「…………………」
眠くない。
私は美優子のベッドの横に敷いてもらった布団の中で寝返りをうった。電気はもう消されてても、時間はまだ十一時を少し過ぎたところ。美優子のほうは眠たそうに電気消すとすぐ静かになったけど、私はこんな時間じゃ寝る気がおきない。
大体、普通友達が泊まるっていうんならもっと色んな話に華が咲いてもいいものじゃないの? もしかしたら美優子は私がそんな気分じゃないかも気を使ってくれたのかな? ……いや、でもほんとに眠そうだったし素だったのかも。
「…………クス」
それにしても美優子の両親はおもしろかったな。
私が泊まるって聞いたらなんかすごいご馳走作ってくれたし、ご飯食べてるときも嬉しそうに色んなことを話してくれた。
美優子が友達連れてくるなんて中学以降初めてらしくて、本当に楽しそうだった。一人娘ってことでお母さんもお父さんも美優子のことを心配してそれに美優子が照れたように反発する光景は微笑ましくて、幸せな家族ってこういうのをいうのかななんて思った。
(…………………)
中学までや、今日の私とさつきさんたちはそんな風に見えてたのだろうか。仮にそうだとしたら、実に滑稽だ。さつきさんや隆也さんがどう思っていたかなんてわからないけど少なくても私はとても幸せには程遠かったんだから。
やだ、また思い出しちゃった……
『……赤ちゃんがね、いるの』
お祝いしたいって思ったのは本当だよ。妹か弟が出来て嬉しいって思ったのも嘘じゃない。
でも、それ以上に幸せそうなさつきさんを見るのが嫌。苦痛以外の何者でもない。しかも、赤ちゃんが生まれて「幸せな家族」になってそこに私がいるのかなとか、いたとしてもそこにいる私は幸せなのかなとか余計なことばかり考えちゃって……ほんっと嫌になる。
(うわ、またちょっと涙出てきた……)
昼間、美優子に泣かしてもらったけどあんなもの一時しのぎにすぎないってわかりきっていた。
心の中の泉に黒い波紋が少しずつ広がっていくような感じ。ぽつんと、一つ波紋ができるたび周りに伝染していって、それが涙になって体の内から外へ出てくる。
一人じゃその波を止めることが出来なくていつか弱くなり消えていくのを待つしかできない。
(美優子、起きてるかな?)
一人じゃ耐えることしかできなくても、美優子がいてくれるなら……今さら美優子にかっこつける必要もないし。
「美優子、起きてる?」
起きてなかったらいい。さすがにこれ以上迷惑はかけられない。いつものように一人で波が過ぎるのを待つ。
でも、起きているのなら……
「んぅ……はい?」
気だるく眠たそうな美優子の声。
今日だけは、恥も外聞もすてて美優子に甘えさせてもらいたかった。
「あの、さ。お願いがあるんだけど」
それが何も解決にならないってわかってても。
「はい? なんですかぁ?」
(………なんか、半分くらい眠ってない?)
「手、握って欲しいの」
「ぅん……はい……えっ!?」
やっぱりさっきまでは反射的に私の言葉に反応してただけみたいでやっと意味を理解した美優子はがばっと体を起こした。そのまま驚愕して私をみる。
ま、そりゃ突拍子もなく手握ってだもんね。驚くか。
「て、て、てて、手ですか?」
「うん……美優子が私にこういうことされるの嫌だってわかってるけどさ、今日だけは私のわがまま聞いてくれない、かな? 明日からは、いつもの私に戻るから……」
卑怯な言い方だよね。真正面からこんなこと言われれば相手のことが嫌いでもない限りはなかなか断れない。まして、美優子みたいに気が弱ければなおさらだと思う。
「えっと……あの……はい。ど、どうぞ」
困惑した様子で美優子はベッドを半分あけた。
って、そっか。布団とベッドじゃ手を握ってもらうなんてやりづらいもんね。
友達とはいえさすがに同じベッドなのは躊躇しないでもないけどそれは置いておこう。
「ごめんね」
私はその言葉と共にベッドに上がって美優子に手を差し出した。
「い、いえ……」
美優子は恥ずかしそうに私の手を取ると……
つながれた。
握るじゃなくて、よく小さな子供がお母さんと手を繋ぐみたいにされた。
希望としては繋ぐじゃなくて、包み込むように握って欲しかったんだけど、よく考えれば美優子だって寝るんだしこの姿勢じゃこうするのが自然。
(あったかい……)
「ありがと」
やっぱこうやって人肌が触れ合うと心が落ち着く。特に落ち込んでたりするときは。
母親からこういうぬくもりをもらったことがない分、私は他の人からこういうことをされるのを望んでいるのかもしれない。
「……さつきさんの家に来て一年くらいはさ、こんな風に手握ってもらって寝ること多かったんだ」
「そう、なんですか?」
「うん、フラッシュバックってやつ? 夜一人になるとさ、たまにあの女に殴られたりするところとか思い出しちゃって眠れなくなるの。怖くて泣いちゃったりもしてさ、そんなときはいつもさつきさんがね私が寝付くまで手握ってくれて、すごく安心できたの」
さつきさんのことでこんなに沈んでるっていうのに、それを慰めるためさつきさんにされたことを美優子にしてもらうなんておかしいよね。
「だから、みゅーこにこうしてもらえると嬉しい。って、あぁごめん。眠いんだよね?」
電気消す前から美優子はうつらうつらしてたし、さっき声かけたときも半分寝てた感じだった。これ以上私の話で美優子の睡眠を妨げるわけにもいかない。
私は笑顔でおやすみというと美優子もおやすみなさいと返した。
そのまま私は目をつぶらないで天井を見つめる。
(……ほんと、今日は美優子に借り作りっぱなし。頭上がんないよ)
この前熱測ろうとしたときとかビクついてたし、襲うようなことまでしちゃってなおさらこんなこと、一緒のベッドに寝るなんて怖くてたまらないはずなのに私のわがままを聞いてくれるんだから。
ごろんと首を回して、美優子の寝顔を見てみる。美優子もちょっと首が回ってて私のほうを向いていた。
今度なにかお礼しなきゃね。ご飯でも奢ろうか? でも、今日私がお金だしたわけじゃないけど結果的には美優子にご飯奢ってるし、うーん、寮でなんか作ろうかな。ケーキとかクッキーくらいなら作れるし。
(にしても……)
私は、なんとなくなく美優子の顔を観察してみる。
無垢な寝顔だねぇ。年相応の顔っていうか、この前寮に泊めたときは熱でうなされてたからこんな可愛い顔してなかったし。
ん、可愛い? 今、可愛いっておもった?
