互いに思惑は異なりながらも友人となった私達。(彼女はあくまで付き合っていると主張しているけれど)
連絡先の交換をすると、彼女はすぐにデートがしたいと言ってきた。
まだ赤の他人レベルにしかお互いのことを知らないこともあって、ケータイ越しに話をするよりも直接会って話がしたいということらしく、デートというよりは遊びに行くといった意味で私は了承をしたのだけれど
(……なんで私はここにいるのかしらね)
デートの当日。
暦の上では初夏の日差しが眩しく温かいそんな昼下がり。
澄み切った青空の下私は彼女から指定された待ち合わせ場所を見つめていた。
三角屋根で赤レンガの建物。歴史は古く、当時流行った洋風の建築に影響されたことが丸わかりの建物。
私にとってこの街で最も馴染みの深い場所。
市立芦月図書館。
何故か彼女は私の職場を待ち合わせ場所としたのだ。
(買い物行くなら反対側なのに)
それほど大きくない街ではあるが、妙齢の女性が買い物をするようなショッピングモールくらいは郊外にありそもそもそこに行くという話になっていた。
(やっぱりあの人の考えてることはよくわからないな)
変わっているというより謎めいたと言った方がいいかもしれない。
「お待たせ」
私が彼女の意図に頭を悩ませているとその元凶になった相手が、建物の前の庭園からやってきた。
「ずいぶん早いけど、そんなに私とのデートが楽しみだった?」
すみれはであいも変わらず自分中心の考えを述べる。
「そういうわけはなく、出勤するような感覚でなんだか早めに来てしまったんですよ」
元々待ち合わせには早めに来る方だが、職場に向かうとなると性格が幸い(災い?)してから余裕を持ってきてしまったのだ。
「なるほど。少しはわかるわね」
(へぇ)
少し意外な回答だった。自己中心的な彼女でも自分と同じように社会人らしい思考をするのか。
「何? 何か言いたげだけど」
「え……あ、いえ、どうしてここで待ち合わせにしたのかなって思っていただけですよ …っ?」
まさかまともな社会人の様なことを言うとは思わなかったなどと言えるわけもなく私は咄嗟にもっともな質問をしたけれど、彼女は何故か一歩近づくと少し屈みながら上目遣いをしてきた。
「それ、気になるわね」
自分と同じ年頃の女性にされた仕草になぜか胸をドギマギとさせる。
「それって、なんですか?」
「だから、それよ。敬語。私たちは付き合ってるのよ? なのに敬語使われるなんて、まるで距離を置かれてるみたいだわ。貴女が仕事中ならともかく今はデートをしているんだから普通に話しなさいよ」
「えぇと……」
距離を置かれているという表現は的を射ている。
すべての人間にとってそう、というわけではないだろうが敬語とは一種の壁。
そうやって接することである距離を保ち踏み込ませないためのものであることは私にとって否定はできない。
「……まぁいいわ。要は私が貴女にとってそういう存在になればいいんでしょう」
なんて答えるべきは迷う私だったが彼女は自己解決させ、何故この場所を待ち合わせにしたのかという問いに答えた。
「ここもデートのコースになっているからよ」
「え?」
「私貴女のことよく知らないわ。だから教えてもらおうと思って。それに私は文葉の仕事に対する姿勢にも興味はあるし、これからだってここに来ることは多いでしょうから教えてもらいたいのよ。いろいろとね」
(なるほど)
思いの外まともな理由が返ってきたことに驚きつつも私は得心する。少なくても彼女の立場から考えればまっとうな理由だ。
「納得したなら行くわよ。早く私を案内なさい」
理由はともかくもやはりわがままなお姫様のような態度で図書館へと入っていった。
彼女と共に綺麗な木目の床と本棚の森の中を歩きながら相手にこの図書館のことや、司書ならではの知識を披露していく。
「へぇ、本棚のこの百とか二百とかの番号ってちゃんと意味があるのね」
「はい。日本十進分類法と言って、頭の数字でどのジャンルかってわかるようになっているんですよ。図書館の本棚にある本一つ一つに分類番号があってそれに沿って並べてあるんです」
「今まではなんとなくそうなんだろうなとは思ってたけどそういうものだったのね」
「ちなみにそれを作ったの人も森という名前の方ですね」
「ふぅん。といっても私にはあまり興味のない話だけど」
「そう……ですよね」
図書館学を学んでいない人間相手に、私としては珍しく饒舌に話してしまったが彼女は退屈そうな横顔を見せ、やってしまったと落ち込む。
「文葉がそれで少しでも私に親近感みたいなものを抱いてくれるならありがたく受け取っておくわ。文葉が私に興味を持たせようと話をしてくれるというだけで嬉しいし」
そんな私に気を使ってか優しい言葉をかけられる。口説かれているような気分ではあるが、それ以上に私に気を使うということもできるんだと感心する。
