陽菜とはそれからしばらく疎遠になった。
同じ部屋にいるのに疎遠というのも妙な話。
しかし、そう表現するのが正しい関係だった。
朝、おはようと挨拶をすることはしてもそれだけ。それ以上の会話はない。
昼、陽菜は休み時間になるとどこか行ってしまい昼休みに姿を見かけることはない。
放課後、私がどこで過ごしていようと陽菜が私に近づいてきてくれることはない。
夜、簡単な予定確認など会話は多いほうだけれど静かな夜になる。
前は朝には一緒に朝食にいき、どちらかに予定でもない限りは一緒に登校をし、昼はほとんど毎日お昼を一緒に取っていた。
放課後は一緒に帰ることは少なかったけれど、部屋で一緒に課題をしたり、他の友達と雑談したりしていた。
夜は、部屋に戻らなくならなきゃいけない時間までは各々で過ごしても夜には翌日や今日のことなんかを遅くまで話すこともあった。
私の友達は陽菜だけではないけど、一番仲のいい友達はと問われれば間違いなく陽菜でそれを失うのは想像通りに辛いことみたいね。
部屋に陽菜がいたので階段近くのロビーにいる私は部屋のほうを眺めながらそんなことを考えていた。
玄関近くのロビーは人が多いけど、各階の小さなロビーには夜はともかく放課後には人が少なく考え事するにはもってこい。
「ふぅ……」
無意識にため息を漏らすなんて本当に私らしくない。
(……これは、つらいわね)
今の状態を予想はしていても、やはり想像と現実は違う。
(それでも陽菜に話さないという選択肢はなかったけれど)
陽菜に黙って、私が朝比奈先輩にどうこうするのはありえない。陽菜が今の私をどう思おうと私が陽菜に黙っていることなんてできるわけがなかった。
私が朝比奈先輩と何かあってからでは陽菜を傷つけることになるそれは私の本意ではない。
それも、万が一……
「…………ふ」
勝手な想像を膨らませた私は自虐的に笑った。
(ありえるわけないわよね。そんなこと)
なにせ私は、朝比奈先輩に……
「水谷さん?」
「っ……」
勝手な想像をして、勝手に気落ちした私の耳に今誰よりも会いたくない相手の声が聞こえてきた。
「朝比奈先輩」
私はたぶん誰の目から見ても冷静に、おそらく帰ってきたばかりの制服姿で鞄を持つ朝比奈先輩を見つめた。
ご存知の通り私の想い人だけれど、特に私は動揺を見せない。見せないというよりも実際に、胸が高鳴ったり、顔が熱くなったりしたりもしない。
陽菜のことが片付けてない以上意識的にそう振舞おうとしているのが関係しているかもしれないけど本当に目の前だろうとそんなに心の動きが少ないのだ私は。
「……あなた、今日も一人ね」
「っ」
でも、朝比奈先輩が少し心配そうにそういったのには驚きに胸の鼓動を早めた。
「私が一人だと何か問題あるでしょうか」
こんな風になるのは癖といってもいい。これは違うだろうけど、言葉に棘があるといわれたり優しさがないというのはよく言われることだから。
「そういうことじゃなくて、月野さんと喧嘩でもしたのかって聞いてるの」
「していませんよ、別に。こういう時だってあります」
(もっとも、喧嘩はしてなくても嫌われてはいるかもしれませんけど)
それも、あなたのせいで。
とは、歯に衣を着せない私としても言えることではない。まして、嘘ではなくとも濡れ衣ではあるし。
「そ」
朝比奈先輩は短く答え、話題は終わったはずだけれど、ここから離れようとはしなかった。
(……そういえば、さっき)
友原先輩が西条先輩と帰ってきていた。
私は朝比奈先輩のことが好きになって以来当然ながら朝比奈先輩を目で追うことは多くなっていた。
私の目からは朝比奈先輩は、友原先輩とまだぎこちなさはあるものの友達以上には見えていた。寮の中で食事やお風呂など一緒に行動しているのをよく見かけている。西条先輩とも普通に話しているのを何度かみかけたことすらある。
ただ、それでもこんな時には近づこうともしない。
(……まぁ、当たり前よね)
私が朝比奈先輩の気持ちがわかるなんていったら余計に嫌われるでしょうけど、それは当然って思う。
「喧嘩してないならいいけど、月野さん最近目に見えて元気ないわよ? 喧嘩してないなら気にかけてあげるべきじゃないの?」
「友達だからってすべてに手を差し伸べるのは正しいこととは限りませんよ」
「それは、そうだけど……」
朝比奈先輩はおそらくこっちを見ていなく、私も朝比奈先輩のことは来たときに一瞥しただけでイスに座ったまま脇に立っている朝比奈先輩を感じていた。
「けど、声くらいはかけてあげたほうがいいんじゃない?」
(最初から今まで陽菜のことだけですか)
心の中で毒づく。
朝比奈先輩が陽菜を気にかけるのは当たり前とは思うわ。色々考えることもあるでしょうから。それに、ルームメイトを大切にしろっていいたい朝比奈先輩の気持ちは素直に受け取ればありがたいもの。
ただ、朝比奈先輩に想いを寄せている身としては陽菜のことばかりを気にされれば面白くはなかった。
「……そうですね。気にはしておきますよ」
私は言葉だけ頷き立ち上がった。
朝比奈先輩のほうから話しかけてきたとはいえ、今の私はまだ朝比奈先輩の側にいる資格はない。
「それでは、失礼します」
私は陽菜のことだけを気にされた後味の悪さだけを残してこの場を去るのだった。