(………恋)

 ゆめは家に帰り着いていた。

 昼休みに澪に病気だといわれて以来、今度はそのことばかりが頭の中を駆け巡っている。

(……彩音に……?)

 だが、いまいちそれを実感できずゆめは気持ちの正体に悩んでいた頃よりもさらに悶々として過ごしていた。

「……ただいま」

 それでもそのくらいはいうことができたゆめは玄関を開けるとそのまま階段を上って自分の部屋に向かっていく。

「おかえり〜。あ、ゆめちゃん〜、今ね〜……」

 ただ思考のほとんどを彩音に奪われていたゆめは、母親が何かを告げようとしたことなど耳に入らなかった。

(……恋。………恋? ………変)

「…………わかん、ない」

 つぶやいたゆめは自分の部屋のドアを開け中に足を踏み入れた。

「ゆーめ」

 ガバ! 

 その刹那、ゆめは後ろからの衝撃に襲われた。

「っ!!!??

 後ろから自分を抱きしめている相手が誰なのかを一瞬で察したゆめだったが、だからこそゆめは体をじたばたとさせその手から逃れようとした。

「わっ!? ちょ、ちょっとゆめ!? ど、どうしたの?」

「……っ離して!

「え? え……っと、あ、うん」

 抱きしめていた相手、彩音はゆめが今までにない反応を見せたことに驚き一拍置いてからゆめを解放すると二歩、三歩後ろに下がった。

 それをゆめは不満のこもった目でにらみつけた。

「……なんで、彩音がいるの?」

「え、いや、今日調理実習でお菓子作ったから、ゆめに持ってきてあげたん、だけ、ど……? どうかしたの?」

 今までは彩音が抱きしめたとしても、恥ずかしがりこそはしたがそれを拒絶したことはない。そのゆめに明らかな拒絶をされて彩音もゆめほどではないが動揺している。

「…………今日、体育で汗、かいた……から」

「へ?」

「……におい、するかもしれない」

「え、っと……」

 その理由自体抱擁を拒否するのには十分かもしれないが彩音はゆめにそんなことを言われるのに驚く。

「ど、どしたのゆめ。今まで、んなこと気にしたことなかったじゃん」

「…………そんな、こと、ない」

「いやいや、そうでしょ。夏とか、汗かいても面倒とか言って着替えなかったりしてたじゃん」

「………………」

「っていうか、ゆめのならそんなんだってきにしないけど?」

「……私が、気にする」

「だから、ゆめだって気にしてなかったでしょ? なんならもっかい抱きしめて確かめてあげよっか?」

「っ〜〜バカ!

 彩音はちゃかしていったつもりだろうが、ゆめはその彩音の無神経な提案に昼休みのときのように顔を赤くして珍しく大きな声を出すとどこへいけるわけでもないのに部屋から出て行ってしまった。

 

 

「……………彩音」

 ゆめは今日もベッドに入ってからの時間を思考に費やしていた。

「……恋」

 考えても考えてもまとまらない頭の中。

 しかし、それでも昼間に彩音と会ったせいでなんとなくそれは実感した気がしていた。

(……あんなの、気にしたこと、なかった)

 彩音にはああいったが、ゆめは彩音の言うとおり汗をかいていようが、寝癖で寝巻き姿だろうが、別に気にしたことはなかった。彩音や美咲の前にはどんな格好でもいられたし、それが普通で当たり前と思っていた。

 だが、今日はそれが異様に気になってしまった。

「……これが、恋?」

 今までは何とも思わなかったことが、とにかく恥ずかしく感じて思わず大好きな彩音に離してなんて叫んだ。

(……彩音、変に思ってない……?)

 あの後はどうにか言い訳をして、彩音も無神経だったと謝ってくれたが、やはり釈然としないという顔はしていた。

 抱きしめられたのが嫌だったなんて勘違いをされていたら悲しくて涙が出てしまう。

(……………でも、ぎゅって、してくれた)

 いきなりその時のことに思考が飛んで、ゆめは小さく顔をほころばせる。

 一瞬だったとしてもあの彩音のふんわりとした触感はゆめの心に刻み込まれていた。

 トクン。

「……っ」

 それを思い起こした瞬間、ゆめの胸が跳ねる。

(……からだ、熱い……)

 胸の振動が体を熱くするスイッチを押したかのように、うまく言葉にできない熱が体中に伝播していった。

「……恋」

 そういえば、澪に言われた。好きな人のことを考えると、こんな風になると。自覚したことと彩音に抱きしめられたことが重なってゆめの体は今までになく火照っていた。

(……こんなんじゃ、眠れない)

 そう思いながらも、ゆめはどこか幸せそうにいつの間にか寝息を立てるのだった。

 

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