ゆめが変だ。

 最近あたしはそんなことを考えることが多くなっていた。

 あー、えと、変なのはいつもだけど、その方向性が変わった気がするって話。

 どこがどうって言われるとあんまりはっきりしないんだけど、なんかリアクションが増えた気がする。あと、いつも多くない口数がさらに減って、代わりに妙な反応を見せたりもしてる。

 まぁ、それだけならそんなに気にしないんだけど、特にひっかかるのはこの前お菓子を持っていったとき。

 ゆめは抱きしめたりすると驚きはしても、こっちが恥ずかしくなるようなこといって、もっとしろだの要求してきてたくせに、あの時なんか離せなんていわれちゃった。

 しかも、汗のにおいがするかもしれないからなんてゆめらしくない理由で。

 まぁ、でもその時はゆめもそういうことを気にするようになったのかなって一応納得はしたんだけど、最近さらに妙なことがあった。

 それは、こんなこと。

 

 

「ふわああぁああ」

 あたしは大きなあくびをする。

 今日もゆめに渡すものがあって一人で学校が終わった後ゆめの部屋に来てた。

「ねっむ」

 気分としてはさっさと用事を済ませて帰りたかったんだけど、それが出来ないわけがあった。

 それは………

「……にゃぅ……」

 ベッドで幸せそうに眠る、この部屋の主。

 あたしはそんなゆめを見てつられてまたあくびをした。

 あたしが来たときにはゆめはもう寝ていて、用事を果たそうにも果たせない状態。

 あ、念のためにいっておくけど別にいつ起きるかもわからないゆめが起きるのを待ってるってわけじゃないよ。

 来てそんなたってないからこれからどうしようか迷ってるだけ。

 ゆめのお母さんに言伝を頼んで帰ってもいいといえばいいけど、できればゆめと直接話したいな、なんて思ってどうしようか迷い中。

「あーあ」

 けど、ゆめがこんなだし帰ろうかな〜。でも、

「ふあぁあ、っと」

 今日は学校でまったく寝てないせいかかなり眠くて帰るも面倒。

「つーか、あたしも寝たい」

 っていうか寝よっかな。

 寝てる間にゆめが起きれば、あたしを起こしてくれるだろうし。ゆめも昼寝なんだからそんな長くは寝ないだろうから仮眠としては丁度良いかも。

「よっと」

 そう決めたあたしはゆめの掛け布団をめくるとゆめの体温でぬくくなっているベッドに入り込んでゆめの隣に横になった。

「あー、あったか。しあわせー」

 人肌で丁度いい熱になってるベッドは思いのほか寝心地がよくすぐに眠気が訪れてきた。

「ゆめも幸せそうにねてるし……おやすみ〜」

 あたしは目を閉じる前にゆめを見るとそのまま夢の世界へダイブしようと……

「……ん、んん」

 しようとしたところでいきなりゆめがうなって身をよじった。

「……ん、……んー?」

 それからけだるそうに目を開けると夢見心地にあたしに焦点を合わせてきた。

(タイミングの悪い……)

 まぁいっか。寝に来たわけじゃないんだし。

「………あや、ね? ……………っ!!!?

 隣にいるのがあたしだって認識した瞬間ゆめは予想外の反応を見せた。

 ゆめは寝起きとは思えないほどのすばやさで起きあがった。

 あたしもつられて体を起こす。

「な、なんで私、彩音と寝て、るの……?」

「え、あぁ。眠いから一緒に寝させてもらおうかなっておもったんだけど?」

 でも、この時はまだゆめにしては珍しいなって思うだけでゆめのおかしさには気づいていなかった。

「……っ〜〜」

 ゆめは口を半開きにしたまま言葉が見つからないのかわなわなと体を震わせている。

「ん? ゆめ、熱でもあんの? 顔赤いけど」

 しかも見る見るうちにゆめはその可愛い顔を真っ赤に染め上げていた。

 あたしは熱かどうかって確かめるためまず自分の前髪を掻きあげておでこを露出させる。そして、ゆめにも同じことをして熱を確かめようとあたしとゆめの距離を縮めていく。

「っ!!!!???

