「ふあ……さっむ」

 途中、また逢引をいくらか見かけながら屋上へとやってきた絵梨子はまずそう呟く。

 それから何をするわけでもなくフェンスに寄っていって周りを見渡した。

「……ふぅん」

 そこから見えた景色に絵梨子は感嘆とも取れる声を出した。

 変わった光景だった。

 校舎の方面は月明かりだけで、暗い山の形と校舎の形が薄っすらと浮かぶ神秘的にも不気味にも見える光景。

 反対側は気のせいか昼かよりも少し遠くに感じる町並み。なんの変哲もない地方都市であるこの町は光源こそ少なくないが、宝石をちりばめたようなとか、くどき文句を出せるほどの景色ではない。

「……はぁ」

 自然とため息が出てしまった。これからときながここに来てくれるというのは嬉しいのだが、やはり予約を取っていたホテルだったら……などという妄想は尽きない。

「これだってもっと……」

 そう言って見つめるのはポケットに忍ばせていたときなへのプレゼントを見つめた。

 それは今は長方形の箱に包まれているが、中身はエメラルドグリーンのイヤリングだった。

 予定通りならばこれをホテルの薄暗くした一室で、窓際にキャンドルの明かりを受けながら綺麗な夜景を見下ろして渡すはずだった。

「……はぁ」

 今が嫌なわけは当然ない。しかし、予定通りだったらと考えると残念さはぬぐえずため息も出てしまう。

 もっとも、ホテルの部屋まで予約していたことはときなには話していないし、ときなの性格からすればそこまで来てくれない可能性もあったが。

「って、そんなこと考えても仕方ないわよね」

 いちいち自分にとって都合のいい予定ばかりに縛られていたら前になど進めない。ここはこれから訪れるときなとの今を大切にするべきだ。

(とは、思うんだけど……)

「うぅ……寒い」

 食堂から直接ここに来たためコートなどの防寒具は一切ない。まだ来てから数分とはいえ早くも体温が奪われてしまう。

(ときなぁ、早く来てよぉ)

 などと白い息を吐きながら弱音を心に押し止めていた絵梨子だったがその時はすぐに訪れてくれた。

「はぁ……お待たせ、しました」

「ときな」

 それにすばやく反応して絵梨子はときなの元へと小走りをする。

「すみませんでした、遅くなってしまって」

「ううん、大丈夫」

 ときなの近くに寄った絵梨子は少し違和感を感じる。

「っ、はぁ、どうか、したんですか?」

 少しときなは苦しそうだった。それは風邪とかそういうものではなくて、少し息が弾んでいるような、

(そういえば、さっきも……)

「もしかして、走ってきてくれたの?」

「っ!?

 ときなはそれを悟られたくなかったのか、一瞬明らかにまずったという顔をした。

「……わ、悪いですか」

「え、わ、悪くなんて全然ないけど、どうしてかなって」

 自分がときなの立場であったのなら一秒でも早く相手に会いたいと全速力にもなってしまうかもしれないが。

「……いわなきゃわかりませんか?」

「え?」

 ときなは少し前までまずいという顔をしていたのに今は一点して不機嫌に見えた。

「そんなの、早く先生と会いたかったからに決まってるじゃないですか」

「へ!?

「な、なんですかその意外そうな顔は」

「あ、っと……ときながそういう風にいってくれるの珍しいから」

「く、クリスマスなんですよ。恋人と早く二人きりになりたいのは当然じゃないですか」

(ときな……可愛い)

 何よりもそう思う。普段はクールに振舞っていながらもこうして素直な気持ちをくれる。前から世界で一番可愛いと思っていたがそれを一層強めた。

 絵梨子は嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。

「っ〜……もう知りません! はい! これプレゼントです」

 それが気に食わなかったのか、ときなは恥ずかしさに顔を染めながら半ばやけになって絵梨子に包みを渡してきた。

「ふふ、ありがとときな」

 まだ中身をあけてもいないが、絵梨子は幸せに包まれていた。

 ときなはクリスマスなんか興味がないと思っていた。十二月に入っても、特にそういう話題を出してくれた事はないし、この前の絵梨子の暴発のときも素っ気無い感じで、あの時にわざわざ恋人といってくれたのは気を使ってのことだとすら考えてしまった。

 浮かれていたのが自分だけでないとわかるとどうにも頬が緩むのを止められない。

「ときな、はい。これわたしからもプレゼント」

「あ、ありがとうございます」

 ときなにいつもの余裕はなく、普通の女の子ように頬を赤らめ照れながら好きな人からのプレゼントを受け取った。

「あけても、いいですか?」

「うん、もちろん」

「あ……」

 絵梨子の言葉をうけて包みを明け、小さな箱を開いたときなは無意識に歓喜の声をあげる。

「ときなに似合うかなって思って。ときなって大人っぽいしさ」

「付けてみても、いいですか?」

「うん。あ、つけてあげようか?」

 ときながイヤリングをつけたことがあるかまでは知らないが、そんな感じはしないし、なにより自分で付けてあげたいという気持ちがあった。

「じゃあ、お願いします」

 そういうときなからイヤリングを受け取ると絵梨子はときなの耳へ手を伸ばす。

 さらさらなときなの髪の感触を、両耳へとイヤリングをつける。

「んっ……!

