天高く馬肥ゆるなんとやら。

 秋。

 空気が冷え、まんじゅしゃげが色づいて、食べ物がおいしくなって、何をするにもしやすくなる季節。

 恵みの秋、スポーツの秋、芸術の秋。それに、食欲の秋。あとは、長くなった夜に本を読みふけって授業がお昼寝の時間に変わっちゃうのもこの季節。

 私もこの数週間寝不足ではあるけど、それは本のせいじゃない。

「え!? そ、そうなんですか」

 その原因が今目の前にいる。

「そうもなにも見てて気づかない?」

 しかも、二人同時に。

 学食でお昼を食べ終わった私とせつなは教室へ戻る途中不覚にも美優子につかまった。そして、そのままなし崩しに廊下でおしゃべりモードに突入してしまった。

 何の因果か、話の内容は丁度したくないような話題。

「ま、美優子と夏樹ってほとんど会わないから仕方ないよね。ってか、二人のいないところであんまり話さないほうがよくない?」

「でも、あの二人隠す気とかなさそうだし、かまわないんじゃない?」

「梨奈はともかく夏樹はそうじゃないでしょ」

「あ、わかります。結城さんって恥ずかしがり屋さんですよね」

 ただいまの議題は梨奈と夏樹の関係について。関係も何も、梨奈と夏樹がどんななのかなんて寮の人間なら勘ぐる必要もないほどわかりきってる。

 友達以上なんてことくらい一目瞭然。さらに言うなら、どっちが「強い」かっていうことも。

 少し前までなら、適当に流せた話題だったけど今はこの手の話はできるだけしたくない。この二人の前だったらなおさら。

 あぁ、今の私の状況なんていえばいいんだろ。

 えっと……両手に華? 

って、これは違うよね。もしかしたら完全には間違ってないかもしれないけど、それを一番望んでないのは他でもない私なんだから。

「つか、学校で話すことでもないでしょー」

「それもそうね。あ、私そろそろ行くわ。先生に呼ばれてるから」

「え、も、もう少しいいじゃない」

 振り返ってこの場を去っていこうとするせつなの袖を掴む。話したくないことを打ちきってもせつなが居なくなるならそっちのほうがやだ

「どうせ大した用事じゃないからってあんまり待たせるわけにもいかないでしょ。じゃ」

 せつなは私の腕を軽く振り払うと足早に廊下を歩いていった。

「せつな……」

 私はなんとなくせつなに伸ばした腕を戻せないまま、視線を消えていく背中に向ける。

(行かないで、美優子と二人にしないでよ)

「あの、涼香さん。今日、よかったら……」

 せつながいなくなった瞬間、美優子の声色が変わった。嬉しそうな割に、どこか不安そうな声。私はそれを背中で受け止めると緩慢に振り返る。

「あっ! そういえば、私も絵里ちゃんに頼まれてたことあったんだった。ごめん、美優子私も行くね」

 私はパンッと両手をあわせてごめんなさいのポーズをとると、逃げるように、ううん美優子の前から逃げていった。

 涼香さんと寂しそうに呼ぶ美優子の声を背中に受けながら。

 

 

 あぁ、何してるの私は!?

美優子から離れて人気のないところまできた私は思わず頭を抱えた。

 いくら抜けてるところのある美優子でもあんなのにだまされるはずないでしょ。ってか、そもそも「あ、急用が!」なんてので騙される人なんか今時いないって。

(……美優子どう思ってるかな?)

 この前美優子の家に泊まってから数週間、美優子とはこんなのばっかり。二人きりにならないようにできるだけせつなと一緒にいたり、二人になったとしても適当な理由で逃げたり、逃げられないときは当たり障りのないこといってのらりくらりとかわしたり。

 美優子の気持ちを正面から受け止めようとしていない。それどころか、考えることすら放棄したくなってる。

 ほんっと私って……

 ガンッ! 

 っつ〜〜。

 自分の情けなさに思わず壁を殴ってしまった。うずくまるようにする私を周りにいる人たちが変な人でも見る目で私のことを見てくる。

 ばつの悪くなった私はその場を去っていく。

 美優子から逃げてるって事実からすらも逃げ出して。

 ほんと私って……

さいってー。

 

 

 コンコン。

 夕食後、部屋でのんびりしていた私にノックの音が響いた。返答も待たずドアが勝手に開く。

「涼香ちゃん、少しいい?」

「ん、いらっしゃい梨奈」

「ちょっと、話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 梨奈は童顔な顔をめずらしく神妙に変えている。言いずらそうにしてるし、単純な話題じゃないのかもしれない。私か、梨奈多分どっちかにとって面白くない話。

「どしたの? 改まって」

 梨奈は部屋の中をキョロキョロと見回すと「せつなちゃんは?」と聞いてきた。

「お姉さんのところ行ってくるって」

「そっか、丁度よかった。できれば聞かれたくなかったから」

(せつなのこと気にするってことは、私に面白くないこと、か)

