綺麗な夕焼けが私たち、そして眼前に見える町並みを照らしている。

 ふ……甘く見てたよ……

 子供と遊ぶのが、こんなにも疲れることだった…なん、て……

「すずかお姉ちゃん、どうしたの?」

 しかも、雫のほうはへっちゃらそうだし。

 私たちは一通り遊んだあと、ベンチに戻ってジュースを飲みながら話をしていた。もちろんジュースは私のおごり。小学生に払わせるほど落ちちゃいない。

「どうしたってわけじゃないんだけどねぇ」

 体が疲れたのはもちろん、精神的疲労のも多い。公園の中あちこち連れまわされたり、追いかけるのに走ったりしたのは確かに疲れたんだけど、やっぱ小さな女の子と一緒だと色々気を使わせられる。

 怪我させたりしたらまずいって思うのは当たり前とはいえ、スカートなのにジャングルジムに恥ずかしげもなく登るのはやめて欲しかった。私もスカートだから上らなかったけど青と白のストライプが丸見えだったし。あと、すべり台も気をつけて欲しい。

「そういえば、雫どうしてこのベンチにいたの?」

「?? なにが?」

「会ったとき、他にも座るところあったのに。なんでここにいたのかなって」

「だってここ雫の場所だもん」

 雫は座りながらえへんと胸(当然ない)を張った。

 得意気だけど、正直なにいってるかわからない。

「どういうこと?」

「雫、いつも学校に終るとここにきて夕陽みるの。だから、ここは雫の場所なの」

 さすが子供。意味不明なことを言う。というか、理屈が通ってない。突っ込みたくはあったけど、そんなの無駄だろうしなにより他に気になる単語があった。

「…………いつも?」

「うん」

「毎日ってこと?」

「うん」

 無邪気に頷く雫に私は腑に落ちない顔をする。

 小学生が一人で公園に来て、景色を眺める。

 やっぱ変だよね。確かに高台にあるから悪くない眺めだし、この夕焼けは絵になる。けど、毎日来る理由にはなんないと思う。なにより小学生の高学年でもない雫が一人でこんな時間までいるっていうもの変だし。

 小学生は夕陽が出るころには帰るものでしょ。

「でも、お姉ちゃんならいいよ。だってもうお姉ちゃんと雫、友達だもんね」

 雫は私に肩を預けてきた。腕に雫の重さとぬくもりが感じられる。

「ん、ありがと」

 気になることではあるけど、詮索してもちゃんとした答えが返ってくるとは限らないし、まぁいっか。

 私は空いてる手で雫の頭をなでてあげた。

「えへへ〜」

 はにかむ笑顔がたまらなく可愛い。

 なでなで。

「ふにぃ」

 雫はなでるたびに子猫みたいに体をビクンて反応させる。

(や、やば。可愛いなんてもんじゃないんだけど……)

 なでなで、グルグルグル

「やぁ。おねえちゃん!

 反応が面白くてちょっと乱暴になっちゃったせいか少し嫌そうな声を上げた。

「あ、ごめん、ごめん」

 あんまり悪びれもせずに謝っていると、公園に設置されてるスピーカーからどこか懐かしい音楽が流れてきた。

 なんだっけこれ? お店の閉店のときみたいな……

 ついで、六時になったからもう帰りましょうといった内容の機械的な放送。

(六時、か)

「雫、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないの?」

「ううん、大丈夫だよ。雫、もっとおねえちゃんといたい」

「だーめ。小さな子はもう帰れってさっき放送してたでしょ」

 私も門限やばいし。

「うぅぅ」

 ほっぺたをぷくーっと河豚みたいに膨らませるけど、なんだかんだで六時も過ぎたら帰らせるべきだよね。

「ママとかパパが心配するでしょ? もう帰んなきゃ」

「そ…なの……し……よ」

 もごもごしてて何言ってるかよく聞こえなかった。

「とにかくあんまりわがまま言わないの」

「……じゃあ、お姉ちゃん明日も来てくれる? 雫と遊んでくれる? 約束してくれたら、帰るから」

「明日、か……いいよ」

 何か予定あるわけじゃないしね。なによりなるべく寮にいたくないし。

「本当? じゃあ約束」

 雫は手を取ってきて小指と小指をぎゅっと結んだ。

 お人形のように小さな指、母性本能っていうのか守ってあげたくなっちゃう。

「うん、でも私は終るの雫より遅いだろうから今日くらいになっちゃうからね」

 小学校が何時に終るか覚えてないけど、移動時間もあるんだし私のほうが早いってこともないと思う。約束しておいて待ちぼうけさせるなんて可哀想だからさきにこれは言っておかないとね。

「あ、送っていこうか?」

「いつもだから大丈夫だよ。じゃあお姉ちゃんまた明日ね」

「うんっ、またね」

 言うや雫はランドセルと髪とリボンを揺らして走り去っていった。

 ……最後まで元気だったなぁ。

 雫の姿が見えなくなると遊歩道を行く前に雫が見に来るという景色に意識を向けてみる。大きな建物、小さな建物、植物、人。すべてが紅く照らされて確かに美しい。植物はあんまりなくて、無機質な建物が寂しい感じ。でも、そのせつなさ逆に美しさを際立たせている。

 うん、毎日かはともかく見て価値がある景色だよね。雫の言うこともわからないでもない。

(そういえば、雫のあの言葉)

