも上のは合わなくて下着のほうは借りなかった。

 その事実に少しへこむ。

 パジャマは薄ピンクで花柄の模様があしらってあるものなんだけど、上はどうしても少しだぼったくなる。理由はあんまり考えたくないけど……ブラが借りられなかったのと同じ理由。

(……私は、標準だよね……?)

 美優子がたまたま大きいだけで、私は普通、だよね? でも、思い返すとパッと見寮でも私よりないのなんて夏樹くらいな気がする。あんまり考えたことなかったけど、改めて美優子のを見たら少し本気で考えちゃう。

「あの、涼香さん」

 勝手に落ち込んでるとベッドに腰掛けてる美優子が不思議そうに私を見ていた。

「何? ってか、無理に涼香って呼ばなくてもいいんだよ? あの話聞いたからって美優子のほうがそんなに気にすることなんだから」

 確かに、あの母親の姓である『友原』なんて呼ばれるのは嫌だけど美優子には今までそうだったから今さら涼香って呼ばれると歯がゆい感じがする。

「い、いえ……そんなつもりじゃなくて……そぅ呼びたかったんです」

 美優子は両手を交差させたあと、何故か恥ずかしそうに私から視線をそらした。

「……ありがと。で、なに?」

「あ、大した事じゃないんですけど、お風呂出た後なのにどうして髪留めるのかなって」

「ん? あぁ」

 言われた通り私はいつもの髪留めで髪を留めていた。習慣でこうなっているけど美優子から見ると気になるのかもしれない。

「……でも、そっか……もぅ無理にする必要ないのかもね」

「無理に?」

 私は留めかけていた髪留めを外して指にかけると美優子のほうへ向けた。

「これね、ちょっと子供っぽいでしょ? ……昔、さつきさんが買ってくれたものなの。一応、さつきさんから初めてのプレゼントってことになるのかな。それで、可愛いって言われたのが嬉しくてさ、それからずぅっとつけられるときはつけるようにしてたの。でも、もう着ける理由はないのかもね……」

 習慣になってたから気にしたことはなかったけどとっくに着ける理由は無くなっちゃってるのかもしれない。

「あの、で、でも。わたしも似合ってると思います……可愛い、です」

「それって私が子供っぽいってこと?」

「あ、い、いえ。そういう意味じゃなくて……」

「あはは、冗談よ。ありがと」

 ま、お世辞だとしても可愛いって言われて悪い気がする女の子もいない。

私は軽く笑うと髪留めをテーブルに置かせてもらった。悪い気はしなくても、こんなお風呂から寝る間までの短時間をつける理由としてはなくなってるんだから今はいい。

「そだ、まだちゃんと言ってないから言っておくね。今日は、ありがと。泊めてもらったのもそうだけど、さつきさんと隆也さんに会うとき美優子がいてくれてよかった。……私一人だったら、赤ちゃんがいるって聞いたときとか我慢、できなかったかもしれないから……あの二人には心配されるようなところ絶対見せたくなかったし」

 何か、今日は美優子にお礼言いっぱなしだけどちゃんと言っておかなきゃ。本当にありがたかったから、嬉しかったから。

 美優子は私の謝辞にいつも通り、面映そうに答えた。

 そして、その後は二人とも眠気が訪れるまで互いのことや学校のこと、寮のみんなのことなどを話しあうのだった。

 

 

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