その後も日焼けを避けるため本棚が窓辺にないことや、図書館でのイベントごと、表に出ることのない司書の仕事のことなど図書館に縁のない人間には耳にすることのない話をしていった。
「こうして聞くと司書の仕事って思ったよりあるのね。色んなこと知ってるし」
「そうですね。貸し出しをしているだけって思われることも多いですが、この前すみれ……さんに言われたようなレファレンスも仕事の一つです。あとは仕入れる本の選出や、図書館だよりを作って、図書館に来てもらえるようにすることとかもですね」
「なるほどなるほど。中々興味深い話ね」
「…………」
物事に興味をもてないと言っていた割には簡単にその言葉を出すなと内心思う私。
「文葉の話すことだから興味深いのよ」
(……顔には出していなかったつもりだけど)
見透かしたような笑顔をされると心を読まれたんじゃないかという気にさせられる。それも彼女の外見が人間離れしたような感覚をさせるのかもしれない。
ともかくも一通り図書館の中を回り、そろそろ本来の目的である買い物へと向かおうかと口にしようとした私だったが
「あれ、文葉?」
今はあまり会いたくない人間に声をかけられるのだった。
本棚の間から私を呼んだのは数少ない友人である早瀬雪乃。
この日彼女は勤務中で、いないはずの私を見かけ興味ありげに近づいてきた。
「今日休みでしょ。何やってるの?」
「あ、っと……」
デート中だなどとはいえるわけもなく私は目を泳がせながらなんと答えるべきかと思案していると。
「デートで図書館のことを案内してもらってたのよ」
空気を読まずに彼女がそれを答えてしまう。
「あれ? おねーさんどこかで……っていうかデート?」
「そう。デート。文葉とはお付き合いをさせてもらっているの」
「ひゃ!」
当然だと言わんばかりの様子で彼女は私の腰を抱き、細い手を感じながら強く引き寄せられてしまう。
(っ……ちょ、ちょっと)
引き寄せられたことで彼女の甘い香りと思いのほか柔らかな肢体を感じてつい心臓が逸る。
「えーと、よくわからないんだけど」
普段は飄々とし自分の好き勝手に生きている早瀬だが彼女の他者を相手にしないような雰囲気に戸惑った様子を見せる。
「あ、おねーさんが文葉に面白い本を探してって言ってた人か。そういえば友達になったって言ってたっけ」
私からある程度の顛末を聞いていた早瀬は断片的な情報からどうにか今の状況を飲み込む。
対して自分たちの関係を知っているということが彼女は意外なのか、値踏みするように早瀬のことを見つめた。
「貴女は文葉の何?」
どこかとげとげしさを感じるすみれの問い。
「何って、と……」
早瀬は言いかけたけれど、猫のような笑いを浮かべ私へと迫ってきた。
「文葉とはふかーい仲かなぁ。もう付き合って五年だし、一番の親友って言ってもいいんじゃないかなぁ」
最後に「ねぇ文葉」と同意を求めてくる。
「まぁ、ね」
彼女の前で言うのも気が引けたがそれ自体は偽りではなく私は歯切れ悪いものの頷いてしまう。
「……ふぅん」
面白くなさそうなに鼻を鳴らす彼女。
「……ところで早瀬はこんなところで何をしているのよ」
これからデートに行く相手の機嫌をこれ以上損ねるわけにはいかないと早瀬を腕を使って離れさせてそれを問う。
「ん、待ち合わせ」
「こんなところで……あぁ」
「そういうこと。だから、悪いけど早めにここを離れてくれると嬉しいかな」
「ったく。ほどほどにしなさいよ」
相手は誰だかは知らないが、早瀬が【逢引き】をするところだと悟った私は半ば諦めながら窘め、すみれさんにそろそろ行きましょうかと誘う。
が
「私はまだこの人と話をしたいわ」
彼女も私から離れると早瀬へと一歩近づき高圧的な態度で対峙する。
「おねーさんがそう言ってくれるのは嬉しいし、私も話をしたいのは山々なんだけど今はちょっとねー」
対照的に早瀬はのれんに腕押しといった様子で自分より背の高い彼女を余裕のある表情で見返している。
(……相性悪い気がしていた)
彼女のことはまだよく知らないが、早瀬と出会えばこんなことになるような予感はしていた。
「何故?」
「それは後で文葉にでも説明してもらって。ほら、今は【デート】中なんでしょ。私なんかに構ってるよりも二人の時間を楽しんだ方がいいんじゃないかな。でも、そうだね、私と話したいならデートの帰りでいいから、文葉、あおいちゃんのとこ来てよ。今日行くつもりだからさ。あ、朝帰りするつもりなら無理にはいわないけど」
「あおい……?」
「えぇと、私達の友人です。近くのバーに勤めていて」
「ふぅん……まぁいいわ。ならそうさせてもらうから」
「楽しみにしてますよ、綺麗なおねーさん」
(はぁ……)
ひとまずはなんとかなったことに胸をなでおろす私だけど、夜のことを考えると再び気の重くなるような約束をさせられることに心の中でため息をつく私だった。