昼間の図書館の案内からモールへ買い物に行って、服を買いお店を見て回り、喫茶店でお茶をして今日予定していた【デート】はひとまず終わる。
本来ならここでお別れの予定だったけれど、一つ気になるイベント。
もしかしたら忘れているかとも少し期待はしたけれど彼女は早瀬との約束をしっかりと覚えていて立花さんのお店に連れていけと私に訴え、気は進まないものの断れる理由はなく彼女を連れていくことにした。
「あれ? 文葉恰好変わってるけどどうしたの。それに眼鏡までしてさ」
バーに入り、私達がよく使う奥の席に向かうとすでに早瀬がいて開口一番にそれを指摘してくる。
「私が文葉にプレゼントしてあげたの。文葉にはこういう方が似合うから。眼鏡も私がかけた方がいいって言ったのよ」
四人席のテーブルで私の隣に座る彼女はそれをどこか誇らしげに語る。
それも彼女特有のわがままというか身勝手にも思えるけれど、一対一で言われるのならともかく他者に伝えている姿は浅慮でどこか子供っぽくも感じられた。
「へぇ、いいじゃない。似合ってるよ、文葉」
早瀬はそんな彼女を気に留めることもなく私にそう述べる。
「一応ありがとうって言っておくわ」
「一応って何。こっちは本音だっていうのに」
「あんたは誰にでもそんなこと言うから軽く感じるのよ」
「ひっどいねぇ」
「そう思うのならまずは自分の行動を見直しなさいな」
テンポよく会話をしていく私と早瀬。それはいつものように二人でここに来た時であれば、なんてことのないやり取りなのだけれど。
今はそうしてはまずい理由が隣にあって
「ねぇ、文葉。注文したいんだけど」
彼女は唇を尖らせながらそういうと私達の会話に割り込み中断させる。
「そうですね。とりあえず何か飲み物と食べ物でも頼みましょうか」
「じゃ、あおいちゃん呼ぼうか。今日はちょっと忙しそうだけど、とりあえず挨拶だけでもね」
早瀬はそういうと席を立って立花さんを呼びに行く。
「本当に仲がいいのね」
残された私はメニューを眺めていると彼女の感情のこもった声が私へと問いかけられた。「昼間も言いましたけど、親友というのは本当ですからね」
ふぅんと彼女は軽く鼻を鳴らす。面白くないという感情が表に出ているのがわかり。それが少し意外だった。
確かに感情的な人間のようには思っていたけれどここまでだとは思っていなかったから。
その発言に何を答えればいいかわからなくなり少しの沈黙が流れる中早瀬が立花さんを連れて戻ってくる。
「こんばんは、文葉さん」
「えぇ、こんばんは。立花さん」
「あ、そちらの方がえぇと、森すみれさんでしたっけ、文葉さんに聞いてた通り本当に綺麗な方なんですね」
「文葉に聞いてた?」
「えぇ、面白い本を探してって文葉さんにお願いしていたんですよね。それで友達になってって聞いています」
「貴女も文葉から聞いてるの」
「……? えぇ。そう、ですけど」
今の会話に彼女を不機嫌にさせるものがあったとは思わないけれど彼女は昼間に早瀬と話をした時のように厳しい雰囲気で立花さんへと接し、それに困惑をする。
「すみれさんは印象的だったので二人には話しているんですよ」
私が横からなだめるようにいうと彼女は「そう」と小さく頷き、黙ってしまう。
その理由がわからず困惑する立花さんに、私と早瀬でとりあえず一通りの注文を行い、ゆっくりしていってくださいと残して去っていく。
その後も彼女は何やら思うところがあるようで口を開くことなく、少しすると立花さんが注文した品を運んできて乾杯となる。
適度にアルコールで喉を湿らせると、少し気持ちも落ち着いたのか彼女が口を開く。
「文葉って結構仲のいい人多いのね」
「そういうわけでは……今日すみれさんがあった早瀬と立花さんがたまたま話す相手だったというだけです」
「そうそう。文葉ってば友達いない方だよ。むしろ私からしたら文葉が新しく友達作ってる方が驚きなくらい」
「余計なこと言わないで」
別に友人が少ないことをそれほど気にしているわけではないけれど、面と向かって言われれば多少は思うところもある。
私が日々を退屈に感じる一因かもしれないとは考えているから。
「……そう。まぁ、友人が多ければいいっていうものじゃないわよね。だいたい文葉には私がいるんだから問題ないわ」
「あはは、愛されてるねぇ文葉」
「……そう、ね」
実際彼女が私をどう考えているのかはよくわからないところだ。本人は恋人というし、頬とはいえキスはされているけれど、普通の恋人とは異なる意味である気がする。
あえて積極的にそのことを聞いては来なかったけれど、早瀬ならうまく聞き出すかしら。
それとも、彼女の方が私と話す時のように一方的に話すのか。
そんなことを考えていた私だけど、テーブルは私が予想したのとは異なる空気になっていった。
最初こそは彼女が早瀬に私との関係やなれそめなどを話していったが
「あ、文葉に聞いてる」
「それ私も手伝ったんだよねー」
「知ってる、文葉が言ってた」
などと彼女の話すことに対してそんな風にあっさりとあしらい、彼女は不機嫌になるかとも思ったけれど
「…………そう」
想像に反して落ち込んでいった。
借りてきた猫、というと言いすぎかもしれないが少なくても昼間早瀬と話をした時や私と買い物をしていたときの気勢はなく口数が少なくなりアルコールをあおることが多くなっていった。
「すみれさんは、休みとか何やってるの?」
「……別に、何もしていないわ。文葉に聞いているんでしょう」
「あー、そ、っか。趣味とかないって話だっけ」
早瀬も昼間の様子から彼女がこうなってしまったのが意外なのかいつもの軽口もうまく機能せず珍しく距離感に戸惑っているようだ。
(らしくない姿ね)
私は彼女の姿にそれを思わずにはいられない。
彼女は私と接してきたとき常に高圧的で、自分が場を支配しているということを自覚しているところがあった。
しかし今の彼女はまるで親戚の家に連れてこられた少女のようだ。
(私がどうにかしなきゃいけないところでしょうけれど)
いわゆる友人を別の友人に引き合わせているという難しい立場であるから、場に対する責任はあることは自覚するものの早瀬のことであればともかく、私が彼女について知っていることは少なく対処の手段も思いつかないでいる。
と、そこにその流れを変える人物がやってきた。
「よければご一緒していいですか」
「あれ、あおいちゃんお店の方は大丈夫なの」
「えぇ。さっき団体さんが帰ったので」
「そう、なら……」
立花さんがテーブルに来たことに私はわずかな安堵を覚える。
職業上彼女も早瀬ととは異なる方向に人と話すのが得意だ。特に話を聞き出すことはより向いている。
その柔和な雰囲気と暖かな笑顔に必要以上のことを話してしまうことも少なくない。
特に私はあまり話術に長けてはいないこともあり、それを期待しようとしたが
「……私は帰るわ」
「え?」
彼女はグラスに残っていたカクテルを一口に飲み干すと荷物をまとめて立ち上がり、会計だと財布から数万円を出し立花さんへと手渡す。
「え、あの……」
そして彼女以外の三人が呆けている間に「それじゃ」と言い残すと足早に店の出口へと向かいそのまま店を出ていく。
「……………」
残された私たちは一瞬顔を見合わせはするけれど、
「行ってくるわ」
それほど動揺はすることなく私は彼女を追いかけていった。