キャッキャ、と子供たちのはしゃぐ声が少し遠くから聞こえる。

 私は、公園入り口で買ったたこ焼きをもそもそと食しながら、ぼーっと遥かに見える校舎を見上げていた。

 今いるところは美優子と初めて会ったときに連れてこられた公園。遊歩道の終着点にある高見台のベンチで心ここにあらずといった感じで学校を見つめる。

人はそれなりにいてこおろぎだか何かしらないけど虫の鳴き声が響いてた。

「………………」

 寮じゃ人が、せつなと美優子がいて落ち着いて考え事できないからここに来たはずなのに、さっきから何一つその考え事をしようとしてない。

 私は、俯いて膝に乗せたたこ焼きをみた。

 だって……考えたくない、から。

 考えるのが嫌、だから。

昨日、梨奈に言われてこのままじゃいけないって思えたのに、いざ考えようとしたら頭がそれを拒否しようとする。

「相変わらずだね、私……」

 自分を小馬鹿にするように呟いた。

 相変わらず。ちっとも変わってない。先輩のとき、せつなにいわれて少しは変われたと思ったのにやっぱり変わってなんかない。

やらなきゃいけないこと、考えなきゃいけないことを後回しにして、そのうち向き合うことすらできなくなって、ただ…逃げて。

『美優子ちゃんは本気だと思う』

 今はこの言葉から逃げてる。

「………美優子って、私のこと『好き』なんだよね……?」

 直接言われたことはない……言われないように気をつけてきたけど、今までのことや最近の美優子の態度を思えば考えるまでもない。自意識過剰だと思いたいけど、そうじゃないだろう。

 ほんとはもっと前から薄々感づいてはいた。ほっぺにキスされたとき、ベッドで手を握ってくれたとき、私がキス……したとき。

 気づいていたはずなのに、あえて知らない振りをしてた。何も知らない振りをして、ただの友達として付き合おうとした。

 美優子の『好き』は私が怖い『好き』

 だから私は、また逃げて今ここにいる。

(どうして……せつなも、美優子も私のこと、好きになったりするの?)

 私は……私は、違うんだよ。

 私は、ひどい人間なんだよ? せつなや美優子に好きになってもらえるような子じゃないんだよ? 自分勝手で、嫌なことからすぐ逃げて、他人のことなんて考えようともしないような人なんだよ?

……だって私は、せつなの『好き』に答えを出そうとなんてしてない。夏休みの間はまだ真面目に考えようとしていたけど、せつなといるのが楽で楽しくて、それが惜しくなって……考えることを放棄してしまった。

せつなからは私に何もできない、何もいえない。あんなことがあった後にせつなから私になにかできるはずがない。次に私に拒絶されれば、今度こそ私といることなんてできなくなっちゃうから。

私はそこにつけこんでせつなと変わらない生活を送ろうとしている。

『今』を壊してしまわないように。

先輩のときの『今』を壊したことを後悔はしてない。あの告白でさつきさんの代わりを求める私はいなくなった。でもあの時告白できたのは、駄目だってわかってたこと、せつなの言葉があったこと……そして告白してどうなろうとせつながいてくれた。だから、ほんの少しだけど前に進めた。

『今』は先輩のときとは違う。

どうにかなれば寮にいることがつらくなってしまうかもしれない。

 ここに、学院にいられなくなったら私は行くところがない。一人で生きていくことも無理なら、帰る家はあっても、そこに戻ることなんてできない。だから、今の居心地のいい距離感を保とうとしてる。

そんな自分のことしか考えられないような最低の人間。

 好きになってもらえる資格なんてない。

(ううん、そもそもどうして、友達以上を望んだりするの?)

 私はみんなといるのが好き。くだらないこと言い合って笑ったり、お勧めのお店のこととか話したり、成績のことで悩んだり、宮古さんの目を盗んで夜更かしパーティーしたり、それだけで満足。

 一緒にいて楽しい友達。それでいいじゃない。

 それより先に進もうとすれば、壊れちゃうかもしれないのに、楽しいのがなくなっちゃうかもしれないのに、失ったときに悲しくてたまらなくなるのに、どうして今以上が欲しいの? 