 ……そんなのしないよ。

 とも聞こえた気がしたけど……気のせい、だよね? 普通はそんなこと言わないもんだし。

 私は安易にそう結論づけるとその場をあとにした。

 

 

「むぃー」

 私はご飯から帰ってくると、床に突っ伏した。顔は座布団に預けて、体を脱力させる。

「なに変な声だしてるのよ?」

「うー、ちょっと筋肉痛〜」

 雫と別れてから数時間ほどしか経ってないのに体にはだるさとじんじんとした痛みが湧き上がってきた。

 言い方変だけど、運動不足の賜物って感じ。普段は学校の体育くらいでしか運動しないし、体育にしたって半分は遊んでるようなもの。寮も学校から近いし、歩く距離だって他の生徒よりも少ないと思う。

 太りやすくなることに気をつける以外はそんなに気にしてなかったけど、こんな所でツケが回ってくるとは。

(すぐに来るっていうのが若いって証拠だけど……)

 せつなはいつも通りに二人分の紅茶を入れながら「はぁ?」と甲高い声を上げる。

「筋肉痛って、体育もなかったし、疲れるようなことしてないでしょ?」

「学校終った後にちょっとね。ん、ありがと」

 私は体を起こしてせつなからカップを受け取る。もう半年以上こうしているわけだけど、特に紅茶が好きになったりはしないなと思う。まぁ、色と香りで種類くらいは少しわかるようになってきたけど。

 ちなみにこれはオレンジペコ。これに限らず色は綺麗なんだけどね。

「なに? ちょっとって?」

「ちょっとはちょっと、小学生と遊んでたの」

「は? 小学生?」

「そ、で、まぁ、疲れてるわけ」

「自己完結して話さないでよ。なによ小学生と遊ぶって。今日ぎりぎりで帰ってきたと思ったらそんなことしてたの。そもそもこのあたりに小学校なんてあった?」

「一遍に聞かないでよ。そういえば、どこの学校か聞かなかったな。どうせわかんないだろうけど」

 この辺の小学校に通ってたわけでも、この辺で育ったわけでもないから小学校の名前なんてまったくわからない。美優子とか地元出身者に聞けばわかるかもしれないけど、別に雫がどこの学校だろうか、それは関係ない。

 紅茶をちびちびと飲みながらせつなに軽く雫のことを話した。せつなはそこまで興味がある話じゃないだろうけど、私の話はちゃんと聞いてくれる。

 もちろん、どうしてそこに行っていたかってのは話さない。

「確かに、少し変な話ね」

 せつなはカップを口元から放してそう漏らした。

「でしょ? 友達と遊んだ帰りに〜っていうんならともかくいつも一人でいるみたいな感じだったから。友達がいなかったり、いじめられるって風にも見えなかったし。あ、気になるなら明日一緒にいく? 明日も会うって約束してるから」

 にしても、せつなと一緒にいるのって楽。確かに、せつなと美優子のことで悩んではいるけどそういうのがあっても、ほとんどのこと気兼ねなく話せるし、一緒にいると落ち着ける。

 家族といっても差し支えないのかもしれない。

「明日は駄目ね。委員会あるし、梨奈か美優子でも連れて行ったら? あの二人ならどうせヒマでしょう?」

「どうせ、っていう言い方もどうかと思うけどね」

 軽口をたたきながらも私は、せつなから目を背けた。

梨奈はともかくとして、美優子と一緒に行けなんてせつなが言ってくるとは思わなかったから。

(……せつなは私がせつなのいないところで美優子と会うの気にしないのかな)

「ん〜、でもやっぱやめとこうかな。もっと仲良くなってからならともかくこっちが人数連れてきたら雫のほうが不安がるかもしれないし」

「その辺は涼香の好きにしたら? まぁ、誘拐犯に思われないようには気をつけてね。こっちも恥ずかしいから」

「んなわけ……」

 ない、と断言できるはずなんだけど。雫のはじめのイメージは『変な人』ってなってたみたいだからなんとなく反論できない。

 ともあれ私はある程度で雫の話題を打ち切ると、せつなとの楽しい時間を過ごすのだった。

 

 

(明日、か。)

 ベッドに入って電気を消しても私は天井を見つめながら雫のことを考えていた。暗闇に右手をかざして、なでた感触を思い出す。

 可愛かったよね。素直そうだし、いい子だと思う。

 気になるのは二つ、なんで一人でいたかということと、最後のあのセリフ。

 親が心配するんじゃないのと聞いて、「そんなのしないよ」聞き間違いと思わないでもないけど、あの時だけ少し翳りがあった感じだったし、多分言ったんだと思う。

 偶然知り合った小学生にそこまで気を回す必要もないはずだけど、親が関係しているというのなら少し気になる。

 自分のことしか考えられないくせに、変なところで気を使ったりするんだから私は……調子がいいよね。

 明日、聞けるタイミングがあったら聞いてみよう。

 私は手を力なく落とした。

(……雫のことを美優子とせつなのことを考えなくていい口実にしようとしてるのかな……)

 自分への憤りは積もるけど、今は誤魔化せるだけでいいや。

 さーて、明日は筋肉痛になんないように気をつけなきゃ。

 くだらない決意をすると私は体を襲う眠気にさそわれるまま、夢の中へ落ちていった。

 

 

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