「あ、痛かった?」

「いえ、ちょっとゾクっとして」

「そう、自分でする?」

「いえ、先生にしてもらいたいです」

「……うん」

 頷いて離れていた体を寄せるとまたときなの耳に手を伸ばす。ときなは早く終わらせてもらいたいかなと手早くするつもりだったが。

「ん、……んん……」

 ときなはそのわずかな間にも体を走る感覚を耐えるような仕草をした。

(……ちょっといたずらしたい、かも)

 などと邪なことも考えるがそれはまたの機会にしておこうとあえぐときな相手に理性を保ちながら作業を終えた。

「うん。できた」

「どう、ですか?」

 ときなは髪を掻きあげイヤリングを露出させる。

 月だけが照らす屋上ではイヤリングの色が映えないかとも思ったが、月明かりを受け光るイヤリングは幻想的でもあって、ときなの雰囲気に合っていた。

「可愛いよ。とっても」

「綺麗って言って欲しいですね」

「そ、そう?」

「大人扱いしてもらいたいものです。こういう時は」

(あ、いつものときなに戻っちゃった)

 残念ではないのだが、さっきのときなはあまりに可愛かったのでもっと見ていた駆ったと言うのも本音だ。

「ね、私もあけていい?」

「あげた時点でそれは先生の何ですから、好きにしてください」

「……えぇ」

 こういう可愛くないところがやはり可愛い。

「わぁ……って、あれ?」

 ときなから受け取った包みに入っていたのは手袋だった。

(……………)

 そう、まぎれもなく手袋。暖かそうな毛糸のものだ。手作り、だろうか。

 だが、なによりも着目するべきは。

「あ、えっと……」

 一つしかないことだった。普通、というより手袋が片手分しかないのはおかしいと考えて当然だ。

(……ときなに言ったほうがいいのかしら?)

 だが、もしときなが気づいていなかったのならこの場でいうべきではないかもしれない。

「それ、最初から一つしか入ってませんよ」

「え!? そ、そうなの?」

「はい」

(はいっていわれても……)

「えっと、理由、聞いても、いい?」

「……だって、そんなことしなくても私がいるじゃないですか」

「え?」

「鈍いですね。こういうことです」

 そういうとときなは絵梨子の手を取って指を絡めてきた。

「こうしてれば手袋なんて必要ないじゃないですか」

「あ……ときな……」

 暖かな手。ときなの手はいつも絵梨子よりも冷たい。しかし、この時は心の熱が伝わっていたのか、絵梨子がただ冷えていただけなのかものすごくときなの手が暖かく感じた。

「ときな……」

 絵梨子は情のこもった声で手を繋いだままときなの体を抱きしめると、ときなもそのまま体を預けてきてくれた。

(……幸せすぎかも)

 ときなとの初めてのクリスマス。はじめはホテルでロマンチックに、なんて考えていたけどやっぱりどこでではなくときなといられることそれが絵梨子の幸せだった。

 そんな幸せの絶頂感じて思わず涙すら浮かぶそうになる。

「…………」

 しばらくはそうしてお互いに相手のぬくもりを感じあっていたが

「なんて、間に合わなかっただけなんですけどね」

 ときなはいきなりそう告げると、あっさりと絵梨子から離れ、指も解いた。

「へ!?

「ああいえば誤魔化せるかなって思ったんですが、やっぱりそういうのはよくないですね」

(うぅぅぅう……)

 照れ笑いをするときなとは対照的に絵梨子がくらったダメージは思いのほか大きい。さっきとは別の意味で泣いてしまいそうだ。

「さて、あんまりこんなところにいると風邪引いちゃいますね。そろそろ戻りましょうか」

「え、も、もう?」

「そ、そろそろみんな食堂に戻り始めてましたからいなくなってると目立っちゃいますよ」

「……はぁい」

 もう少しどころか一夜一緒に過ごしたいと思っていたかったが、ときなはやはり周りの目を気にするようだし。ときなの可愛いところは十分に見ることはできた。

 名残惜しいが……

(でも……やっぱりもっと一緒にいてくれたっていいのに。クリスマスなんだし)

 ときなだってさっきまでクリスマスを意識してくれていたのにいきなり素っ気無くなってしまった感じだ。

「ほら、先生。いきましょ」

「あ……」

 しかし、絵梨子が動き出さずともときなはすでに屋上の出口の前に行ってしまっていた。

「はぁ……」

 しかたなくとぼとぼとときなと一緒に屋上から出て行く絵梨子。

 傷心状態でそのままときなの先を歩いていってしまう絵梨子は

「……やっぱり、恥ずかしすぎ」

 ときながもらした本音を聞きそびれてしまうのだった。

 

2/三年生

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