そこは葵の町。生まれてからずっと暮らした家。

 葵は今その前に立っている。

「どう、なってるの?」

 確か、車に轢かれたはず。それもこんなところではなく大学の近くで。なのに今、見知った、住み慣れた町に立っている。

(あれ……? そういえば……)

 ずっと住み慣れた家、何もかも知っているはずの庭なはずなのに葵はなぜか違和感を覚えた。

 塀越しに見える庭に記憶にないものがあった。

 いや、なくはない。ただ、最近というよりもここ数年見たことのないものだった。

「どうして……?」

 それは今はなくなったはずの物置。たしか、中学生のときにもう使わないからと取り壊したはずだ。なのに、それが今はある。

 しかし、それを除けば目の前にあるのは葵の家そのものだった。

 混乱した葵は何気なく真崎と書かれた表札をなでていたそのときだった。

「いってきまーす」

 玄関から少女が出てきた。

「っ!!???

 一瞬だけ、それが誰だかわからなかった。

 しかし、次の瞬間にはそれが誰なのか直感的に気づいた。

(わた、……し……?)

 理解不能だった。あまりにも奇想天外なことだった。

 だが、わかる。それが幼い自分なのだと心が感じた。

(なに? なんなの? どうしたの私は?)

 自分はおかしくなってしまったのだろうか。いや、おかしくなったとかそういう問題ではない。ここは確かに自分の町で自分の家だ。それは間違いないはず。

 おかしいのはむしろ、この状況だ。

 なくなったはずの物置に、幼い自分。

 思い返してみれば、上空から見たときも、ここまで歩いてくるときも知っているはずなのにどこかに齟齬があった。

 ばからしい、実におろかな判断ではあるが……

(……タイムスリップ、ってやつ?)

 それ以外に今の状況を説明する単語は見つからなかった。

 車に轢かれてタイムスリップなんて話は聞いたことないが現実……現実がどうかすら定かではないが、確かなのは今自分がそこに立っているということ。

「??」

「っわ!?

 葵があまりのことに呆然としていると、いつのまにか目の前に少女の……幼い自分の姿があった。

 しかも、首をかしげながら見上げられていた。

「お姉ちゃん、私のおうちになにかごよう?」

「あ、え、……っと……」

 自分が目の前にいる。鏡に移る等身大の自分ではなく。幼い自分、ありえないはずの光景。

「ママよんでくるね」

「あぁあ、ちょ、ちょっとまってね」

 葵は思わず家に戻ろうとした自分の腕をとってしまった。

 こんな状況で親なんかとあってしまったら余計に混乱してしまう、と咄嗟にしてしまったことだが客観的に見ればあまりいい光景ではない。

 幼い自分からすれば見ず知らずのお姉さんにいきなり腕をつかまれてしまったのだ。

「え、えっとね、ママに用事があるわけじゃなくてね……えっと……そ、そう……えっと、あの、ね……と、友達と同じ名字だったからもしかして、ここがそうなのかなぁって思っちゃったけど、お嬢ちゃんが住んでるなら違うよね、うん」

「そうなんだー」

 むちゃくちゃな言い訳な気もしたが子供には十分だったらしい。

「そ、そんなことよりあなたはどこ行こうとしてたの?」

 会話を続ける必要があったのかはわからないが葵はなぜか、手を離さずに問いかけた。

「お菓子買いにいくの」

 幼い自分は見知らぬ女性相手だというのに警戒することなく答えてくれる。

「お菓子、って……そこの駄菓子屋さん?」

「うん」

「そう……」

 なつかしい。小さいころはよく行ったものだ。

 信号をひとつはさんだところで、車のとおりも少ないから親も子供だけでいくことを許してくれてお母さんにせびった百円をにじり締めてはよく通った。

「ね、私も一緒に行ってもいいかな?」

 今自分に何が起きているかはわからない。知りようもない。しかし、ここでこうなったのも何かの縁なのかもしれない。

 どうすることもできないのなら、してみたいと思ったことをしよう。

 と、いうよりもこの幼い自分といなければいけないような気がした。心のどこかで一緒にいなきゃダメといっている気がする。

「うん、一緒にいこ。お姉ちゃん」

 

 

 古い木造の建物、その中にところせましと色々なお菓子が並べてある。

 どれもこれも十円、二十円で買えるようなガムやアメ、ゼリーのような駄菓子の定番から、クジや今思うとくだらないといってもいい、だけど子供心にわくわくしたおもちゃ。

 なつかしい限りだ。

「んーと……えーと」

 葵が懐かしさに惹かれて店の中を見回る中、幼い葵はお菓子に目を奪われみんな欲しいと思いながらも、百円をどう使うかと悩んでいる。

(こんなに昔から、こうだったのね私)

