ときなの大学も、二人の未来も決まって幸せな日々を過ごす二人。
ときなはもう学校に行く必然性すらないが、絵梨子のほうは学期末ということで忙しく、久しぶりのデート。
卒業後、大学の下宿先に引っ越すまでの間ときなは絵梨子の部屋に住むことを決めており、今日はそのための買い物に来ていた。
「そういえば、先生」
一通り周り終わって、喫茶店でケーキを食べながら尽きることのない話をする中、ときながあることを言いだした。
「ん? なぁに?」
はむ、っと生クリームのたっぷりのケーキをほおばる絵梨子はときなを見つめて早くも笑顔になる。
ときなが幸せそうに結婚指輪を見つめていたから。
実を言えば、ときなが指輪をしているところをみるのは少ない。さすがに、学校で堂々とするわけにもいかず、また寮でも同じことなのでこうして外でのデートでもないとなかなかしてくれないのだ。
だから、そんな姿を見れるだけでも絵梨子は幸せな気分になれた。
「これっていくらくらいしたんですか?」
「指輪のこと?」
「えぇ。そうですよ。もちろん」
「あぁ、え、っと……」
先ほどの幸せな気分から絵梨子は一転して困り顔になる。
(どうしよ……)
この状況は買ったときから心配していたことだった。いつかは来るような気もしていたが、心配だったわりに何にも対策をしていなかった。
「そ、そういうことはあんまり気にしなくてもいいじゃないかしら?」
とりあえず絵梨子はそうしてごまかす。
「それも一理ありますけど、やっぱり気になるので」
終始幸せそうに指輪を見つめ、撫でるときなに絵梨子は嬉しさを感じるもののこの話題の行き着く先が心配にもなる。
(や、やっぱり、怒られたりしちゃうのかしら?)
先ほど買い物するときも、お揃いのパジャマが欲しいと言ったら、もう互いに持ってるからいいと言われたし、ペアになってる食器をそろえようと言っても、必要ないと怒られたし、ときなの好きなお菓子を買ってあげようとしても、今日はそういうものを買いに来たんじゃないとたしなめられたし、ここに来る直前夕飯後のスイーツを買おうとしたらこれから喫茶店に行くからダメと言われていた。
「なんですか黙っちゃって」
あまりに絵梨子の返答がなかったせいか、ときなはじとっといぶかしげになる。
(あ、ときなのこういう顔もいいな)
ともちろんそんなことを考えている場合ではなくて
「え、っと、その……」
「もしかして、言えないほど安いとか?」
「そ、そんなことはないわよ! というか、その……ふ、普通は三か月分とか、言うし、でも、私はその、普通じゃなくて、もっとって思ったし、別にお金をかければいいってものじゃないっていうのはわかってるけど、でも……」
「つまり、いくらなんでしょうか?」
「…………ひゃ、……百万円」
「……………」
(あ、ときな驚いてる)
めずらしく本当にびっくりしたときの顔。なんでも涼しい顔でこなしてしまうときなにはめったに見れない顔だ。
(ぜ、絶対怒られるよ……)
ときなって無駄遣いするといつも怒るもん。ちょっと無駄なものを買うだけでいつも怒られてるもん。
(でも、しょうがないじゃない!)
数秒後ときなに呆れられるか、怒られてしまう自分を想像し、その中でそう反論する。
気持ちをお金にしようとしたわけではないが、【本気】を込めるには安いよりも高いがいいと考えるのは自然。それが、社会人三年目の絵梨子にとっては重すぎる出費だとしても、そんなことよりもときなへ気持ちを伝える力になってくれる方が大切だったから。
「?」
おそらく、最初はため息がくるなと考えていた絵梨子はすでに叱られた子供のようにうつむいていてときなを見ておらず、何も言われないことにようやく顔をあげて。
(!!?)
先ほどのときなと同じように驚いた表情を浮かべる。
なぜなら、
「と、ときな……な、なんで泣いてるの?」
結婚指輪に触れながら、大切そうに触れながらときなは大粒の涙を流し始めていた。
「な、なんでって……ひく、そんなこともわからないんですか?」
「え? え?」
「っ、嬉しいからに決まってるじゃないですか。ひっぐ、お金じゃないって、わかってます、けど……でも、そんなに先生が私のことを想ってくれてたのが……嬉しくて」
「ときな……」
「……大好きです。先生」
怒られると思っていた。呆れられると思っていた。
だけど、
(……こうしてもらえるのが、一番うれしい)
一番言ってほしいことを言ってくれる。
……ときなでよかった。ときなを好きになってよかった。ときなに想ってもらえてよかった。
絵梨子は心からそれを想いながら
「私もよ。ときな」
これから先何度も何度も思うことを伝えた。
「……はい」
まだまだ涙を流すときなは幸せそうに絵梨子の言葉を噛みしめ、絵梨子はそんな世界で一番幸せな顔を見つめる。
(愛してる。ときな)
それを思いながら絵梨子はときなに想いを馳せた。
二年前、ときなと出会い。ときなを知り。ときなに救われ、ときなを救い、恋人となった。
一年前、蜜月の中過去の過ちと未来への不安から関係への戸惑いも生まれ、それを乗り越え、絆を深めた。
最後の一年。ときなの卒業の年。色々なことがあった、大好きを伝え合った。幾度の夜を過ごし、朝を迎えた。愛を確かめ合った。
それでも、いやだからこそときなは別れが不安で、すべてから逃げ出そうとした。
それは絵梨子も同じではあった。逃げたくもなった。不安にもなった。でも、そんな不安よりなによりときなと離れることが嫌だった。
ときなを大好きで、大好きで、誰よりも愛していたから。
だから、永遠を望み、誓い合った。
この結婚の結果はまだ出ていない。
この結婚が二人の未来を幸福なものとするかは決まっていない。
それはこれから二人で作るもの。
平坦な道ではないかもしれない。くじけそうになることもあるかもしれない。
それでも、二人は手を取り合っていく。互いを支え、導き、二人で同じものを見つめ、同じ道を歩いていく。
そして、その人生の終わりにきっと二人でその道を振り返り、
一緒に歩けて幸せだった。
そう思うことができるだろう。
(……ううん。して見せるわ。絶対に)
ときなと一緒に。
「…………」
絵梨子は幸せに感極まり、うっすらと涙を浮かべ心から愛おしそうに指輪を抱くときなを見つめた。
絆を抱きしめるときな。
その姿は、二人の輝ける未来を象徴するものに思えて、絵梨子は一筋の涙を流す。
(……こんな幸せがこれからずっと続くんだろうな)
それを確信すると同時にときなが顔をあげて互いに歓喜にぬれた瞳で見つめあった。
「先生」
「ときな」
胸の内から溢れてくる素敵な気持ち。出会えたことに、好きになったことに、好きになられたことに、喧嘩をしたことに、仲直りをしたことに、結婚をしたことに。
今、ここでこうしていられることに。
それらすべてに今感謝をしている。それを今言葉にしたかった。
それもまた、二人の未来への言葉だから。
だから、伝えあう。
これまでの幸せと。
『ありがとう』
これからの幸せに。
『……ふふ』
照れくさく笑いあう中、ときなの左手の指輪が二人を祝福するように輝いていた。