見慣れない町並み。

 見慣れない校舎。

 見慣れた空。

(……空は変わらないな)

 絵梨子が四年過ごした大学で思ったのはそんなことだった。

 どこでも同じ。……憂鬱な空。

(……私が、そう見てるだけなのかもしれないけど)

 たまたまクリスマスにぶつかってしまった特待生受験。

 それに来ていたときなは受験の終わりに、校門の前でそう思っていた。

 天原と同じくときなの倍近くはある背の高い校門。校舎はそこまでの大きさではなかったが、四階建ての授業棟が四つあるらしい。あと、事務や学生課、教授の研究室などが入る十階建ての塔。それと、図書室やパソコン室がある、メディアセンターに部活棟に、グラウンド、体育館。

 それらすべてが同じ敷地にあるこの大学の敷地はかなりのもので、ときなは改めて大学が今までとは違う場所なのだということ思い知った。

(……まぁ、ここにくることはないでしょうけど)

 受験の終わったときなはそう思う。

 それは、別に出来が悪かったとか、レベルが合わないとかそういうことではない。

 筆記試験の感触は悪くはない。答えられない問題はほぼ皆無だった。面接も問題ない受け答えはできていたと自負する。

 多分、問題なく合格はするだろう。

 だが、合格したからと言ってここに来るかと言えば、別問題なのだ。

 それは別に他にどうしても行きたい大学があるということではない。だが、ここは行きたくない大学だ。

 いや、正確にはいけばつらくなるであろう場所なのだ。

(……絶対に、先生のことを考える)

 ここでどんな風に過ごしていたか、それを考えないことは不可能だ。絶対に考え、つらくなる。

 それが目に見えているのにわざわざ自らそれを選ぶのは特殊な人間だろう。

(もっとも……そんなことで大学を選んじゃうのね……)

 本来、将来を見据え選ばなければいけない場所を、感情的な理由で避けてしまう。あまりに情けない人間だ。

(……そう、情けないのよ)

 そもそもここに来なければいいのに、申し込んだからと言って来てしまうのも、結局真面目に問題に向かってしまったのも、これからしようとしていることも……

(……私が情けないから、ね)

 自分が危険な思考をしているのはわかっている。自分で自分を否定することは絶対にしてはいけないことなのだ。

 自分を見失ったら、自尊心を失ったらそれは人として基盤を揺らすことになるのだ。

 それをわかってはいても

(……ほんと、情けない)

 思考が止められない。

「…………先生」

 ポツリを紡いだ言葉は、愛しい人のことではあるが、そこにはこれまでときなが経験したことのない響きが混じっている。

 絵梨子とはこのところほとんど話していない。ときなからは話せる状態ではないのに加え、絵梨子もときなに話しかけてくることはほとんどなかった。

 受験に出るときには、見送りには来てくれたがそれもただの教師と生徒のような会話をした。

(……先生の性格なら、もっと話に来てもよさそうだけど)

 諦めわるく、子供が駄々をこねるようにときなに向かってくるのが常だったというのに、今回はおとなしく引っ込んでしまった。

(……………)

 そうしろと言ったのは自分で、それを望んでいたはずではあるのに、ときなの心には複雑なものが宿る。

「……痛い、な」

 それに呼応して痛む胸を抑え、ときなは苦悶に顔をゆがめる。

(……ま、ったく)

 それから心で吐き捨てるようにそうつぶやいた。

 もう用は済んだのだから、早く帰らねばならないはずなのにこうして大学を、いや、ここで絵梨子が培ってきた想い出のことを思わずにはいられなかった。

 どんな風に過ごしていたのかや、絵梨子からたまに聞いていた部活動のこと、絵梨子の最初の恋人である【柚子さん】のこと。さまざまなことが頭をよぎっては次々と浮かんでくる。

 それはつまり

(あきれるほど、先生が好きってこと、ね……)

 それを思い知らされてまた落ち込んでしまう。

 そもそも、あのことを考えてはいてもそれは絵梨子が嫌いになったからではない。むしろその逆なのだ。

 好きだからこそ、嫌なのだ。

(……そうよ。こんなのは、嫌)

 気の迷いのように住み着いた思考はときなの心を離れることなく、ときなの心で成長し続けていた。

(嫌よ。………傷つくのも………傷つけるのも)

 情けない自分が作るそんな未来は……嫌だ。

「………………」

 校門に手を付きながらうつむいていたときなは、しばらく自己嫌悪のままそうしていたがふと、顔をあげ、一歩を踏み出し、敷地を抜ける。

 それから一回転して絵梨子が四年過ごした場所を見つめ

「………早いほうがいい、か」

 独白したときなは背を向けずに歩き出していた。

 

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