 私は……いらない。私は『この場所』が好きだから。この場所にしか私が居るところはないんだから。

「…………美優子にキスしたいなんて思ったのはただの気の迷い、だもん」

 私は美優子に特別なこと思ったりしてなんかない。たまたま美優子に私の昔の話を聞いてもらったからそのせいで心の弱みに入り込まれたようになっちゃっただけで、きっと相手がせつなでも同じ様なこと思ったはず。

!!??

 私はブンブンと首を振った。

 思わない! 思わないよ!? ってか、美優子にだって思ってないって。い、言い方が悪かったよね。誰に昔のこと聞いてもらっても、そのことを恩というか、少し変な風に意識しちゃうかもしれないけど、好きになったりなんてしないってこと! うん、だから私は美優子のこと好きじゃない!

 いや、普通には好きだけどね。美優子にだけは絶対に嫌われたくないし。他の誰にだってもちろん嫌われたくないけど、美優子にはなおさらそう思う。

 理由はわかんないけど……多分、昔のこと話したからだよね? ほら、嫌われたらバレされちゃうかもしれないし。

……美優子がそんなことするわけない、か。

 つまり、嫌われたくないって理由もごまかしなのかな。

「……って、何考えてるんだか……」

 はぁーと大きくため息をついた。

(あーあ、とりあえずたこ焼きでも食べよ。せっかくあったかいの買ったのに、冷めちゃうよ)

 私はたこ焼きのひとつにつまようじを刺すと、一口でガブっっといこうとした。

「ん……?」

 と、その過程でさっきまでは気づかなかったことに気づいた。

 私が座っているベンチの隅に小さな女の子がいつの間にか座っていた。それが特におかしいわけじゃないけど、私はどこか違和感を覚えた。

 軽く周りを見るとその理由がわかった。他にもベンチはあって空いてるのに何でか、その女の子は私と同じベンチに座ってる。

 横目というか、顔を傾けてその女の子を見てみるとまた少し不思議に思う。

 小学…二、三年生くらいかな? 懐かしい赤のランドセルを横に置いてクレープを食べてる。多分、私がたこ焼き買ったところと同じところで売っていたやつ。

 これくらいの女の子が公園にいるっていうのはそんなおかしくもない気もするけど、一人でクレープを食べてるっていうとやっぱり少し変かもしれない。友達といるわけでもなければ親といるわけでもない。

ただ、一人でつまらなそうにクレープをほおばっている。

!?

 私の視線に気づいたのか、女の子がこっちを見てきた。穢れのなさそうな瞳でなんだろうという表情をしながらまっすぐに見てくる。

(やましいことしてるわけじゃないのになんとな〜く気まずい気持ちになるんだよね……)

 って、あっ!

 私は、その女の子に関して大変なことに気づいた。

(あ、だ、駄目……)

 女の子の持ってるクレープが、私を見ることによってそっちに気が回らなくなったのか不安な角度で傾けられたまま上部のクリームだか、アイスだかの重みで段々と角度が開いていく。

 あぁ、クレープが……クレープがぁ……あ、あっ、あっ

 ベチャ。

 私が一人で慌てている間にクレープは自らの重みで地面に落ちていった。

「ぅ〜……」

 女の子が悲しそうな声を上げて地面に落ちた中身を呆然と見つめた。ちょっとだけ、目が潤んでるようにも見える。

 私もつられてその無残な姿を確認した。クリームとアイスの白いのがベチャベチャになってコンクリートの地面に落ちている。

(え〜〜〜〜と……私の、せい?)

 いや、直接、何かしたわけじゃないし……でも、私がいなきゃ落としたりしなかった……よね。

 皮だけになった女の子の残念なクレープと、まだ二つしか食べてない私のたこ焼きを見比べてみる。

 ん〜、これで少しは〜……ダメかな?

