結局何も答えの出ないまま、ときなに連絡すら取れなかった絵梨子が次にときなと会ったのは週明けの月曜日だった。
精神的な疲れの抜けていない絵梨子は遅刻ギリギリに出勤し、駐車場に車を止めると早足に教員用の玄関に向かっていた。
「あ……」
そこで待ち受けていた相手に絵梨子の足は止まる。
「おはようございます」
「お、おはよう。ときな」
挨拶してきたのはいつもと変わらないように見えるときな。
「まったく、ほとんど遅刻ですよ?」
「あ、う、うん。ごめんなさい」
「私に謝ることではないですが」
変わらないときな。常に力強い光を宿す瞳も、思わず触れたくなる長い髪も、凛とした大人びた雰囲気も、どこかいじわるな口調も。
土曜日のことが遠因で寝坊をし、身支度すらきちんと整えられなかった絵梨子とは違っていた。
だが、
「…………この前は、すみませんでした」
すぐに本音が姿を現した。
(…………ときな)
その第一声が、謝罪であったことに絵梨子は胸を痛める。
謝らないでと言いたいが、それが今のときなに意味を持つ言葉になるようには思えなかった。
「う、ううん。私の、ほう、こそ。ごめんなさい」
代わりに絵梨子は自分の本心を伝えた。
こんな風にまたときなを苦しめてしまっている。それは本来絵梨子の責任ではないはずではあるが、絵梨子はそれでも自分のせいだと思っている。
しかし、
「っ! 何が、ですか!」
それがときなの逆鱗に触れた。
「何が、【ごめん】、なんですか!? 先生は何も悪いことなんてしてないじゃないですか!? 悪いのは、全部、私で………」
ときなは怒っていた。
謝る絵梨子に。謝らせた自分に。
「……っ……すみません」
ときなが感じた痛みは決して軽いものではなかったであろうがときなは、我に帰ったようにそれを飲み込んだ。
「……………」
それから悔しそうに自分の腕をつかんで、制服を皺にする。その皺の大きさがときなの気持ちを物語っていることまでは理解できても、今の絵梨子はときなにかける言葉が見つからなかった。
「………………………………………先生」
長い沈黙のあと、ときなは絵梨子から顔を背けて絵梨子を呼んだ。
「な、に?」
全身の毛が逆立つような言いし得ない不安が絵梨子を襲う。
ここでときなを止めなければ、何かが起こってしまいそうなのに不安は絵梨子の体も心も縛り何もできなくする。
「……しばらく会わないようにしましょうか」
(っ―――!!!)
心臓に杭を打ち込まれたような気がした。
いつか、聞いたような言葉はその時よりもはるかに強い衝撃を持って絵梨子を襲った。その衝撃は絵梨子の心の一部を打ち砕き、絵梨子は呆然となってしまう。
「と、……」
きなと続けられない絵梨子。
何を言ってもときなを救うには足らなすぎる、それだけが絵梨子の心を占めていく。
「………別に、ずっとじゃありませんよ」
「え……?」
「受験が終わるまでは、ということです。そちらに集中したいので」
「あ、う、うん。……………そういう、こと、なら」
これがときなが自分を気遣っての言葉だということに気づいた絵梨子は頷かざるを得なかった。
二人ともお互いに、相手を思っているからこそあえて一線を越えられず二人に不思議な距離が生まれてしまった。
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