……あれ? ここ、どこ?

 

 見たことのない場所にわたしは立っていた。よくわからないまま、ぐるりと見回してみたけど何にもない。

真っ白な空間にポツンとわたしだけがいる。

 わたし、どうしてこんなところにいるんだろう? 

 全然思い出せない。

 あ、わたしパジャマだ。なんでだろ?

 ぼーっとした頭のまま周りをもうもう一回見回してみると、だんだんぼんやりと景色を作っていく。

 ん、見たことあるような……あ、わたしのへ、や? でもちょっと違う。寮の、涼香さんと朝日奈さんの部屋がまじってるような。

「みゅーこ」

「えっ!?

 いきなり正面に涼香さんが現われてガバッて抱きつかれた。

 え!? な、なに? どうしたの?

 さっきからわけわからないことばっかり。

「みゅーこ、可愛い」

「涼香さ……んっ!?」

 抱きついてる涼香さんはそのままわたしに顔を近づいてきて……

「ぁ、んっ〜〜」

 キ、ス…されちゃった。

 でも唇が触れ合ってるはずなのに、なんか全然感触が伝わってこない。やわらかいとか、ふわふわとか、ぷにぷにとか、涼香さんの香りとかもなんにも感じない。

「みゆこ」

「……はぃ」

 涼香さんに甘い声で呼ばれるとなんだか頭がぼーっとしてきちゃう。

「あっ……」

 涼香さんがちょっと力を込めるとわたしは急にがくって足の力が抜けて、そのまま涼香さんに押し倒されてしまった。

 ボフン、と大きな音を立ててベッドに倒れこんだ。

? さっきまでこんなところになかったのに……っ?!!

「やっ! す、涼香さ、ん だ、だめ、です……」

「大丈夫だよ、みゅーこ。優しくしてあげるから」

「ぁ…ん……そ、そんな、ところ……さ、触らないで、くだ…さい……」

「だめ?」

 涼香さんは無邪気に首を傾げて聞いてきた。まるでこうするのなんて当たり前みたいに。

「ぁ、あの…その、あぅぅ……」

 え? なに、これぇ?

 どうしてこんなことになってるの? 涼香さんが、わたし、に……

 は、恥ずかしぃ。

 だめ? だめ、なの? 

 だ、だってすごく恥ずかしいし。こん、なの、変、だよね? 女の子同士、だもん。おかしい、よね? 

 涼香さんは学校の同級生で、天原での始めての友達で、やさしくて元気で可愛くて、尊敬できて、わたしにもよくしてくれて……

(……本当に、おかしい、かな?)

 涼香さんは、わたしの大切なお友達で……涼香さんもわたしのこと大切な友達って言ってくれてる。

 それに、わたし……

 で、でも、や、やっぱりこんなこと、心の準備が。

「ぁ……」

 頭に霞でもかかったようにぼやっとして答えが出ない。その間に涼香さんの顔がまた迫ってきて……

 

 

「……ぁん、涼香さん……」

 

 ……………………………………あれ?

 

 急に視界がなじみのある風景に戻った。

 カーテンの隙間から淡い朝の光で漏れて、外では鳥のさえずりが聞こえて、やんわりとした空気が部屋の中を満たしている。

 もやもやする頭のまま、上半身を起こすとさっきまでのことを考えてみる。

(…………あ、そっか)

 しばらくすると頭が働きだしてさっきのが何だったのかわかってきた。

 夢、だったんだ。

 そうだよね。涼香さんがいきなりあんなこと、するわけ……。

(あんな…………エ)

 改めて夢のことを思い返したわたしは急に恥ずかしくなって、これ以上もないほどに顔を紅く染めた。バサって体に掛け布団を巻きつけると胸の前で手を交差させてぎゅっと目を瞑った。

わ、わたし、涼香さんにあんなことされる夢みちゃったよぉ。

 すごい恥ずかしくて、とにかく恥ずかしくて、死んじゃうほど恥ずかしかった……けど

 沸騰した頭で夢のことを考える。そのせいでどんどん頭の熱が上昇していくのに、夢のことが体中にこびりついてて考えがとめられない。

 ……一昨日なんてこのベッドに一緒に寝たんだよね。だからあんな夢、見ちゃったのかな?

