先輩が去ってから私は先輩に告白した場所で窓から見える空を見上げていた。
(恋って……)
気持ち悪い。
そんなことを考えている。それは、朝比奈先輩を想うようになってからたまに考えていたこと。
「……こんなの、私じゃない」
ソファに足を乗せていた私は膝を抱えるようにして呟く。
恋をしてから私は、自覚できるほど変わってしまった。
今まで他人の目なんか気にしてなかった、誰にもはばかることなく好きなことを言えていた。大切なのは自分が自分をどう思うかだけで他人が自分をどう思うかなんてどうでもよかった。
私はそんな自分に誇りとまでは言えないかもしれないけれど、嫌いではなかった。少なくとも、他人の目を気にして言いたいこともしたいことも我慢するよりははるかにましに思えていた。そんなのは、かっこ悪い。
私は、私でありたいとずっと思い続けていた。
(なのに……)
さらに膝を抱え奥歯を噛む。
最近はずっと朝比奈先輩にどう思われるかを気にしてしまい、極めつけはさっきのことだった。
何も言えなかった。
好きになる前なら、きっと言えていた。いう前から言いすぎだと思うことすら私ならいえていたはずなのに。
「……先輩」
けど……言わなきゃいけない、じゃない。
先輩の力になりたいと思うのなら、いつかは言わなきゃいけない、じゃない。
「……そうよ」
友原先輩に縛られ続けて生きていくなんて、そんなのは自己満足よ。朝比奈先輩はこれから何十年も生きていくのに、こんなたった一年や二年だけの恋に縛られて一生を過ごすなんて、意味ない。悲しいだけ。
そんなのは友原先輩だって望んでいるわけがない。
そう、言ってしまいたかった。
いうべきと思った。
けど、言えなかった。
だって、そんなことしたら絶対に先輩に嫌われる。いえ、すでに嫌われているけれど、今以上に本当に声もかけられないようになってしまう気がする。
そんなことを考える自分がすでに信じられない。
先輩の目を気にして自分の言いたいことも言えない。朝比奈先輩に嫌われてしまうことが怖い。
そんな自分は気持ち悪いし、そんな自分がいることも認めたくはない。けれど、そんな気持ち悪い自分はすでに存在していて、それこそ朝比奈先輩を好きな証でもある。
つまり、先輩のためと思うことが先輩を好きなせいで出来ないというわけだ。笑えてしまう話だ。
「…………ここまで、なの、かしら?」
ポツリと、自分が吐いた言葉をなぜか他人事のように聞いた。
初恋は実らないとよく言う。
私は私でありたいと願っている。
恋とそのことを天秤にかければ、私でありたいということに傾く。
変わっていく自分は不愉快で、受け入れ難いもの。好きな人の力にすらなろうとできない弱い自分。
恋を優先してそんな自分になるくらいなら、恋なんて、いらない。
「ッ!!??」
そう思った瞬間、不意に朝比奈先輩の後姿が頭をよぎった。
あの、深い闇のさらに奥、深遠の底の底に沈むかのような朝比奈先輩の背中が。
あそこから、救いたい。手を伸ばしたい。
「…………」
でも、それには、【私】も【恋】も邪魔で……
(……朝比奈先輩は、西条先輩に友原先輩を託した)
自分が一番友原先輩のことを好きだと思っているはずなのに。
それは、恋を取ったの? 自分を取ったの?
それとも、そんな風に理屈で考えていること自体が間違いなの?
どれが正しくて、間違いで、何をしたくて、したくないのかすべてが曖昧で不確かで、私は……
「わたし、は………」