あれ? みゆこ、ってこんなに可愛かった……っけ?
(うそ……私、どきどきしてる?)
美優子相手に?
嘘、ないよね? そんなこと。ありえないでしょ。
でも美優子の顔を、この白い頬や小さな目、ほっそりとした睫毛、それに薄いピンクのくちびるを見てると鼓動の高鳴りがおさまらない。
空いてる手で胸に触れてみても、どくん、どくんって激しく脈をうってるのがわかる。
美優子に触ってみたい……っていうか……
(キス……したい……?)
いやいやいやいや。ないって! そんなことっ! 美優子にそんなことしたくなる理由なんて全然ないし!! 大体、そんなことしたら今度こそ完璧に美優子に嫌われちゃうっての!
うわ……手すごい汗かいてきた。こんなんじゃ美優子のほうだって気持ち悪いかもしれない。
「すずか、さん?」
「み、美優子!? お、起きてたの?!」
目の前にあった美優子の瞳が突然私を見抜いてきてしどろもどろになる。
「あ、はい。あの、どうかしたんですか?」
「ううん! 思ってない! 思ってないよっ!!」
美優子はそんなこと聞いてきてないし、いう必要もまったくないのに、いきなり美優子に見つめられた私はパニックになって次の言葉がとめられなかった。
「キスしたいなんて、ぜんっぜん! 思ってないから!!」
「え…………キ、ス…………?」
な、なにいってんの私。ほら、美優子だってわけわかんないって顔して……ない?
それどろかどこかはにかむような顔をしてる?
こっちがわけわからなくなって固まっていると、美優子の口からさらに衝撃的なセリフが飛び出した。
「……ぁ、ぁの……ぃ、ぃいですよ……」
「へ?」
思わず間抜けな声を返してしまった。
美優子は、頬を真っ赤に染めながら(暗いから気のせいかもしれないけど)目を閉じた。
(え? な、なにこれ? どゆこと……?)
さっきのは勢いで言っちゃっただけでキスしたいだなんて私は本気には思ってないはず。なのに、なに美優子はこんなことしてるの?
だ、だって美優子って私にこういうことされるの嫌なはずでしょ? 初めて会ったときになんて泣かれちゃったし、この前だってグーで殴ってきたじゃない。あ、昼間美優子が私にしてきたからそのお詫びに我慢してるとか。それとも、さっき言ったわがままを聞いてをこんな所まで真に受けてるとか?
で、でも今はそんなことどうでもいい。問題なのは美優子がされる気満々な感じになっちゃってること。
(ど、どうすればいいの?)
そりゃ、さっき一瞬キスしたいとか思っちゃったけど、あんなの一時の気の迷いなだけで。
あぁ、でも女の子に恥かかせちゃいけないとかっていうし。
って私も女の子だよ! う〜、『恥』とは思わないけど恥ずかしくてたまらないし……
うぅ、でも美優子は一向に姿勢解く感じしないし、もうこうなったらしちゃったほうが早いんじゃないの? この状況抜け出すには。
(あー、もぅいいや! どうにでもなっちゃえ!!)
美優子にされたみたいにほっぺにちゅってやってお終いにしちゃえばいい。いつまでもこんな風に悶々としてたってしょうがないもん。
私は覚悟を決めて軽く体を起こすと顔を美優子へと近づけて、そしてゆっくりとくちびるを……
「っ?!!」
美優子のくちびるへと当てていた。プルンと、柔い弾力を感じる。
(え………な、ななななななな、何してんの? 私……)
呆然としながら、のろのろとくちびるを離す。
え、だって私、ほっぺにするつもりで……え? 私……え?
頭が働かない。自分がしたことのはずなのに、一番自分が信じられない。
美優子も目を見開いて驚いている。
「す、すずか、さん……?」
その声でやっと我に返った。
「ご、ごご、ごめん!」
まずは全力で謝罪の言葉を述べて、ベッドから飛び退こうとした。
「!?」
でも、美優子が私を握る手に力を込めてそうさせてくれない。
私はまたあのときみたく叫ばれて殴られるんじゃないかと体をすくめたけど、そのどちらも飛んでこなかった。
「……………?」
「あ……の、涼香さん」
「は、はいっ!!」
裏返った声で答える。
「おやすみ……なさい」
「え……う、うん……おや、すみ」
美優子はそれだけをいうと、また目を閉じてしまった。
私も、何にも考えられない頭のまま掛け布団を直してベッドに戻った。
そしてそのままさつきさんのことなんて吹っ飛んだ頭で、美優子にしてしまったことに思いをめぐらせ、一睡もできずに朝を迎えるのだった。