「あっはっはっは。それは大変だったねぇ」

 仕事の終わり。いつものようにあおいちゃんのいるバーで食事をしながらすみれのことを話すと、対面の早瀬はそう下品に笑った。

 早瀬ならまだ許される仕草かもしれないが私にはとても真似できないような笑い方だ。

「……笑いごとじゃないんだけど」

 すでにアルコールを取りご機嫌な早瀬とは対照的に私はテンション低めに返す。

「私からしたら笑いごとでしかないなぁ。というか、むしろすみれさんの方をからかおうと思ったんだけど、そんな感じだったんだぁ」

「……あんたの趣味最悪ね」

 早瀬がろくでもない人間だということは知ってはいるが、新しい友人をからかわれたのもこちらまで被害をこうむったのも気に食わず冷たい視線を送りながら目の前のカクテルに口を湿らせ、これ以上の言葉を飲み込む。

 これが早瀬でなければ許せないところだ。早瀬だから許せないところもあるけれど。

「で? 言ったの?」

「これ以上この話続けるなら……殺すわよ」

「そっちが行ってきたくせに」

 私が不機嫌なことをわかっているのにそれでもこうできるのは早瀬だからこそ。

「えっと……そのお二人って……」

 険悪ではないけれど、穏やかでもない雰囲気の中カウンター越しにあおいちゃんは恐る恐るそれを口にしていた。

 軽々しく口を出していい話題ではないのはわかっているのだろうけれど、それでも興味が勝るらしい。

「あ、知りたい? そういえばここに来るようになる前の話か」

「早瀬? 人を言ってることがわからないの?」

 今度は冗談ではなく瞳に力を込めて威圧するように声を発する。

「………はーい。というわけでごめんねあおいちゃん。この話はなかったってことで」

「あおいちゃん、好奇心は猫を殺すわよ」

「……はい」

 事の重大さ(深刻な意味ではないが)を理解したのかあおいちゃんは神妙に頷いた。それでも何か探るような瞳をで私と早瀬を交互に見た。

(……まぁ、この反応を見れば経緯はともかく事実は想像できるでしょうね)

 それはすみれも同じか。

 一応あの場は収められたけれど、すみれがそう簡単に引き下がるとは思えない。

 何かしら対策を考えなければいけないのだけど。

(それよりも)

「あおいちゃん?」

「っはい」

「おかわり、もらえるかしら?」

 まずは余計なことを想像しているであろうあおいちゃんへとプレッシャーをかけてから、

「あと、今日はあんたのおごりで」

「…………文葉の分、半分ってことで勘弁して」

 精神的な被害は、物質的な報いで早瀬に責任を取ってもらうことにした。

 

 ◆

 

 私と早瀬との関係というと少し妖しく聞こえるかもしれないけれど、当事者の私達からすればそれほど深刻なものじゃない。

 軽率に他人に話せるものではないけど、どうしても忘れたいというほどでもないし、それも私の歩んできた人生の一部なのは認めている。

 ……消せるものなら消したいが。

 と、私の心情をともかくもやはり外から見れば気にしないわけにもいかないのかもしれない。

 まして、自称とはいえ恋人であるのなら。

「すみれからね」

 あの事を話してから数日後、翌日が休みということで羽を伸ばしてゆっくりと湯船につかっていた私はお風呂上りにベッドの枕もとで充電していたケータイを確認して呟く。

(……本の続きを読もうかと思っていたけれど)

 休み前の入浴後は眠気が来るまで本を読むのが常だった私だけれど、恋人からの連絡を無視するわけにも行かない。

 私は充電器から外したケータイを取るとベッドに上がって壁を背にしてすみれへと電話をかけた。

 メッセージアプリでやり取りをしてもいいのだけど、すみれは電話がお好みのようで連絡はなるべく通話をするようにしている。

「……………」

 つながるまでの間、クローゼット以外にはテレビと本棚くらいしかない部屋を眺めていると十秒ほどですみれは電話を取る。

「すみれ? 悪かったわね、お風呂入ってて」

 素直に返事をしたすみれに取れなかった理由を説明する。それは何も問題ない発言であったはずだけれど

「ふーん、あの女と一緒にいるから取れないんだと思ってた」

 開口一番に不機嫌さを伝えてくる。

 やれやれ。

 とため息でもつきたいところだけれどそんなことをしていたら余計に不愉快にさせるだけだ。

「あのね、言っておくけど早瀬とはすみれが想像してるようなのじゃないから」

「どうだか」

「意外に根に持つというか、嫉妬深いわね。すみれって」

「好きな相手に嫉妬をしない方がおかしいと思うけれど?」

「それは否定しないけれど……まぁいいわ。ところで何か用?」

 本当にやれやれと言いたいところ。ただこれ以上話していても建設的な方向にはならないと話題を変えることにする。

「あぁ、そうだわ。デートをしましょうって言おうと思ってたのよ」

「デート?」

「えぇ。確か文葉が見たいって言ってた映画明日から公開でしょ。明日私も休みを取ったから一緒に行ってあげるわ」

「それは……まぁ、ありがたい話だけれど」

 確かに以前、すみれと話しているときに今度映画を見たいという話はしたし、一人で見るよりは誰かと見た方がいいのも事実だ。

 ただ別にどうしてもというわけではなかったし、公開日が明日だということも今言われて思い出したくらいなのに。

「何よ、歯切れ悪いわね。私と一緒なのが嫌なの?」

「違うわよ。すみれがわざわざ映画に誘ってくれるなんて意外だって思ってただけ」

「別に映画に興味があるわけじゃないわ。文葉が見たいっていうから付き合ってあげるだけ。それに、どうせあいつとは映画デートくらいしたことあるんでしょ」

「っ………」

 やれやれというか、今度は思わず笑ってしまいそうになった。

 ううん、表情はついにやけてしまっている。

 独占欲は強い上に子供みたいな嫉妬をするというのはわかっていたけれど、

 すみれがこうしたところを見せるのは中々面白いものだ。

 いや、可愛らしいと言ってもいいかもしれない。

「文葉?」

「っ、あぁ。ごめんなさい。それじゃ、デートをしましょうか」

 我ながら少しはすみれのことを理解してきたかなと思い快諾するもののこのデートの約束は思わぬ結果を招くことになる。

 

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