 その間にもゆめはどんどん顔を赤くしていってるけど、それをあたしは単純に熱のせいと考える。

 そして、いよいよあたしとゆめの距離がゼロに限りなく近づいて

「っ!?

「っ。ゆめ?」

 おでこが触れそうになった瞬間ゆめはすごい勢いで顔を背けた。

「…………………」

 その明らかな拒絶にあたしは驚きと、少しの寂しさを隠しきれない。

「えと、嫌、だった?」

「…………そんなこと、ない」

 ってゆめは言ってくれるけど、今のを見せられた後じゃ、ねぇ。

(……この前のことといいなんかゆめのこと怒らせたのかな)

 今までゆめがこんな態度見せたことないのに。

 そりゃ、冷静になれば汗のにおいがするかもしれないから抱きしめられるのがやだっていうのも、おでことおでこを合わせて熱を確かめるのも、恥ずかしくて嫌ってのはわからないでもないけど。

「……えーと、まぁ、ゆめが調子悪いんならあたしはさっさと帰ろう、かな」

 どうしたらいいのかわからないあたしはそう言って逃げるように背を向けた。

 ぎゅ。

「……大丈夫、だから帰っちゃ、ダメ」

 けど、ゆめはそんなあたしの腕をつかんでベッドからすら出してくれなかった。

 あたしをつかむゆめの細腕には単純に押さえつけるだけでなく、何か別の意志のようなものがあたしを引き止めているように感じた。

「……………」

 そのまましばらくの間二人とも何にも話さないまま、お互いに顔を合わせもしない。

(……う〜、気まずい)

 さっきゆめが嫌がることしちゃっただけにこの沈黙は針のむしろにいるみたいにふかふかのベッドが固く感じた。

「……彩音」

「な、なに?」

「……彩音は、私のこと、好き?」

「へ? そりゃ、まぁ、大好き、だよ」

「……私も彩音のこと、大好き」

「うん、ありがと?」

 ほんと、どうしたのゆめはいきなりこんなこと言わせて。今さら気持ちを確かめる必要なんてないでしょうに。

「……じゃあ、……………したい?」

「ん? 何、なんていったの」

「……キス、したい?」

「へ? だから、よく聞こえないんだけど?」

「っ〜〜…………キス、した、い?」

「へ!?

 キス? キスしたいかって言ったの?

 え? なんでゆめいきなりそんなこといってきてんの? 今までゆめこんなこと言ってきたことないし……え? な、なんで? どうしたのゆめ? え? 美咲にまた変なことでも吹き込まれたの?

「えっと、ゆめはどうな、わけ?」

 ゆめに何がおきたのかわからないあたしは答えをはぐらかした。

「………彩音が、したい、なら、させてあげても、いい」

「そ、そう……」

 えーと、これは、やっぱあれ、かな? 美咲が何かゆめに吹き込んでゆめがそれに対抗しようとでも、してるのかな。お風呂、とかのときみたいに。

(はぁ〜、まったく美咲はいつもいつも何したいのよ〜)

 あたしはそう勘違いして心の中でため息をつくけど、そんな美咲への不満を抱くよりも今は目の前のゆめのほうが大切。

「じゃ、じゃあしちゃおう、かな」

 ゆめはしてもらいたいって思ってるんだろうし、ここはほっぺに軽くちゅってすれば解決でしょ。

「…………う、うん」

 あたしはようやくゆめに向き合うと、ゆめの肩を優しくつかんで

 ちゅ。

 あっさりとゆめのほっぺに口付けた。

「っ!」

 ゆめは自分でさせておいて恥ずかしいのか、ほっぺをさくらんぼみたいに染める、けど気のせいか顔には不満があるような気がした。

「……そこじゃ、ない」

「へ?」

 恥ずかしさの中に、いじけたような素振りを見せるゆめはまたあたしの腕をぎゅって、今度は力なく握って少し潤んだ瞳で見つめてきた。

 その姿は超絶に可愛くて、いつもなら軽口叩いてこのままベッドに押し倒しちゃう気分だけど、今はそんななのが出来る雰囲気じゃない。

「……口に、して」

(えぇえ〜〜〜!!?

