互いに大切な相手のぬくもりを感じながら絵梨子とときなはベッドに横になっていた。
「……すぅ、くぅ」
絵梨子はすでに寝息を立てており、ときなは
「……………先生」
複雑な表情で絵梨子の顔を眺めていた。
この日、相談をして以降はたまに絵梨子の部屋に来るときと同じように二人は幸せな時間を過ごした。しかし、二人にかもしれないが特にときなは触れてもらえなかったことを寂しく思っていた。
(……どうして、何も言ってくれなかったんですか?)
話を打ち切ろうとしたのはときなであるがそう思わずにはいられなかった。
個人として以前に教師として年長者として絵梨子には言うべきことが合って当然のはずなのだ。
しかし絵梨子は何も言わなかったどころか目の前のときなを忘れ別のものを見ていた。少なくてもときなはそう感じ、それは
正しかった。
「っは…ん……」
「っ?」
絵梨子は突然うなされるようにうめきを上げ、
「……柚子……ゆずぅ……どう、して……ん……」
「!!??」
聞いたことのない名をもらした。
(……柚子?)
知らない名前だった。全生徒の名前を知っているわけもないし、教師にいたっては下の名前を知っているほうが少なくはあったがそれでもときなは絵梨子が天原の人間を呼んでいるのではないと確信していた。
(っ!! 先生……)
【柚子】が誰なのか不安になっていたときなは絵梨子が眠りながら涙を流したことにさらに動揺を拡大させる。
「柚子、…いや……な、んで……私は、ずっと、柚子の、こと………」
「っ………」
(なにそれ!!)
大声でそう言ってしまいそうな心をときなはどうにか抑えた。
(今先生のそばにいるのは私なんですよ!? なのに……なんでそんな誰かもわからない人の名前、を……)
誰かもわからない?
本当にそうだろうか。いま一瞬頭をよぎった不安に証拠などありはしない。しないが、
児童演劇やってたころの後輩で、ときなとは違う感じの美人だったよ。
別れたよ。
……内緒。
絵梨子とのはじめての夜。その時は自ら聞きはしたが覚えていたくもないことの引き出しから飛び出してきた。
「私は…………」
(本気だったんですよ。卒業して先生と離れ離れになったらどうなるんだろうって怖くて……なのに先生は……)
何も言ってくれないどころか、別の相手を呼ぶ。
ギリっと、悔しさと怒りにときなは奥歯をかみ締めた。
絵梨子はそれ以降寝言をもらすことはなかったがときなはベッドから出ると眠れない夜を過ごした。
「ん……あ……ん」
カーテンの隙間から漏れる光に絵梨子は朝の訪れを知って、意識を覚醒させる。
「あー、…ぅん」
絵梨子は寝起きが良い方ではなくどうにか目を開けたあとぼやけた視界で天井を見つめた。
(なんか、嫌な夢を見ていたような……?)
夢自体はっきりとしたものだったような気がするのに、目が覚めてしまったら、嫌な夢を見たという記憶だけが絵梨子には後味悪く残っていた。
「あ、れ……?」
絵梨子はふと横を見て、いるはずの相手が隣にいないことに気づいた。
「ときな………?」
いない。
いつも一緒に眠ればたとえときなが先に起きていようが、絵梨子が起きるまでその寝顔を眺めることがほとんどなのに。
今は隣にいないどころか部屋の中にいるような気配がなかった。
「ときな……?」
わけもわからぬまま絵梨子はベッドから抜け出すと玄関に向った。
「……ない」
予想もしていたがときなの靴がないのを確認しつぶやく。
(なん、で……?)
まるで理由のわからぬまま絵梨子は部屋に戻っていくと、昨日一緒に作った夕飯を食べたテーブルに一枚の紙が置かれているのに気づいた。
「っ!?」
それを手に取った絵梨子は書いてある文字にいいし得ぬ恐怖を覚えた。
そこには間違いなくときなの整った筆跡で、【さようなら】とだけ書かれていた。