「……私、弱いんですね」
ときなの【告白】はそんな一言から始まった。
「そんなことないわ」
軽い気持ちでそれを言ったわけではないのはわかっていても絵梨子はそう答える。ときなのはときなの本心だろうが、絵梨子の本心は今言葉にしたことなのだから。
「……………弱い、ですよ」
絵梨子がときなを見つめているのに対し、ときなは一切絵梨子を見ていない。ベッドに背中を預けたまま中空を見つめ、ここではないどこか別の世界を見ているような横顔をしていた。
「先生に、私はずっと助けられてきた。たくさん、想い出を、幸せをもらいました。初めてこんなに人を好きになって、ずっと一緒にいたいって思えてた」
思えてた。
そう言ってしまえるのが、ときなの弱さだけでなく同時に強さも表しているような気がした。ただ、弱いだけならこうは言えない。自分の中に何かがはっきりあるからここまできて、こんなことが言える。
それは弱さとは別のもの。
「でも、だめですね。私は耐えられそうにない。……耐えられない」
ただ、こうして、絵梨子の顔を見れず
「……先生のいない日々なんて」
こんなことを言ってしまうのは弱さの表れだろう。
「………………」
悲しそうに、また自分が痛みを感じているかのように絵梨子は黙ったままときなから目を離さない。
「……私は、ずっと変わってない。二年生の時、先生に助けてもらったくせに、また同じことで不安になって……こんなことを言ってる。どうしようもなく、弱いんです」
ときなは無表情だ。感情を殺さなければ耐えられないから。
「この先、大学生になって会えなくなって……それでも……先生を好きでいられる自信が……ない。会えない、のに、好きって想い続ける勇気が………ない」
それは拒絶の言葉。最愛の人にもっとも告げてはいけない言葉。
自らを呪うようにときなは言葉を吐き続ける。
誰よりも自分を傷つける言葉を。
「向いてないんですよ。私は好きな人すら信じられないほどに弱くて……きっと、ずっと一緒にいられたって同じ……きっと私は人を好きになる資格なんてない。先生だからじゃない、誰だってきっと一緒。……いつか、【終わり】が来る」
ときなの声がわずかに震えだす。抑えようとしていた感情がときなの中で暴れている。溢れだした気持ちがときなの声を、心を揺らしているのだ。
このままじゃ絶対に壊れてしまう。こんな気持ちを抱えたまま未来を歩くことなんてできない。
「だから……」
声が掠れる。涙を流さずに泣く。
「終わりにしましょう」
ときなは心がぐしゃぐしゃにつぶされそうになるのを感じながらも、断崖絶壁から心をたたき落とすような気持ちになりながらも、本気を込めた。
「はじめ、から現実的じゃなかったんですよ。先生は、先生、だし……私は、先生よりも、ずっと子供で……いつも、先生には助けてもらってばっかり……私は先生に、甘える、ばっかり、で……何も、できなかった……私は、弱くて……子供で……こんなのは、おかしいんですよ。そんなのは【違う】んですよ……」
一言一言が絵梨子となにより自分自身を傷つける刃になる。絵梨子はすでにそれに耐える力を、覚悟を持っているがときなはなすすべなく自分で自分を傷つけ続けた。
「私には……先生の恋人に、なる資格なんて、ずっと一緒にいる資格なんて……なかった」
そんなことはないと言えるほどの想いを培ってきたはずだが、その想いこそが今はときなを苦しめる。
「だから、先生は……私のことなんか忘れて……もっといい人を見つけてください。私なんかじゃなくて、もっと、ちゃんと恋人になれる人を……月並みですけど、私は先生には幸せになってもらいたいから」
震える声のまま、ときなは早口になった。今こうしなければ多分、泣き出してしまう。そんな姿を見られたらこれが、本心でありながら本心でないことがばれてしまうから。ばれているとしても、ごまかしすら聞かなくなるから。
「……今まで楽しかったです。それは、本当ですよ。あ、ありがとう、ござい、まし、た」
どう聞いてももう泣いているようにしか聞こえない。しかし、涙を流してはいない。それがときなに取って唯一の、強さ。
そして、泣くことのできない弱さ。
「い、言いたいことはそれだけ、です」
ときなは泣かなかったという自己満足だけを頼りに立ち上がり、絵梨子のそばを通り過ぎて行った。
だが、
パシ。
「待ちなさい」
相反する気持ちを感じながら久しぶりの大好きな人の感触を感じるのだった。