「どう、でしょうか?」
「……………」
雑炊を作ってきて。
そんな意味のわからないことを言われた私だったけれど、どうにかそれを実行にはできた。
陽菜や管理人さんに教えてもらいながら、初めて好きな人のために作った料理。
それを朝比奈先輩は無言で食べていた。
友原先輩を好きになったときもこうして手作りの雑炊を食べていたなど知るわけもなく、カチャカチャと食器の音だけが響く室内でベッド側に寄り添って先輩の時をまった。
「……そんなにおいしくは、ない、わね」
「……雑炊なんて初めて作ったんです。最初からうまくできるわけありませんよ」
「……可愛くない子ね」
「今さらだと思いますけど。そんなことは」
「そう、ね……あなたはいつもそう」
違う。
そんな確信。
今まで見てきた朝比奈先輩とは纏っている空気が違っている。今まではどこか霧のようで、朝比奈先輩を隠すようなものがあった。けれど、今は見える気がする。透き通った空気の奥に朝比奈先輩の心が。
(……胸が、熱い)
何かが湧き上がってくるようなそんな不確かな感覚。
はっきりとした正体はわからないけれど、こういうのを嬉しいというのかもしれない。
「先輩、そのままでいいから聞いてもらえるでしょうか?」
屋上では伝えきれなかったこと、それを伝えるため私は自分の心に従い想いを口にする。
「ふふ、また、私をいじめるつもり?」
どこかちゃかしたような口調と、薄く笑った口元。
私には先輩が今何を思っているかはわからない。なら、私は私のできることをするだけだ。
「かもしれませんね」
今から伝える想い。それは少なくても機嫌をとるためのものではない。
「なら……好きにして」
「そうさせてもらいます」
ベッドに向けていたイスに座りながら私は膝においていた手に力を込める。
大丈夫、いえる。わかってだってもらえるはず。
今の朝比奈先輩になら。
「屋上で、言いました。私が先輩の過去に意味を持たせてみせるって。好きであり続けることで、先輩の今までが無駄じゃなかったって証明してみせる、と」
「……………」
「けど、それだけではだめなんです。私じゃない。私じゃないんです。私じゃ先輩の気持ちに意味を持たせるなんてこと、結局はできない」
どれだけ私が好きでいたとしても、それは私のこと。
「先輩、なんです。意味を持たせるのは、先輩なんです。今までが無駄じゃなかったって、それを決めるのは全部先輩なんです」
自分のことは自分で認めるしかない。それは絶対のことだ。誰に何を言われても、自分の価値は自分で決めるしかない。
「……私は、その手伝いをしたいんです。私に好かれてよかったって思ってもらうため、無駄なんかじゃなかったって思ってもらうため私はあなたを想います」
友原先輩とのことがあったから私は朝比奈先輩を好きになった。
そして、そんな私に想われることを先輩が嬉しく思ってくれるのなら私は全力でそれに応える。意味があるって思わせてみせる。
責任を取ってみせる。
「………簡単に言わないでよ。…………渚」
「え……」
渚。
聞こえた。
私の名前。
初めて呼んでくれた、私の名前。
「あなたがいうほど、……簡単じゃない。単純じゃないわよ。人の心は」
「わか、ってる。つもり、です。…………………せつな、先輩」
せつな。
恐る恐る呼んだ。
先輩の名前。
初めて呼ぶ、先輩の名前。
「……渚。一つ、言っておくわ」
「はい。……せつな先輩」
「私の一番は涼香、なのよ。少なくても今は。これからだって、きっと。私はそうしたい。涼香のことを思う気持ちが小さくなってるってわかっても、そうしたいの」
「…………」
「けど………………………………ありがとう」
(あ………)
軽く目を閉じながら微笑む先輩はまるで天使のように美しく、この時私は初めて心から笑うせつな先輩を見た気がした。