私はそこに止まっていたかった。
前には涼香の、涼香と美優子の幸せそうな姿。
後ろには私が歩んできた、長くくねった茨の道。
その場所は、決して居心地がよかったわけではない。
じわじわと痛む癒えぬ傷を持つ心を抱え、好きな人の幸せな姿を見つめる。
涼香と美優子。
一緒の場所に立っていたこともあった。一緒の場所で、笑っていた。泣いていた。心だって、繋がっていたこともあったかもかしれない。
しかし、二人は歩きだした。手を繋いで、心を紡いで。
私は、ずっとそのまま。
ここには私の培ってきた思いがある。私が今見つめている先にそれは、ない。この想いを抱えて、私が見つめている道に進むことはできない。
この想いを捨てて、他の道を歩む事だって、嫌だ。
そして、私は座り込んだ。顔を伏せ、膝を抱え、自分の世界へと一人入っていった。
助けを求めなかったといえば嘘になる。でも、助けを求める相手はすでにここにはいなくて……時折、眩しすぎて目もくらむような前を、涼香たちを見つめる。
遠くなっていく、涼香の影を。
これが、現実だ。言葉を飾っても、心を偽っても、突きつけられる現実だ。
打ちのめされ、叩きつけられ、一人で立つこともできなくなった私は……
やっぱり助けを求めていたのかもしない。
「………ん、んん」
「っ!? 先輩……大丈夫、ですか」
声が、聞こえる。
「ぅ……っ……」
頭が、痛い。瞼が、重い。まるで自分のものじゃないかのように。
「っう……」
それでも、どうにか目を開けた私は
「先輩……」
心配そうに私を見つめる後輩の姿を目にした。
「……水谷、さん」
「……気がついたんですね。よかった」
「ここ、は……?」
「先輩の部屋です。先輩、屋上で倒れてしまったので」
「そう……」
覚えている、その瞬間。
この子に抱きしめられながら、あまりにもバカなことを言われ、あまりにも……呆れて、そう呆れて、張り詰めすぎていた糸が切れたようにふっと、意識が遠くなった。
「…………涼香、は?」
何故涼香の名を口にしたのだろう。ここでいうべきなのはもっと別なことのような気がするのに。
「今は、部屋を離れてもらっています」
「……そう」
彼女は私から目をそらさない。彼女だって気が気ではないはずないだろうに。
「………………先輩。私」
「………雑炊」
「え?」
彼女が何かを言おうとした瞬間、私は彼女の言葉をさえぎった。それは無意識だったのか意識的だったのかはっきりはしない。
ただ何を思ったのかそう口にしていた。
「……雑炊が食べたい」
「雑炊、ですか」
「……そう」
「じゃあ、管理人さんにでも、頼んで」
「……あなたが作ってきて」
「え?」
ぽかんと、現実感のない顔をしている。この子のこんな顔をするなんて。
「……早く、いってきなさい」
「は、はい」
そうして、彼女を追い出した私は、自分の心に入っていくのだった。