すぐに追いかけたこともあってお店からほとんど離れることなく彼女を捕まえる。

「すみれさん」

 歩くとしっぽのようになびく髪を見せる背中に声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。

「……何よ」

「何と言われても、あんな風に出ていかれたら追いかけますよ」

「私がどうしようと私の勝手でしょ。文葉には関係ないことじゃない」

「【恋人】の私が関係ないってことですか」

「…………」

 私がそういうのが意外なのか彼女は押し黙り、少しは私の話を聞いてくれるのだという空気を見せる。

 その隙を逃さず彼女を近くの公園に連れていく。

 ブランコやジャングルジム、すべり台に砂場と必要なものが一通り揃いながらも、誰もいない簡素な公園の中申し訳程度にある木々の間に設置されたベンチへと座る。

(私は彼女を勘違いしていたのかもしれないな)

 今の彼女は初めて会ったときや私に恋人になれと言ったときの様な内面からにじみ出ていた強さを感じることはなく、まるで少女のようだ。

 どちらが本当の姿かとはわからないが、少なくてもあの強い彼女だけが彼女の全てではないのだろう。

「まずは私から謝ります」

「?」

「今日ここに連れてきたのは軽率でした」

「来たいって言ったのは私よ。なんで文葉がそんなことを気にするの」

「それは……まぁ、そうね。今のは私から引いて見せればすみれさんも話した方がいいかなと思えるための雰囲気作りですよ」

「意外ね、そういうこというんだ。でもそれを口にしたら意味ないんじゃない?」

「意図を説明した方がいい場合もありますよ」

 特に貴女の場合は。と心の中だけで付け加える。

「それで、自分が話したから私も話せってわけ。意外に性格悪いのね」

「否定はしませんよ」

 私の砕けた態度に彼女は気を許したのかいいわと口を開く。

「貴女に仲のいい人間がいるって思わされるのが面白くなかったのよ」

 心のどこかでは想定していた回答だが、予想はしていても意外にも思う。

 確かに私たちは付き合っているということになってはいる。

 関係性を単語だけで表すのであれば、恋人の私に自分よりも仲のいい相手がいればそれは嫉妬もするだろう。

 しかし、私と彼女はまだ出会って一か月と経っていない。

 お互いに、お互いよりも大切な相手も仲の良い相手もいて当然のはずだ。

「まぁ、わかってはいたのだけどね。それに恋人って言ったところで文葉が本当にそう思ってないのは知ってるし、私の好きな格好をさせたり服をプレゼントしたところでそれだけで文葉が私を特別に想ってくれるわけないのは当たり前のことだわ」

(だから、あんなことを……?)

 必要以上に物を贈ろうとしてきたのはおかしいとは思っていたけれど、そこにあった理由が言葉は悪いけれど思いのほか陳腐だった。

 私が自分のものだという独占力の現れと、物を贈ることで関心を買おうする行為。

(傍若無人な人だって思っていたけれど)

 それは私の勘違いだったらしい。(そういう面はあるだろうけど)

 未成熟な少女のような嫉妬に彼女の人間味を強く感じ、これまであまり得ていなかった親近感と庇護欲に私は薄く笑った。

「何よ、その顔は」

 目ざとくそのことに気づくすみれに私は

「なんでもないわよ。すみれ」

 友人と接するように彼女に声をかけた。

「え?」

「何よその顔は、敬語をやめろって言ったのはすみれの方よ」

「理由がわからないって言ってるのよ。昼間私がやめろって言ったときには無視したくせに」

「そうね……」

 人間らしいところもあると知ったら親近感が湧いたというと、はじめに妖怪扱いしてしまっていたこともあってなんだか憚られる。

 私はそんな風に一瞬躊躇したあと

「そういえばすみれは年下なんだなって思っただけよ」

「なにそれ。っていうか貴女の方が上なの? そもそもなんでそんなこと知ってるのよ」

「本を貸す時に図書館のカードを作ったでしょ、その時に身分証見せてもらったじゃない」

「……いいの? そういうのって」

 厳密にはよくないでしょうねと軽く笑う。

 すみれと話している時にはこれまでなかった余裕があることを自覚する。

「すみれ、一つ言っておくわ」

「何よ」

「私に友達がいないっていうのは本当よ。あんまり人といるのは好きじゃないし、休日にこんな風に出かけるのなんてせいぜい早瀬とたまにどこかいくくらい。あおいちゃんとでかけたこともないわ。だから本当は困っていたのよ、今日どうなるんだろうって。というか、実際昼間はあんまり楽しくはなかったわ」

「っ、はっきり言ってくれるわね」

「親近感の現れって思って欲しいわね。あぁ、それはともかく今は来てよかったって思っているわよ」

「なんで?」

「すみれが意外に普通だって知れたから」

「っ」

 そんなことを言われるのとは思っていなかったのかすみれはばつの悪そうに顔を背けたけれど、それもやはり普通なように思えて面白い。

「私はすみれのことを今までどこか別世界の人間ように思っていた。告白されても、あまり現実感はなかったし、なんていえばいいのか、正直つかみかねていたのよね。すみれのことを」

「っ……」

 すみれは急に余裕を持った私の態度に戸惑っているようで有効な反論は出てこず、私の

「でも、今日一日すみれといてすみれのことを……そうね、貴女の言葉を借りるのなら興味が湧いたのよ」

「……何よそれ。私なんかの何に興味が湧いたっていうの」

 私に言われっぱなしだったというのが気に食わなかったのかすみれは少しだけ普段のようにそう強気で返す。

「色々、よ。例えば子供っぽい嫉妬をするところとか、ものを送って心理的な距離を縮めようとするあまり褒められたところじゃないところとか、眼鏡姿が好きなところとか。意外にもろいところがあるところとかね」

「なによそれ。わけがわからないわ」

「わからないなら、それでいいわ。それはこれからわかっていけばいいことなんだから」

 私は彼女との距離を詰めると、彼女へと手を伸ばし、

「だからね、すみれ」

 頬に手を添え

 

「私の友達になって」

 

 と月明りの下で二人の新たな関係を始めるのだった。

 

2−5/三話  

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