クリスマス。
多くの日本人は、その響きに対して何かきらきらしたイメージを持つ。
戦国時代から日本に伝わり、戦前からすでにクリスマスケーキは一般に流行していたというような話は、どこかで聞いたことはあるが絵梨子が知るのはそこまでで、いつごろから今のようなものになったのかまでは知らない。
流行にそれほど敏感ではない絵梨子でもクリスマスは人並みに楽しみにしていた。
大学の時も、勤めだしてからも。
(そういえば、結局一回もときなとは過ごせなかったなぁ)
特にクリスマスを感じさせることのない夕食を取った絵梨子は、ベッドに腰掛けながらぼーっとテレビを見ながらそんなことを考えていた。
一年生の時には、まだそこまで親密ではなかったし、二年生の時には浮かれてホテルまで予約してしまったが、ときなが寮生だということを忘れて結局キャンセルすることになった。
(まぁ、あれはあれで嬉しかったけど)
寮の屋上で、少しだけとはいえ二人きりに慣れた上に、手作りのプレゼントまでもらってしまった。その時は片方だけだったが、後でちゃんともう片方もプレゼントしてくれもちろん、今でも愛用している。
そして、この場所での最後のクリスマスである今日は、これだ。
ときなが受験だから、と表向きは言えるが今の状態ではとてもクリスマスなど、望めはしないだろう。
(……いいわよ)
絵梨子は唇をほころばせる。
それは、強がりではない。
なぜなら
(これから、いくらでも過ごせばいいんだから)
絵梨子はときなとの関係を終わらせるつもりなどまるでないからだ。
そのための覚悟は済んでいる。
準備もした。
後は、タイミングというかそんなものだが、それは絵梨子にはどうしようもないことだった。
一応、ときなの進路が一区切りつくまでとは決めた。もし、ときながすんなり受け入れてくれたとしても、選択を狭めてしまうのは教師としても、恋人としてもしたくはなかった。
つまり今絵梨子にできることはなにもなく、こうして毎年楽しみにしていたクリスマスを一人寂しく過ごしているわけだ。
「あー、つまんない」
騒ぐだけのようなテレビを消した絵梨子はベッドへと倒れ込む。
「こんなことなら、ときながいなくなって寮に行けばよかったかな?」
などと、クリスマスの雰囲気にはじき出された自分を少しむなしく思いながら天井を見上げていた絵梨子は
〜〜♪
「っ!」
携帯の着信メロディに、体を震わせた。
普段絵梨子は特に、着信メロディの設定などしていない。ただ、一秒でも早く気づきたい相手はいて、それはもちろん
「ときな……」
これまでも、これからも一番一緒にいたいと思う相手だった。
「……………………」
絵梨子の部屋でときなはベッドに寄りかかりながら、暗い表情で黙り込んでいた。
絵梨子はいつもよりも少し離れた距離感を保ってそんなときなを見つめている。
ときながこの部屋を訪れてからかれこれもう十分ほどそうしていた。
(ときな……)
絵梨子はあえて何も言わない。ただ、ときなの言葉を待つ。
もしかしたら、今は絵梨子の望んだ【その時】なのかもしれないがこの部屋に来る前のときなの姿にこうせざるを得なかった。
ときなが電話をしてきたのは駅前からで、話したいことがあるということだった。急いでときなに会いに行った絵梨子は、一目見てときなが苦しんでいることを知った。それはもうすでにわかっていたはずだが、そんなわかっていた程度ではないことを思い知った。
話とは何かと聞いても、歯切れ悪く答え、周りを見渡した後、申し訳なさそうに絵梨子の部屋に行ってもいいかと聞かれた。
それは多分、考えていなかったから。
話すということは決めていても、どこでとか、それによってどうなるかということに関しての想像が欠けていたから。
他に場所など思いつくわけもなくときなが選んだのは絵梨子の部屋。ときなにとってもっとも望ましくない場所のはずであろうが、逆にそんな場所に向かうことがときなの覚悟を後押しさせた。
「………………」
正しくは、覚悟を後押しさせたかったのだろう。それがときなの沈黙に表れている。
「…………」
絵梨子が何も言わないのは、そんなときなの気持ちを尊重したかったから。ときなは悩み、苦しみ、それでも今ここで何かを言おうとしている。それが、どんなものであろうと、自分の望まないものであろうともときなにそれを言わせられる度量くらいなくてはどうするというのだ。
抱えているものがあるのならそれを受け止めて見せる。ときな一人ではつぶれてしまうのなら支えてみせる。
それが年上として、教師としても当たり前、
(……それに、なにより………)
「…………先生」
改めてこれからすることを見つめようとした絵梨子の耳にときなの声が聞こえてくる。
重く、苦しい声。
吐きだそうとする、本心でありながら望まない心。
(……受け止めるわ)
絵梨子はその声に反応するように瞳に力をこめ、ときなと向き合った。