 ゆ、ゆめはほんとに今日はどうしたの?? こんなこというキャラじゃなかったでしょ。

「え、えっと、その……い、いい、の?」

「……………彩音が、したいなら、させてあげる、っていった」

 あ、ここら辺はいつものゆめだ。はっきり言うようで自分の言いたいことを隠すって言うのは。でも、そんなことがわかったって何にもならないよね……

 それに、ゆめからしたらこれは勇気がいることなんだろうし、それをちゃかしたりなんてできない。

 べ、別にゆめと唇のキスだって、バレンタインのときに何度もしてるんだし、ま、まぁゆめはあのこと覚えてないみたいだけど? あたしからしたらそこまで意識することじゃ……っていったらゆめに悪いけど、えと……えーっと。

「……ん……」

 そうこうしてるうちにゆめは目をつぶちゃった。準備OKって感じで。

(こ、こんなこと、されたら……さ)

 しないと、ゆめに恥かかせるだけになっちゃうじゃん。

 ゆめとキスなんてしたことある。うん、したことはあるんだし、ゆめが何を考えているのかは知らないけど、あたしだって別にゆめとキスするのは嫌じゃないっていうか、むしろ、えと……

 う、うん。ここはしてあげるべき、だよ、ね?

「じゃ、じゃあいくよ」

 あたしはゆめを軽く抱くとさっきとは違って、ゆっくり顔を近づけていく。

「っ」

 ゆめは体を触られただけでこっちにもはっきりわかるくらいに体をビクつかせてとにかく心底緊張してるのがわかった

 どくん、どくん。

 うわ、なんであたしこんなにドキドキしてんの。ゆめがあんまり緊張してるせいであたしまでそれが伝わってきてるじゃん。

 そのせいかゆめとの距離を縮めるのもじれったいほどゆっくりになっていく。

 それでも徐々にその距離は近づいていって、やっと唇がふれあいそうになると、

「っ!

 ドン!

 いきなりゆめに突き飛ばされた。

「へ? ゆ、ゆめ?」

 ベッドに仰向けにさせられたあたしはわけがわからず倒れたままゆめに目だけを向けた。

(あたし何かまずいことした?)

「……や、やっぱり、だめ」

「え? な、なんで?」

「……はずかしい」

(……恥ずかしいって……キスしてっていったのはそっちでしょうが)

 って、言いたいけどどうせ、あたしがしたいならさせてあげるって言っただけって言われるからね。

「…………もう、帰って」

「え………って、さっき帰るなっていったじゃん」

「……風邪引いてるから、うつしたくない……」

 これは、嘘、だよね。大体さっきは大丈夫だから一緒にいろっていったんだし。

(う〜ん……)

 あたしは起き上がると、何が起きているのかわからない状況の中でゆめを見つめる。

 ゆめはさっきから真っ赤になりっぱなしの顔でうつむきっぱなし。おかげで何を考えてるのかもさっぱりだけど……

(……ここは、帰ったほうがいいのかな)

 ゆめは帰って欲しそうだし、様子はおかしいし、このままここにいてもすぐにゆめが何でおかしいのか話してくれそうにないもんね。

「わかった、お大事に」

「……うん」

「じゃ、またね」

「……また」

 

 

 こんな感じでゆめはその日一日、おかしくなりっぱなしだった。

 キスしろって言ったきた位なんだから嫌われたってことはないだろうけど、あんなふうに接触を避けられると嫌われてるはまだしても、何かゆめにしちゃったんじゃって不安になるよ。

 ゆめと仲良くなってからいつだってゆめは、無邪気にあたしに寄り添ってくれたってのに。

 一緒に寝るのだってむしろ向こうからしたいって言ってたくらいだし、抱きしめてあげれば恥ずかしがりながらも嬉しそうにしたり、好きとか恥ずかしいこと言ってきたりしてたのに。

 今まであんなにラブラブだったのに、今さらなんであんな態度になるのかマジにわかんないよ。

 このキスの日から何回かあったけど、そんときは結構いつもな感じだったんだよね。まぁ、微妙に距離はとられちゃってたんだけど。

 とにかくあたしはゆめの気持ちになんてまったく気づかないでただ、ゆめがおかしいなって思うだけだった。

 

2/おまけ/次話

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