「あの、お嬢、ちゃん? ごめんね、その……よ、よかったらこれ食べる?」

 ぎこちない笑顔を浮かべて、手に持ってたたこ焼きを差し出してみた。

 クレープの代わりにたこ焼きっていうのもどうかと思うけど。

 女の子は一瞬たこ焼きに目を奪われる。けど

「いいの!? …あ……でも、知らない人から何かもらっちゃいけないって先生が……」

 すぐに私を疑うように見上げてきた。

「あと、お嬢ちゃんっていう人は変な人かもしれないから気をつけなきゃだめだって、みーちゃんが……」

 へ、変な人って……こーんな可愛い女の子を捕まえて随分な物言いじゃないの。

(……ごめん、調子乗ったこといった)

「うーん、じゃあ自己紹介すればいいかな。私、涼香っていうの。お嬢ちゃ…あなたは?」

「……雫は……雫って言うの」

「雫、ちゃんね。よし、これでもう知らない人じゃないよね。はい、どうぞ」

「うん。ありがとうすずかお姉ちゃん」

 雫ちゃんは笑顔でお礼を言うと私が差し出したたこ焼きをパックごと受け取った。

 そのまま嬉しそうに一つずつ食べ始める。

 その愛くるしい姿を見つめると共に何ともいえない気持ちになった。

って! いいの!? こんな手に引っかかって。この子は!! こんなのに引っかかるようじゃ、それこそ「変な人」に騙されちゃうでしょうが。まったく知らない子だけど不安になるよ。それとも子供ってみんなこんなもんなんだっけ?

あれこれ考えてる間にも雫はどんどんたこ焼きを口に放り込んでいく。

その小さな口には少し大きめのたこ焼きをちょっとずつ小鳥がついばむように食べていく姿は妙に可愛い。

「……はふ…ん、ごっく、ん」

 髪を二つに結わえている赤いリボンが喉を鳴らすたびにぴょこぴょこと揺れて、魅力を増大させる。

 ツインテール、っていうんだっけこういう髪型。

 これが似合うのって子供の特権だよね。私がやっても絶対笑いものにされる。ま、美優子とか梨奈いけるかもしれないけど。

 にしてもこれくらいの子って、なんか特有の可愛さみたいのあるよね。見てると和むというか。純粋に可愛いって思う。この子はこのたれ目ぎみなのが、なんともいえないねぇ。

 口元がにやーってしちゃうよ。

(って、ロリコンか私は……)

「おいしい?」

「うんっ! お姉ちゃんも食べる?」

「いいよ。私のせいでクレープだめにしちゃったんだから」

「ううん、雫もいけなかったの。だから、はい、あーん」

 え、あ、あーんって……

 雫はようじで刺したたこ焼きを私の口元に持ってきた。その瞳には星が輝いたようにキラキラしてる。

 う……こ、断りづらい。この純真な目で見られると。

「ぁ、ぁ〜ん。ふ…むっ!

 ま、丸ごと放り込まれた。

「お姉ちゃん、おいしい?」

「う、うん。おいひい、よ、ありが…モグ…とう」

「雫もね、おいしいよ。あむっ……」

 私に一つ食べさせるとまた自分の分を食べ始める。小学生には少し多いような気もしたけど雫は結局残りを全部食べてしまった。

 食べ終えたパックをしっかりとゴミ箱へ捨ててくると雫は私の腕を取って「ねぇねぇ」とひとなっつこい笑みを浮かべてなにやらせがむ仕草を見せた。

「なぁに?」

「お姉ちゃん、ひま?」

「まぁ、ヒマ、かな?」

「じゃあ、雫と一緒に遊ぼ。ねっ!

 遊ぼうって、また唐突な。今さっき知り合ったばっかりだっていうのに。最初は少し警戒した感じだったけど人見知りしない子なのかな。

 まぁ、クレープだめにしちゃった責任はたこ焼きのあまり程度じゃ埋められないか。

「うん、いいよ」

 私は雫の頭を軽くなでながら頷いた。

 

 

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