絵梨子の心の天秤は揺れ動いていた。

 今すぐにでもときなときちんと話をしたいという気持ちと、ときなの言う通りにしばらくときなとの距離を保とうとする気持ち。

 それはどちらもが正解であるかもしれないが、どちらとも不正解になる可能性も秘めている。

 過去に、ときなの前の恋人である柚子のときには追いかけることができず、その後もまともに話をできなくなってしまった。

 ……大学を卒業する頃には友達とすら言えない間柄だった。

 だから、後悔をした。仮に柚子との間に別れという選択肢しかなかったとしても、絵梨子の気持ちはどこに向けられることもなく絵梨子の中に曇り、薄れ、しかし消えることなく今でも絵梨子の心の様々なところに漂ってしまった。

 柚子と話していればこの中途半端で、抱えているだけで重荷で気分が悪くなってしまうような気持ちは存在しなかったかもしれない。

 このままときなと別れが来るなどとは思いたくないが、今のままではまた捨て去ることのできない気持ちを抱えてしまうのかもしれない。

 それは絵梨子にとって辛いなどと一言で済ませられるようなものじゃない。

 しかし、柚子の時は柚子だけだったのに対し、ときなと話をする際には話はときなのことだけじゃなく、柚子に関しても話さなければいけなくなるだろう。

 それも……未練があったということも。すべてを包み隠さず伝えなければ意味がない。意味がないが、ときながそんな、昔の恋人に未練があるということを聞いて愉快でいられるはずがない。

(………でも、それはどっちも同じか)

 このまま話もせずに別れることにでもならない限りは……ときながこのまま絵梨子を拒絶しない限りは、いや、拒絶されたとしても絵梨子はときなを話をしたいと願っていた。

「……はぁ」

 しかし、願ったことを素直に実行できるのなら誰も苦労しない。

 絵梨子は何度も何度も深いため息をこぼしていた。

「………………」

 そして、そんな絵梨子を見つめる一人の生徒。

「……はぁ」

「……………」

 こじんまりとした生徒会室で二人きりのその生徒はため息ばかりをつく教師を見つめては興味深そうに見つめている。

「ふぅ……」

「えりちゃーん?」

「……はぁ」

「……えりちゃーん」

 見かねたというか好奇心に耐えられなくなった祀はポン、と絵梨子の頭叩く。

「っ!? 水無月、さん?」

 そこで絵梨子はやっと祀の存在の気づいたといったといわんばかりの顔をした。

「どしたん? さっきから、っていうかこのところおかしいけど」

「え、いや、そんなことは……」

「……ま、ときな絡みなのは間違いないんだろうけど

「え?」

「別に、なーんでも」

 何か言われたということは理解していても今の絵梨子はまともに会話すらできない状態で核心をつかれたことに気づかない。

「あ、そ、そんなことより水無月さん、推薦決まったらしいわね。おめでとう」

 話しかけられておいて、会話があれだけというのもそのおかしいというイメージを促進させてしまうだけなので絵梨子は祀にかんし思いついたことを口にする。

「……それ、三日前の話だけど……。ま、ありがと」

 ちなみにその三日の間に祀とは会っている。

「あ、えと……ごめんなさい」

「謝んなくてもいいけど。でも、ま、大学決まるとそろそろ卒業のこと考えちゃうよねー」

「っ!?

 祀としては何気なくいった言葉であろうが絵梨子はある意味今の状況を作る原因ともなったその言葉に反応する。

「そ、そうね」

 動揺を見せる心で絵梨子は少し物悲しそうに生徒会室を眺める祀りを見つめる。

「……や、っぱり寂しい?」

「ん? なにが?」

「その、卒業、したら、友達、とか、仲のいい人と会えなくなるでしょ?」

「あー、そういうことですか」

 質問の答えは決まっているはずだ。こんなことを聞けば、誰もが寂しいと答えるに決まっている。

 しかし、

「んー、あんまそうでもない、かな?」

「え?」

 小柄な会長の言う事は異なっていた。

「け、けど、別れたくない人だっている、わよね?」

「そりゃ、まぁ。いるけど、でも、別に会えなくなったって関係が変わるわけじゃないし……あー、うそうそ寂しいは寂しい」

 口ではそういうものの、あっけらかんとした祀に絵梨子は現実感をもてないでいた。

「寂しいけど、そんなこと言ってもきりがないじゃん。あたしは、離れたって友達は友達だって思うし、お互いがそう思えば別にそんなに気にすることじゃなくない? つか、あたしはそんなのに気を取られて、今が楽しくなくなるのが嫌」

「っ!!

(………そう、よね)

 何も期待していなかった会話。

 しかし、伊達に会長になったわけでもないと思わせるような言葉に絵梨子は探していたものを見つけたような気がした。

 祀の言うとおりだ。

 会えなくはなる。それは、友達でも恋人でも家族でも絶対のことだ。大げさに言ってしまえば人は必ず死ぬのだから。

 大切なのは別れに怯えることじゃない。

 それを見つめ、二人でそれに立ち向かうことだ。

 複雑な思考をしようとも、ここままときなと別れたくないという自分がいて、伝えなければいけないことがある。

 ならばときなにそれを伝えることを怯えてはいけない。

 そもそもときなになんら非はないのだから、ときなに歩み寄る責任は絵梨子にあるのだ。

 それに勝手かもしれないが、やっぱりときなは絵梨子に向かってきてもらいたいと願ってると思っている。

 だから、

(待ってなさいよね、ときな)

 

 

 自分勝手とも思える決意をした絵梨子はときなへ積極的に向うようになった。

 朝校門の前で待ち伏せをしたり、休み時間に無理に会いに行ったりはしないが、偶然見かけたときには必ず声をかけ、放課後迷惑にならない程度には会いにもいっていた。

「ときな」

 今は偶然廊下で見かけたところだ。

「…………」

 ときなは今もまだ話を聞いてくれたことはない。

「っ……」

 しかし、最近では絵梨子が声をかけてくるたびにせつなそうに顔を背けるようになり、最初の頃のような冷淡な印象はなくなりつつあった。

 それがどういう心の変化なのか絵梨子に正確に把握することは不可能であろうが、はっきりとした拒絶を示されていた頃に比べれば確実に絵梨子にとってよいほうに前進していると思えた。

「ときな、今、いい?」

「…………」

 立ち止まってしまったときなに絵梨子は近づくとそう声をかけた。

 これも今までなら出来なかったことだ。最初の頃であればこんなことをする間に横を通り過ぎるか、最悪踵を返されていた。

「いつでもいいから、今度時間を頂戴。ときなとちゃんと話がしたいの」

「……すみません、失礼します」

 だが、まだ絵梨子の望むところまでは到達していなく、ときなはそういってペコリと軽く頭を下げると歩いていってしまった。

 絵梨子は追いかけない。打算をしているわけではないがときなの行動に変化してきているのであれば、ときなに考えてもらうということも必要な気がしていた。

 話がしたいからといって一方的にするのではなくときなにも話を聞いてもらえるようになってもらえなければいけない。

 だから、今はこれでいい。

(でも、あきらめないから)

 ときなと会うたびに決意をしなおす絵梨子だったが、ときなは意外な行動を見せてくることになる。

 

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