 葵はそんな自分を見てそう思う。

 今も優柔不断といっていいし、意思決定は遅いほう。三つ子の魂百までというが、子供から変わらないことはあるらしい。

「うー……ん、これ、と、ぁう…」

 品物を手にとってはそれをしばらく眺めて戻したり、その場から離れたと思えば、また別の品物をとって戻しにきたり。

 葵はそれをなんともいえない気分で見つめていた。

 そういう性格だと知っているからこんな風に悩む姿も懐かしいと思うくらいだが、こんなに悩むのでは一緒にいる人間では退屈と思うかもしれない。

(そういえば、千影に怒られたこともあったわね)

 ここにもよく千影と一緒に来たものだ。いつもいつもではないが、たまに早くしてといわれたことはある。

「ね、葵ちゃんこれどうかな?」

 そんなことを思い出しながら悩む自分に葵はあるものを差し出した。

 それはチューブに入ったゼリー。

「あ、うん!

 色々種類があって、見た目がきらきらとしていて好きだったのを思い出した。

 今思うと着色料満載でいいイメージはもてないが子供の時には悩むけど、最後には結局これを買っていた。

「あれ? お姉ちゃんどーして、わたしの名前知ってるの?」

「あっ……えっとね……」

 思わず名前を呼んでしまったが、自己紹介もしていないのにこれは不自然だ。

「んーと……こ、この前葵ちゃんって呼ばれてるの見たことあるから。可愛い子だなぁって覚えてたの」

 自分相手に可愛い子というのはなんだか自信過剰みたいな上に、冷静になると変質者みたいだがここは仕方ない。

「ふーん?」

 納得の行く理由ではなかったらしく首を傾げられてしまう。

「ほ、ほらそんなことよりも決めたんならお金払っちゃおう、ねっ?」

「うん……」

 よくわからないといった顔で会計に行く姿を見て葵はなんだか妙に疲れた気分になるのだった。

 

 

『あ……』

 会計を済ませ駄菓子屋を出たところで、二人は同時に口を開いた。

 丁度、お店を出た瞬間ある女の子の姿が見えた。

 自分と家族を除けば一番慣れ親しんだ相手。幼馴染で親友で、今は喧嘩をしてしまっている相手。

「ちぃちゃん……」

「…………千影」

 二人してその相手の名を呼ぶ。

「あおいちゃん…」

 その女の子、千影も子供の葵を見て名前を呼んだ。

「?」

 葵はそこで違和感を感じる。

 子供の頃千影と会えば、こんな風に見つめあったりなどせずにお互い抱き合うまでh言い過ぎでもじゃれあったものなのに。

「ふんっ! だ」

 しばらく見詰め合った子供たちだったが千影の方がそういってそっぽを向いて葵たちのそばを通り過ぎると駄菓子屋へ入っていった。

「べー、だ」

 子供の葵もそれに対抗するかのように千影の後ろ姿にそういった。

「おねえちゃん、いこ」

「あ、うん……」

 子供の自分に手を引かれて葵はその場を後にした。

 しばらく明らかにムスっとした自分と歩いていたが、葵はどうしてもさっきとの千影との様子が気になった。

「ね、葵ちゃん。さっきの子ってお友達?」

「……違うもん」

「喧嘩してるの?」

「お友達じゃないもん」

「……………」

 葵は意地を張った子供の自分を困ったように見つめる。

 喧嘩しているのは疑いようがない。だが、困ったことに自分はいじっぱりだ。

 しかも喧嘩するときは最初はともかくそのうち喧嘩した理由よりも、喧嘩しているということを意識してどんどん意固地になる。

「ねぇ、葵ちゃん。よかったら公園でもう少し私とお話しない?」

 今の自分くらい大きくなれば喧嘩してるのは自己責任だし、仲直りしないという選択肢もあるのかもしれない。

 だが、子供の頃からこんな風に意地を張って仲直りをしないのはいいこととはいえないだろう。

 それになによりこんなところでまで喧嘩している自分と千影をみたくはない。

 そんな思いが葵を動かしていた。

「一緒にお菓子でも食べながら、ねっ?」

 発言が誘拐犯みたいだが、葵は少しでも自分を安心させるかのように優しげな笑みを浮かべた。

「…………」

 子供の葵はそれをなぜか呆けたように見つめながら、小さくうんとうなづいた。

 

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