彼女と向かったのはバスで三十分ほどの郊外のアウトレットモール。

 この街はしがない地方都市ではあるけれどそこに行けば服から小物、電化製品まで大抵のものはそろうようになっている。

 あまり外に出ない私ですら馴染みの店も多い場所。

「そういえば、こんなところだったわね」

 しかしバス停から少し歩きモールの入口に来た彼女は入口の背の高いゲートと、そこから見える所種々多様な店舗群を一瞥していった。

 左右に並ぶそれを物珍しそうに眺める姿には違和感を持たせる。

「あまり来ないんですか?」

「そうね、こういうところで買い物ってほとんどしないから」

(ふぅん)

 まぁ、多くの店が集中しているのが利点なのであって買いものは他でもできるか。

「というわけでここも案内をよろしくね。もっとも特に買いたいものがあるわけじゃないから基本的には文葉の行きたいところに行ってくれていいわ」

「何か買い物があるからここに来たいっていったんじゃないんですか?」

 デートの提案をされたときに確かそういわれたのを記憶している。二人で出かけようと誘われて、見たいものがあるからとここに来ることになったはずだ。

「鈍いわね。私は買い物に来たかったんじゃなくて文葉、貴女とデートがしたかったのよ。見たいものがあるなんてデートのための方便に決まっているじゃない」

「なるほど」

 少し呆れるもののどこか納得してしまう自分もいる。この人であればこの程度のことは言いそうだ。

(にしても、とりあえず機嫌直してくれたみたいね)

 図書館から出るときには明らかに不機嫌で、バスの中でも早瀬との関係について迫られた。

 親友ということは認めたが、もちろん恋人などではなく職場の同期だと伝え一応は納得してくれたようだったけどバスの中ではそれ以降ほとんど会話もなく心配していたから少しは安心だ。

「と言っても、私も特に見たいものがあるわけではないんですが」

 物欲はそれほどある方ではない。一か月ほど前に早瀬と来ていることもあって用があるかと言われれば、ないと答えるしかないのが現状だ。

「そうなの? それは困ったわね」

 彼女は口元に手をやり何か考えるような仕草をする。

 ドラマで刑事とか探偵がするようなポーズ。一般人がすると逆に抜けているようにも見えるが、彼女がすると絵になってしまう。

(……なんだか自分が浅い人間みたいね)

 彼女の外見や仕草にいちいち反応して情けない限りだ。

 などと勝手に自己嫌悪に陥っていると彼女は何かを思いついたのかそうだと声を上げる。

「服を見に行きたいわ。案内しなさいな」

 この人の割には定番の提案だなと思いながら言われた通り彼女を目的の店に連れていくことにした。

 

 ◇

 

 私は彼女を綺麗だとは思っていても外見に惹かれて友人になったわけではない。それでも突出していることは認めており彼女がどんな視点で服を買うのかや、単純に様々なスタイルが見たいとは思い内心気にしてはいたのだけど。

「文葉、持ってきたわ。次はこれになさいな」

 試着室の中にいる私はカーテン越しに彼女の声を聞いてなぜこんなことになっているのかと思う。

 彼女は自分の服を見るのだと思い込んでいたが、彼女は店に着くなり私の服を選びだした。

 買うつもりはないと告げても彼女はそんなことはいいから自分の選んだ服を着ろとすでに何着か着回しをさせられている。

(着せ替え人形にさせられてる気分)

 鏡に映る半裸姿に複雑な気分でいると

「文葉、まだなの?」

 そんな声と共にシャ、っとカーテンが引かれる。

 つまりは

「っ! ……覗かないでください」

 着替えをしようとしている下着姿を見られたということだ。

 取り乱した姿を見せるのが面白くはなく声は必要以上には抑えたと思うけれど

「何慌ててるのよ。ん、あぁなるほど、私を意識してくれるってことね。それは光栄だわ。文葉は私を恋人として意識してくれてないって思っていたから」

「っ、誰相手だってこんなところ見られれば恥ずかしいですよ」

「照れなくてもいいのに」

「……照れていません。いいから閉めて」

「はいはい。とりあえずこれ置いておくわ」

 相変わらず飄々と私の言うことに耳を貸さずに彼女は持ってきた服と私が脱いでおいた服を交換しカーテンを閉めた。

(……はぁ)

 これまで早瀬のことを自己中心的な人間だと思ってきたけど、彼女は度を越している。早瀬の場合は言い方は妙だけれど考えた上で自分の都合を優先させている気がするが、彼女は常識よりもとにかく自分が第一のように思える。

(それが嫌味っぽくならないのは才能かもしれないけど)

