玲菜の自傷行為への気持ちの変化とは別に学校生活の中でも変化があった。
洋子が玲菜に近づかなくなった。気にしている素振りはあるが、少なくても話かけてはこない。
玲菜からも声をかけることはなく必然、洋子の自傷行為が続いているのかどうかわからないが玲菜はそれ以上に洋子に関して気になることができていた。
「む……」
放課後、夕食の材料を買ってスーパーから出てきた玲菜は帰路の途中にあるカフェである人物を見かけた。
丁度外から見える窓際の席に見えるのは心のウェイトの多くを占めている洋子と、
(今日は……姫乃、か)
洋子の対面に座っているのは姫乃だった。窓越しのため何を話しているのかはわからないが、洋子のしていることが玲菜には気になる。
今日は、と称するくらいなので洋子のこういった姿を見るのは初めてではない。ここ数日はほぼ毎日のように洋子は誰かと一緒にいることが多い。
(何の話をしているんだ?)
思わず玲菜は立ち止り歩道の電柱に身を隠すように洋子たちを見ていた。
本来であればそれほど気にすることではない。洋子や誰と何の話をしようともそれは玲菜には関係ないのことのはずだ。ただあの引っ込み思案の洋子が毎日のように誰かと一緒にいるという光景はこれまでにないもので、自傷行為のこともあり自然と気にしてしまっていた。
(そういえば)
ふと、玲菜は学校でのことを思い出す。洋子は今こうして姫乃と話してはいるが、それだけでなく学校でも部活仲間だけでない相手とよく話をしている。
最初はもう一つの部活動である文芸部の方と話しているのかと思ったが、洋子の話している相手は多岐にわたっていた。
その行動もこれまでの洋子にはなかったものだ。
(洋子がこれまでにない行動をとる理由)
それに想いを馳せれば考えられるのは一つしかない。
(……私、か?)
何が理由かまではわからない。しかし、洋子が変わる理由と言えば自分くらいにしか思いつかず玲菜はそのことに考えを至らせると
「………関係ないさ」
苦々しい顔でそうつぶやきその場を離れて行った。
洋子と姫乃が話しているのを見かけてから数日後の夜。
その日は結月が訪ねてきていて、普段通りベッドの上で膝枕をしながら他愛のない話をいている。
自傷行為がばれたということを結月はもしかしたら周りの反応から知っているのかもしれないが少なくてもこれまでのところそういう反応は見せておらず玲菜にとっては安らぎの時間ではあったが、この日は違った。
「ねぇ、玲菜ちゃん」
膝枕をされながら結月は玲菜を見上げる。
「何だ?」
「神守先輩と今日はなしたんだけどさ」
「……そうか」
この時点ではそれほどの感想はなかった。洋子の行動を思えばいつか結月へとたどり着くのは既定のことで驚くには値しないから。
「……何を話したんだ?」
これを聞くべきかどうかは迷ったが、おそらく結月は内容を話すつもりで話題に上げたのだろうと思考を先回りする。
「色々かな。玲菜ちゃんのことについても聞かれたよ」
「そうか」
何気なく答えながらも玲菜はやはりかと心の中で思う。予想はしていたがこの数日洋子が部員たちに話をしていたのは自分のことだという確信を得て玲菜は表現しづらい面持ちで口を閉ざした。
(いまだに洋子は私に縛られているということか)
自傷行為を続けているかどうかまでは知らないが、自分などのことで友人の行動を変えてしまうことはよしとは思えず表情を暗くする。
「神守先輩ってさ」
結月はそんな玲菜を見ながら明るい声をだした。
「ん?」
「いい人だよね」
「? それは、まぁ、そうかもしれないな」
結月の言っていることはよくわからないもののその意見を否定するつもりはない。
良い人ではあるだろう。
洋子は玲菜を好きと言ったが、おそらくそういった好意がなかったとしても玲菜の自傷をしれば自分のことのように心配したはずだ。
それが重荷になると最低な自覚はしても洋子が「いい人」であることは否定しない。
「……今日ね、色んなこと話したよ」
「? それは、先ほども聞いたが?」
「私からも話したし、神守先輩からも色々聞かれた」
声のトーンが先ほどから変わったことに玲菜は焦りを感じる。何か自分にとって不都合な話題が出てきてしまいそうで。
「……ねぇ、玲菜ちゃん。私話しちゃった、玲菜ちゃんのこと」
結月は玲菜から顔を背け贖罪するかのように言った。
その態度からするに玲菜の過去を話したということだろう。親に捨てられたということも含めて。
「……そうか」
玲菜は結月の目にかかった髪を払い無感情に答える。
「怒んないんだ?」
「お前がそう判断したのなら、私から言うことはないさ」
「……そ」
怒らないのかと聞いた結月こそが怒っているようなそんな雰囲気を感じさせるが玲菜はそれを見ないふりをして結月の頭を撫で続ける。
「私、玲菜ちゃんのこと大好きだけど……そういうところだけは好きじゃないかなぁ」
それは結月がずっとため込んできた怒り、いや不満と言うべき感情かもしれない。結月に対しての甘さ、すべてを許してしまうその態度が結月にとっては真綿で首を絞められる様なそんな気分にさせられていた。
「すまない」
「……だからそういうところがなんだけどなぁ」
「……………」
少なくてもこれ以上謝ることを結月が望んでいないとわかりつつも正解はわからず玲菜は黙り込む。
「玲菜ちゃん」
「……なんだろうか」
「玲菜ちゃんを心配してくれる人がいっぱいいる。それってさ、すごくいいことだよ」
「……………」
知ってはいる。多分、自分が恵まれていてその中で我がままを言っているんだという自覚はあるから黙り込む。それを迷惑にすら感じてしまう最低な自分がいることを認めたくなくて。
「私から言えるのはそれくらいかな」
そういって結月は体を起こすとベッドから降りた。
「それじゃあ、お休み」
振り返らずに部屋を出ていく結月を見送る玲菜は、少なくてももう一度は洋子と向き合わなければいけないのだろうと予感を芽生えさせていた。