お見舞いということで当然ながら基本的にすることはない。
自分の横に控え無心に本を読む私にすみれは最初は居心地悪そうにしていたものの少しするとなれたのか大人しくベッドに横になっていた。
たまに声をかけられることはあっても積極的な会話をすることはなく、時間は経ちそろそろお昼になっていた。
「さて、そろそろ何か作るわね」
手にしていた本を閉じ、椅子から立ち上がりながらそれを告げる。
「……食欲はないんだけど」
「その気持ちはわかるけど多少は食べないとね。おかゆか雑炊ならどっちがいい? ご飯は朝炊いたのがあるって言ってたわよね」
「…………雑炊。わかめのしょっぱいやつ」
「了解したわ。キッチン借りるわよ」
あっさりと納得してくれるすみれに多少は扱いもうまくなったなとキッチンに向かうと、これも明らかに一人暮らしには広いダイニングキッチンを使い事前にある程度買ってきておいた材料を使ってすみれご要望のわかめ雑炊をこしらえていく。
さっきすみれにも言ったけれど、料理は手慣れたもので初めての場所で器具の場所に多少戸惑いはしたもののそれ以外は特に手間取ることなく料理を行っていく。
(あんまり使ってなさそうね)
途中そんなことを考えながらついでに多分すみれはあまり料理をしないのだろうと勝手な想像をしつつ一通り二人分を作り終えると、すみれの元に運んでいく。
「辛いのなら食べさせてあげるけどどうする?」
「……そのくらいは自分でできるわ」
「そう」
ベッドの上で体を起こすすみれにおぼんと茶碗を渡すと私も隣で膝に雑炊を置く。
「あ、また汗かいてるわね」
「んっ……ちょ、っと」
すでに何度かしていることもあって抵抗はしないもののすみれは居心地悪そうに私に汗を拭かれている。
「思ったよりも汗かいてるわね。ご飯食べたら体拭いてあげるから着替えなさいな」
「……っ」
その一言にガタっと震えるすみれ。
「?」
心なしかさっきよりも顔が赤くなったようにも思えるけれど……
まさか恥ずかしいとでも言うの?
子供じゃあるまいしその程度のことで動じるのは少し意外だ。
「い、いいから食べさせなさいよ。せっかく作ったのに冷めるでしょ」
この時すみれが言ったのはどういう意味なのかよく考えればわかり切ったことだったかもしれないが、私はそれを勘違いして、彼女のスプーンを手に取ると
「はい、どうぞ」
と一口掬ってすみれの元へと差し出した。
「っ。ちょ、っと何よ」
「? すみれが食べさせろって言ったんじゃない?」
「さっきのは、食べるから汗ふくのをやめろって言っただけよ」
「……あぁ」
なるほど、それは確かに私の勘違いだ。
「まぁ、いいわ。とりあえずせっかくだから一口くらい食べなさいよ」
と、口元へと近づけるとすみれは、照れるというよりはばつの悪そうに私をにらんでから前に照れていた髪をかき上げて整った形の唇を開けると雑炊を流し込んだ。
「んっ……ん」
「どう?」
「……んっ……こういう時にそれを聞かれてまずいなんて答えるほどひねくれてはいないわよ」
「すみれなら言いそうなものだけど」
「……普通においしいわよ」
「そう、良かった」
「あとは自分で食べるからスプーンは返しなさい」
こんな時でも強い口調のすみれを可愛く思いながらも素直にそれを渡して後は穏やかに食事を取る。
その間はあまり会話がなかったが、ちらちらとすみれはこちらを見てきて何かしら言いたそうな雰囲気は感じたもののこちらからいうことではない気もしておとなしく食事を終えた私は軽く片づけをしてから、
「……ちょっと、ほんとにする気?」
すみれをベッドの上で脱がせていた。
「ほんとも何もするって言ったじゃないの」
整ったラインをした綺麗な背中。沁み一つなく瑞々しい肌。
汗のせいで湿り気を帯び、熱を持った体はどことなく艶っぽくもあるが、早瀬じゃあるまいし軽率に欲情することなんてなく私は冷静にタオルを持ってすみれの体に触れた。
「ひ、ぁ」
「………」
くすぐったような声にも特に感想を漏らすことなく、私は冷静に彼女の背中の汗を拭きとり、一通り背中を終えると
「ん、と」
「っ!?」
今度は正面に回ってお腹や胸周りにタオルと当てる。
「ふ、みは……」
(結構、らしい下着ね)
黒でレースの入った下着。病気で寝ているのにわざわざ飾り気のあるものにする必要があるのかとも思ったけれど、もしかしてデートということで気を使ったのかと思うと可愛らしく思える。
(……?)
何故か白かった肌が赤みを帯び、汗が浮かぶ。
(熱が上がったのかしら?)
それなら大変だと、私はしやすいように体を固定するためにすみれの腰に手を回すと
「きゃ!」
と、可愛らしい悲鳴と共に体を引かれて距離を取られた。
「ま、前は自分でできる……から」
顔が赤い。
それはおそらく風邪で体が火照っているからじゃないんだろう。
(あぁ、なるほど)
遅まきながらすみれの反応の理由を察する。
すみれは本当に処女なのね。……おとめ、と振り仮名を振らせてもらうわ。
もしかしたらこれまで誰にも肌を晒したことがないのかもしれない。
「このくらいで恥ずかしがってたらいくら勉強したってとても恋人のすること、なんてできないんじゃないの?」
「っ……さ、最低!」
私としては品のないからかいのつもりだったのだけれど、すみれは軽蔑するような表情と声色で私をにらむ。
(……確かに今のはちょっと軽率だったわね)
ただでさえ早瀬との関係を疑われているときにこんなことをすべきではなかったかもしれない。
「ごめんなさい。私が悪かったわ」
言い訳できることなどなく素直に頭を下げるとすみれへとタオルを手渡し、刺激にならないように彼女に背を向ける。
余計に彼女の立てる音を気にしないこともないけれど、私は改めてすみれがあらゆる「経験」のない世間知らずのお嬢様だなという印象を強くすることになった。