「そういえば、文葉って意外に可愛い下着つけるのね」

「っ! ……ふぅ」

 再び困った人だと思いながら私は彼女の持ってきた服を着ることにする。

「またこういう感じのものなのね」

 まずはどんなものかと広げてみてそんな感想を漏らす。

 この服で三着目だけれど、彼女が薦めてくる服は落ち着いた洋装が多い。

 トップスは縦のラインの入った白のセーターにベージュ色のストール。ボトムスは下半身をすっぽりと覆う黒のフレアスカート。

 あまり人に服を選んでもらうなんていうことはないから新鮮と言えば新鮮なのだけれど、どのみち買うつもりはない。

 つまりはほんとうに着せ替え人形をさせられているに過ぎない。

 嫌だというわけではないけれど少女であればともかくこの歳になって他人にそうされるのはあまり愉快ではない。

 そんなことを考えながら彼女の持ってきた服に袖を通す。

 こちらへと戻ってきていた彼女は私の着替えが終わったことを察し今度は「開けるわよ」と確認を取ってからカーテンを開いた。

「へぇ」

 瞬間に、感心したような声。

「なるほど、ね」

 黒曜石の様な瞳を細め、彼女は私の全身をチェックするかのように上へ下へと視線を移動させる。

 先ほどまでにはなかった動き。

(気に入った、ということかしら?)

 値踏みするような視線とどこか満足気な表情で彼女は私を見つめる。

 彼女の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だ。美しさの中にどこか陰があることが多いが、今はそれも感じられず私を一心に見つめている。

 照れてしまいそうな無ず痒さを感じていると彼女は納得したようにうんと頷いて予想外の一言を言う。

「これにしなさいな。タグとかとってもらえばそのまま着ていけるのよね」

「ちょ、っと、私は買うなんて」

「支払いは私がするから気にしなくていいわ」

「そんなことされる理由は」

「付き合っている相手に服を贈るくらいおかしなことでもないでしょう」

「それは、」

 本当の恋人同士であればそれほどおかしくはないかもしれないけれど。

 でも、彼女がどう今の関係を思っていても私にはそんな理由はなく反論の声を上げようとしたところで彼女にそれを遮られる。

「なら、こういっておきましょうか。文葉の為じゃなくて、私が文葉に私の選んだ格好をさせたいのよ。私が自分のためにしていることなんだから、文葉は気にすることないの」

「………」

 それはなんともずるい言い方だ。

 気にすることないということはともかく、言い争いをしても無駄だと思わせる彼女の態度。

「もっとも、文葉が着てきた服は私が預かっているのだから文葉に拒否権はないのだけど。その可愛い下着姿で帰るつもりなら別だけれどね」

「……わかりました」

 良くも悪くも容赦のない彼女の意志にひとまずは折れることにする。

(何かお返しはしないとまずいでしょうけど)

 それすら含めて彼女の策略かもしれないと勘繰りながらもひとまずは彼女の好意を受けるのことにした。

 彼女から初めて贈られたプレゼントを身につけ、私達は次の予定を話し合いながらモールの中をふらつく。

 ドラマや漫画のように誰もがというわけではないけれど、やはり彼女と歩くのは視線を感じるなと思いながらふと彼女を見ると

「? 何か?」

 彼女が何やか嬉しそうにしていることに理由を問いかける。

「似合っているなと思っているだけよ。もともとの素材がいいけど、そういう服だと余計に映えるわね。周りの人が見てくるのもわかるわ」

「この視線は貴女に注がれているんだと思いますけど」

「何言ってるの? 文葉に決まってるじゃない。こんなに綺麗なんだから」

(この人に言われたのじゃなければ素直に喜べそうだけど)

 明らかに絶世の美女という逆に陳腐な言葉すら似あう人に言われても、額面通りに受け取るなんてできない。

「…私なんて綺麗なんかじゃないですよ」

 あまり外見に対して関心を持たない私ですら、彼女の姿に嫉妬に近いものを感じてついそう言ってしまうが。

「綺麗よ」

「っ」

 はっきりと、鋭く空気を割くようなワイヤーのようにピンと張った声が耳に響く。

 強い視線が私を射抜き、心を揺らす。

「文葉は誰よりも綺麗よ。少なくても私にとってはそうだわ」

「っ………―――」

 まっすぐで他に解釈をしようのない強い言葉。そこに含まれている行為に私は

(なに……照れているの)

 嬉しくも面映ゆい感情が心の中に湧き立ち、私はつい彼女から顔を背けた。

 少女ならともかく大人であればわざわざ照れるようなこともない社交辞令だというのに。

「文葉?」

(この人は、わざとやっているのか)

 彼女相手に照れてしまったというのに、彼女は理由がわからなさそうに首をかしげながら顔を覗き込んでくる。

「……なんでもありませんよ」

 彼女に合わせて動揺するもの面白くはなくなんとか彼女から目を背け私は歩き出していった。

 

2−2/2−4  

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