(ときな……どうして……?)

 週があけた月曜日絵梨子は魂の抜けたように一日を過ごしていた。

 さようならと置手紙をされて一日を置いている。

 当日はときなに携帯に電話もメールもしたが、電話は出てくれることなくメールの返信もなかった。絵梨子は不安に駆られ寮に会いにも言ったが、部屋には鍵がかけられ、

「……今は、まだ何も話したくありません」

 と、それだけをドアの向こうから冷たく言われただけでその後は一切声を聞かせてくれなかった。

「……なんでよ……」

 ときながいるクラスとは別の二年生の授業を終えその廊下を歩く絵梨子は朝から、いや昨日から何故急にときなに嫌われてしまったのかを考えるがその明確な答えは一切出てこない。

「あ……」

 おぼつかない足取りをしていた絵梨子の足が止まる。

 前から生徒会で一番髪の長い生徒がいたからだ。

「ときな……」

「……………」

 だが、生徒会副会長は絵梨子を一瞥することすらなくそのまま絵梨子の横を通り過ぎていってしまった。

(……なんで。どうしてなのよ、ときな!!

 追いかけてその問いただしたい衝動を抑え絵梨子は、何故こうなってしまったのかを必死に考えようとしていた。

(やっぱり、あれ?)

 昼休みになりたまにときなと昼食を取っていた中庭のベンチで絵梨子は一人昼食を取りながらときなが怒ってしまった理由を考えていた。

 考えられるのは進路相談から逃げてしまったこと。

 話を打ち切ったのはときなの方だが、同時にときなは手を引かれるのが好きとも言っていた。

 つまりときなは絵梨子がもっと積極的に卒業に関することを話し合ってくれるものと期待したのではないだろうか。

「けど……」

 その一応納得をさせられる理由に思いをいたらせるが絵梨子は箸を止めてしまう。

 ときなが本当にそれ望んでいたとして、絵梨子がその話題から逃げたのをときなが不満を持ち、怒ったのだとしても、ここまでされてしまうほど怒りを買うとは思えなかった。

 もちろんときなは少なからずそのことに対し不満を持っているのは間違いないだろうが、それが嫌いということとイコールでは繋がらないだろう。

「……今は、か」

 ときなの部屋を拒絶させたときのことを思い出し絵梨子はその言葉を心につっかえさせた。

 今はまだ話したくないといっていたはず。

 つまり、ときなは時間を欲しがっている。だからこそ、今日も無視をしたのかもしれない。

 ときなはまず自分なのだ。最初に何でも自分で解決しようとする。

(まだ、完全に嫌われたわけじゃない、よね?)

 ときなも自分で整理したことがあるのだ。それが何かは今はまだわからないがときなも少ししたらきっと話をしてくれる。

 そう願望を抱き絵梨子はときなのいない生活に耐えるのだった。

 

 

 理由のわからぬままときなを怒らせてしまいすでに一週間が過ぎようとしていた。

 ときなとは話していない。月曜日に偶然廊下であって以来何度か絵梨子から挨拶程度をしたことはあったがときなは相変わらず絵梨子を無視していた。

 絵梨子に限ったことではないだろうが、好きな人に嫌われ気丈に振舞うのにはやはり限度がある。

 毎日ときなが今日も何も話してくれなかったと思うたびに心が磨り減ってきていた。このままでは心がもたくなってしまうと感じた絵梨子は週の終わるこの日こそ、ときなときちんと話をしようと思い、仕事が終わったらときなの部屋に会いに行こうと考えていた。

 しかし、それを行動に移すのが少し遅かった。

「桜坂先生、少しよろしいでしょうか?」

 放課後になってすぐに職員室へとやってきたときなは絵梨子を前に来て笑顔でそう告げた。

「なに、かしら……?」

 笑顔はしている。だが、それを単純にときなの機嫌が治ったとはどう考えても思うことができない。ときなは顔こそ笑顔であるが、その仮面の裏には冷たいものがあることはおそらく絵梨子でなくてもわかることだった。

「お話したいことがあるんです。お時間よろしいでしょうか」

「え、えぇ……」

「じゃあ、こっち、きてください」

 絵梨子はときなに招かれるまま生徒会室へとつれてこられた。

「……今日、誰も来ませんから」

「……そう」

 ときなは西日を差し込んでくる窓を背にして立ち、絵梨子は眩しさにときなから目をそらしてしまう。

「……………」

 それからなぜか沈黙が訪れる。

 絵梨子はときなこそ話してくれるのだと思っていた。だからこそ、絵梨子は黙っていたのだがそれもときなの反感を買うことになる。

「……何も、言ってくれないんですね」

「え?」

「……私と話すことなんてありませんか?」

「ちょ、ちょっと待って何言ってるのよ。ときな」

「ときなって呼ばないでください」

「っ!!