 心の中だけでため息をつくとクッションを用意して梨奈を部屋に招きいれた。梨奈はおじゃましますと言って中に入るとクッションの上に正座する。

「っていうか、せつなに聞かれたくなかったら梨奈の部屋にすればよかったんじゃないの?」

 テーブルを挟んで向かいあうんじゃなくて梨奈が座った斜めに片肘を突いて私も座る。

「それでもいいんだけど、夏樹ちゃんがいるし、夏樹ちゃん、隠し事しようとしてもすぐ顔に出ちゃうから。美優子ちゃんとは……あっ」

 美優子の名前を出した途端梨奈は言っちゃったといわんばかりに手で口を抑えた。

「……やっぱ美優子のこと、か」

 っていうか、今のわざとでしょ。

「うん。はっきり聞くけど、ここのところどうして美優子ちゃんに冷たくするの?」

「そう…見えた?」

 不安をあらわにする私の問いに梨奈はゆっくりと首を振った。

「ううん、私から見たら涼香ちゃんと美優子ちゃんはすごく仲よく見えるよ」

「……じゃあ、さ。美優子が梨奈に相談してきたの? 私に聞いてって」

 だとしたら、ショックだな。美優子に直接聞けなくしたのは私のせいだろうけど、ちゃんと向き合って欲しかった。

 ……すごい自分勝手なこと言ってるね。

「そうじゃないの。相談してきたのはそうだけど、涼香ちゃんと話そうと思ったのは私」

「……そっか、美優子なんて言ってた?」

「実は、あんまり詳しくは聞いてないんだけどね。美優子ちゃん、ちょっと動揺してて、言いたいこと全部言えなかったみたいだから。ただ、最近涼香ちゃんが一緒にいてくれない、いてもつまらなそうだって泣きそうになってたよ」

「うん……ちょっと、ね。他には何か言ってた?」

「他? うーんと、涼香ちゃんに飽きられちゃったって美優子ちゃんが心配してたとか?」

「あ、飽き!?」

 飽きるとかまだそんな問題じゃないでしょうが。ま、まったく美優子は何言って…

「まぁ、嘘だけどね」

「って嘘、ですか……」

「ごめんね、全部は言えないの。美優子ちゃんには内緒で話してるからあんまり勝手しちゃ悪いでしょ?」

 美優子は軽く舌を出して、ペコっと頭を下げた、こういうの見ると夏樹が梨奈に惹かれてるのがわかる気がする。

「美優子ちゃんって、いつのまにか涼香ちゃんのことだけ苗字じゃなくて『涼香さん』って言うよね」

「そう、だね……」

 そこに気づかない人はいない。好きとかどうかはおいておくとしても、他の人と比べて私が美優子にとってある程度特別だっていうのはわかってしまう。

「美優子ちゃんは本気だと思うよ。じゃなきゃ、相談するだけの私に泣いたりなんてしないだろうから。……本気の想いには本気の想いで応えなきゃだめだって思う。だから、ちゃんと応えてあげてね」

 梨奈の目は優しげにたゆたっているのにまるで瞳の奥までの貫く力を持っている気がした。

 口元に薄く笑いを浮かべる。

「……もしかしてそれをいいに来たの? この前のせつなの時といい、今回といい、梨奈って結構……おせっかいだよね」

 何でここで素直に『友達思い』だって言えないのかな私は。

 梨奈は私のそんな憎まれ口にもふふっと軽く笑って、人差し指を口元に当てて「そう、おせっかいなの」と笑った。

 どうやら、私の心は見透かされてるみたい。

「じゃあ、私、戻るね。涼香ちゃんと密会してるところ見られたりなんかしたら、せつなちゃんにやきもち妬かれちゃうもの」

 こんな風にちょっと楽しそうにする梨奈を見ると美優子の事を心配で来たのか、それとも楽しんでるのかわからない。どっちも梨奈って感じがする。

 未だに梨奈のことってよくわからないんだよね。底が知れないっていうか。夏樹のほうはあんなにわかりやすいのに。

 梨奈を見送るためにドア付近にくると梨奈が思い出したように顔を向けてきた。

「そうだ、これも言っておくね。さっきの本気の想いがどうって話、もちろん美優子ちゃんだけのことじゃないからね」

 まぁ、梨奈がせつなのことわかってないはずないよね。

「ん……わかってるつもり。一応、だけど」

「よしっ。じゃあんまり美優子ちゃん……二人のことを悲しませちゃだめだよ。いい子なんだから。おやすみなさい」

「うん、おやすみ」

 梨奈を見送って部屋のドアを閉めるとそのままそこに寄りかかって大きくため息をついた。

 わかってる……? 自分で言った言葉を反芻する。

「……ふふふ、嘘つき」

 私は固く目を瞑って、くちびるを噛み締めた。

 

 

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