 本当はそれだけじゃないのかもしれないけど、無意識にわたしはそう思い込んだ。

「あ、学校、いかなきゃ……」

 へんな夢みちゃったせいで、目覚ましにも気づかなくていつも起きる時間をとっくに過ぎてる。このままじゃいつものバスに乗り遅れちゃう。

 わたしは夢のことを忘れられないままベッドから抜け出すと急いで身支度を整えにかかった。

 

 

「ねっむー……あっふぅ」

 私は寮の玄関を出ると、あくびをしながら靴でトントンと地面をたたいた。ん〜っと体を伸ばして一人で学校に向かい始める。

 暦じゃとっくに秋でもまだまだ登校路にある木々は青々としている。変わらない学校への並木道はいつもより時間が遅いせいか普段登校するときよりも人が多い。

 校門をくぐって校舎までの数十メートルになると、そこに見知った、それでいて出来ればあんまり会いたくなかった人物を見止めた。

(……みゅーこだ)

 ひょろっとした後ろ姿を私に見せつけながらのっそりと亀みたいな歩みをしていた。

(何で、こんなにちんたら歩いてるのよー)

 美優子はどうしてか異様なまでに遅く歩いていて、このままじゃあと十秒もあれば追いついてしまう。

 会うのが嫌ってわけじゃないけど、とにかく気まずい。あのことは、寝る前にはごめんっていったけど朝、美優子が起きてからはなかなか言い出せなくてちゃんとあやまれないまま、逃げるように帰ってしまった。

 このままのペースで歩いたらもうすぐ美優子に肩を並べる。そうなったら無視するわけにもいかないし、逆に美優子のペースに合わせたら遅すぎてまるでストーキングでもしてるみたいで不自然。

 あー、寝ぼけててあのこととか忘れててくれないかな?

 そんなのありえないなぁと思いながらも、どうせ避けて通れないなと覚悟を決めて美優子に追いついていった。

「美優子、おっはよ」

「は、あっ、え、す、涼香さんっ!?

 私に肩を叩かれた美優子はある意味予想通りの反応した。

 いや、思ったよりちょっと大げさかも? 

「ぉ、おはよぅ、ございま、す」

 美優子が挨拶を返してくれると私たちはそのまま並んで歩き出した。

 う〜ん、やっぱ怖がられてるのかなぁ。おどおどしてるし、普段並んで歩くときより半歩距離とられちゃってるし。しかも警戒でもしてるのか、チラチラと横目で私を見てくる。

はぁ、せっかくあの大切な友達発言のおかげで大丈夫になってきたのに。

 ま、まぁあんなことしちゃえば当たり前、か。美優子ってやっぱ初めてだったよね……なんてことしちゃったんだろ。

ほんと、どうかしてた。

 でも、そういえば私もほっぺとはいえ美優子からもされてるんだよね。。あの時の私はそんなに寂しそうに見えたのかな? 否定はできないけど。

「あ、あの今日は朝日奈さんと一緒じゃないんですか?」

「せつな? うん、なんか委員長の仕事があるんだって。おかげで朝起こしてくれる人がいなくてこんな時間になっちゃったよ」

 わざわざせつなこと気にするなんて、やっぱ二人きりなのが嫌なのかなー。

 いつもよりもはるかに遠く感じる校舎を目指しながら私は美優子に当たり障りのない話題を振り続けた。美優子から何か言われるのも不安だし、無言になっても気まずいのでとにかくしゃべり続ける。

「そういえば、今日変な夢見ちゃったんだよねー」

「っ! へ、変な夢……?」

 適当に朝ごはんのこととか、学校のこととか話してもほとんど反応のなかった美優子が急にびっくりしたように足を止めた。

 私も何でこんなことでと少し不思議に思いながら止まって距離のあいた美優子のことを振り返る。

「うん、あんまり覚えてないんだけど、ん〜美優子も出てたような……そうそうなんか美優子がネコになっちゃってて……うーん、だめやっぱよく思い出せないや。私、夢ってほとんど内容覚えてられないんだよね。見たっていうのは覚えてるんだけどさ……美優子? どしたの、調子でも悪い?」

 私が夢のことを話していくに連れて美優子はどんどん頬を紅潮させていく。

「だ、大丈夫です……」

「あんまそう見えないんだけど」

俯いてしまった美優子の顔を訝しげに覗きこもうとしたけどプイと背けられてしまった。左からせめても右へプイ、右からせめても左へプイ。

……埒があかない。

「ほ、ほんとに何でもありませんから……」

「……まぁ、美優子がそういうんならいいけどさ、無理はしないでよね」

 本人が大丈夫っていうのに無理に私が何か言うこともないか。前ならいざ知らず今の美優子なら本当につらい時は言うと思うし。

「そだ、美優子は今日なんか夢みた?」

「!!」

 私のその何気ない質問に美優子はまるで授業中に居眠りから起きたときみたいに大きく体を震わせた。

「み、見てません!」

「へ?」

 さらに美優子はいきなり真っ赤になったまま大きく怒鳴る。

「わ、わたしあんな夢みてません〜」

 最後にはそんなこと言って小走りに校舎へかけて行ってしまった。

「え? あ、ちょ、ちょっと美優子!?

 私は呆気に取られながらも「……見てんじゃん」と呟いて美優子を追いかけていった。

 

 

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