 今までとは違う言い方。

 今は【ときな】と呼んでいい時間ではない。しかし、それをときなが注意するときは朝比奈さんと呼んでといっていた。だが、今の言い方はときなと呼ばれることを嫌がっているように聞こえた。

(っ……)

 逆光を受けたときなの表情は読み取ることはできないがいいし得ぬ圧力を発していた。

「……先生から話してくれるなんて無理な話なのはわかってるつもりですけど。でも、この一週間先生は私と本気で話そうって思いましたか? どうして、私がさようならって手紙に書いたのか、わかってくれようとしましたか?」

「そ、それは……ときながまだ話したくないって言ってたから」

「えぇ。話したくないですよ。考えたくもない」

(何……? 何なの? どうしてときなはこんなに怒ってるの?)

「先生……大学の頃付き合ってた人がいるって言ってましたよね?」

「え……?」

「その人、柚子っていうんですか?」

「っ!!!!!??

 驚きのあまり声を上げることもできなかった。考えられるはずもない今ここで【柚子】の名前が出てくるのを。

 だが、ときなにはその反応だけで十分だった。

「柚子さんのこと、先生が嫌いになったから別れたんですか?」

「なんで、柚子の、こと……」

「……そんなわけないですよね」

「っ!!?

 わからない。まるでわからない。

 何故ときなから昔の恋人の名前が出てくるのか。何故、嫌いになって別れたんじゃないということを看破されているのか。

 わからないが、ときなから伝わってくる負のエネルギーがそのまま絵梨子の不安へと変わっていく。

「先生は今もその人のことが好きなんじゃないですか?」

「ど、どうしたのよ、ときな、なんで……」

「質問しているのは私です」

「っ」

 混乱していたとはいえ正直に答えるべきだった。今でも、好きではあるということ答えだとしてもそれをはっきり言ったほうがまだときなの火に風を吹き込むことにならなかったはず。

「………………」

 だが、狼狽し何も言えなかった絵梨子にときなの火は炎をなる。

「そうですか。好き、なんですか……」

「そ、それは……あの、ときな……」

「ときなって呼ばないでください」

「っ。ときな………」

「というか、当たり前ですよね。寝言であんなこと言うくらいですもんね。未練があるってことですよね。つまり、私は柚子さんの代わりでもさせられていたんでしょうか」

「そ、そんなこと、あるわけない、じゃない……」

「…………自分で強引な論法をしていることはわかっていますよ。だけど、相談事を無視されて……しかも一緒に寝てるのに柚子さんの名前を呼ばれたら……そう思いたくもなるじゃないですか!

 うろたえながらも絵梨子はときなの言葉に心当たりがあった。卒業を意識させられたあの日、【柚子】を思い出していた。その日はときなの前でそのことを気にする素振りを見せたつもりはなかったが頭の中にはひっかかったままで。

(っ! あの、夢……)

 いやな夢を見た。それは柚子に関すること。

「違う! ときな、話を聞いて!

 落ち度があった。無意識だとしても、いや無意識だからこそときなを傷つけてしまった。だが、それを弁解できる理由はある。少なくとも絵梨子にとってはちゃんと話しさえすればときなも納得してもらえることだと思えた。

「…………やめてください」

 しかし、必死に訴えようとした絵梨子の気持ちの穂先をときなは冷たい声でへし折った。

「今は……何を聞いてもいいわけにしか思えませんから」

 それはまだときなの気持ちが絵梨子へと向いている証左でもあるが。

 今の絵梨子には心臓に矢を打ち込まれたような衝撃だった。

「……やっぱり、少しの間距離置いたほうがいいですね。とても冷静に話なんか聞けませんから。では、失礼します」

 夕陽に照らされ真っ赤に燃えているようにも、背後の光が強すぎて闇に溶けているようにも見えるときなは絵梨子の横をあっさりと通り過ぎていった。

「ときな…………」

 呼び止めることもできなかった絵梨子はときなの名を呼び、この一連の自分を後悔するのだった。

 

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